家族との別れ
アルトゥルが居間に入ると、皆椅子に座っており。その中でも泣き出しそうな母親を見て心が痛くなった。
「その、母さん、ゴメン………。行かなきゃならないんだ」
両親だけでなく、同い年の姉妹2人と弟の表情も暗かった。
「何で急にお前が………」
エミリアから“前世で兵士だったアルトゥルを反乱の鎮圧部隊に同行させたいと魔王様から要請を受けた”と言われ、急な出征に状況を理解している家族はアルトゥルが心配でしょうがなかった。
「いくら、“前世での待遇に準じた給与を出す”って言われても、お前が、行くことは…」
父親が堪えきれず泣き始めた。貧しい小作人で、子供達に苦労を掛けながらも、生まれた子供は全員育て、家族を養ってきたが。アルトゥルを死地に向かわせる事になった自分が情けなくなったのだ。
「何で貴方が」
母親も堪えきれず泣き始め、アルトゥルの姉が肩に手を置き慰めた。
「アンタが転生者だってことは知ってたけど。……行かなきゃいけない立場な訳?」
「そうだよ、断っても良かったんでしょ!」
姉妹の問いに、アルトゥルは頷いた。
「同じ国の仲間が反乱兵に居るんだ。だから“将軍”の俺が止めないと…」
アルトゥルの“将軍”という一言に、家族全員の耳が反応した。
「………将軍!?お前が?」
アルトゥルの父親は舐めるようにアルトゥルの全身を見た。
異世界の服装である、地味なグリーンの戦闘服を着た息子が“自分は将軍だ”と言い出したのが信じられ無いのだ。
「え!?あ、うん………。ほら、この襟に着いてる銀色の星が将軍の階級章なんだ」
さっきまでの湿っぽい雰囲気が嘘のように、家族全員が熱気を纏いつつ、小さい銀色の星を凝視するので、アルトゥルは困惑した。
「「「「「ホントー?」」」」」
「いや、ホントだから」
「甲冑は?」
「いや、無いよ。代わりにもっとちゃんとした制服があんの」
アルトゥルの家族からすれば、“将軍クラスの地位ならば、派手な装飾の甲冑を着けている”と思っていたので、こんな地味な服を着たアルトゥルが将軍だとは、にわかに信じられ無かった。
「エミリアさん!」
アルトゥルの妹に喚ばれ、エミリアが顔を出した。
「どうしたの?」
「アルトゥルが将軍ってホント?」
「え、そうだけど?」
エミリアの一言に、家族全員が「「「「「なーんだ」」」」」と大声を出し、壁や家具にもたれ掛かった。
「ふぇ!?」
エミリアはアルトゥルと彼の家族を交互に見た。
「なんだ、アルトゥル将軍だったのか。じゃあ、心配ないね」
弟がニヤニヤしながらアルトゥルを見た。
「………何だよ?」
「いや、アンタが転生者だったせいで下端として徴兵されると思っただけ」
妹が手で涙を拭いつつ、笑って言い放った。
「はぁ!?」
「まあ、確かに昔からお前は賢い子だったが、将軍なら死ぬことはないか」
父親も表情が明るくなった。
急な雰囲気の変化にアルトゥルは困惑したが、姉の一言で理由が判った。
「エミリアさん、官舎の割当てって何時になります」
「………!そうだ!エミリア!俺の給料ってどうなるんだ!」
「え?あー………。“将軍”として雇用されるから、週給金貨30枚。官舎はミハウ部族長の屋敷近くに在る空家を使って貰う事なる筈です」
「「「「「「ふぅうううー!」」」」」」
(!?)
まるで軽業師の大技を見た時に様に、全員が興奮したので、エミリアは目をパチクリさせた。
「そんなに貰えるのか!凄いなー!」
「金貨30……ふわ………」
「っちょ!母さん!」
額に驚いたアルトゥルの母が気絶しテーブルに突っ伏す様に倒れたのでアルトゥルの姉が慌てて介抱を始めた。
「なあ、馬車も用意されるか?」
「馬車?なんで?」
アルトゥルが急に“馬車”と言い出したので、エミリアは聞き返した。
「いやよぉ、“前世での待遇に準じる”んだったらよぉ。公用車として4人乗りの馬車も付けてくれねえと……」
「?」
エミリアがアルトゥルの言ったことが気になり、神官の能力でアルトゥルの前世の出来事を覗くと、アルトゥルの前世であるロナルド・ハーバー少将が大きな家から出るシーンが脳裏に映し出された。
『行って来るよ』
「ふわぁ!!」
「ん?」
ロナルドと妻の佳代が目の前でキスをしたのを見て、エミリアは声を上げ、赤面した。
『ねえ、ドニーが19時にダレスに着くんだけど、迎えに行けない?』
『19時か………。公用車で向かう事になるが………、まあ良いだろうな』
そう言うと、またキスをしたのでエミリアの尻尾はパンパンに膨れた。
小恥ずかしくなったエミリアは目を両手で覆ったが、目で見た視覚情報ではなく、アルトゥルの魂に残った前世の記憶を元に作られた映像が脳内で流れているので意味がなかった。
(何処が“公用車を使う時の記憶”なのよ~!)
神官の能力で転生者の前世での記憶を見れるが、希に“余計な物”も見てしまうことがあった。
キスを終えたロナルドが玄関から出ると、公用車が停められており、後部座席のドアを開けている運転手がロナルドに敬礼した。
『おはようございます』
『おはよう』
ワックステカテカの黒いキャデラックに乗り、公用車が出発したところで映像が終わった。
「………どったの?」
「え!?いや」
アルトゥルと目が合い、エミリアの顔は再び真っ赤になった。
「こ、公用車は魔王様に確認しておくよ」
「ロシュ、ちゃんと歯を磨けよ」
「うん」
「ジョシュはまた風邪ひくんじゃないぞ」
「判った」
アルトゥルが家の前で38人居る兄妹全員と別れの挨拶をしていた。
(………多いなあ)
農民は子供が多い傾向だが、カミンスキー家の様に38人も居ることは希であり、その兄妹全員の名前を覚えているアルトゥルにエミリアは毎回驚かされていた。
「父さん…ありがとう」
「怪我すんなよ」
最後に父親とハグをし、アルトゥルは集合場所へ向かった。
「時間食っちまったな」
「まだ大丈夫よ」
普段の様子と違うことに気が付いた近所の人が、ゾロゾロとアルトゥルの後を追うカミンスキー家の方を眺めていた。
「………あれ?なんで着いてくんの?」
「え?出陣式を観るためだけど?」
姉の一言に「はい!?」とアルトゥルは声を上げ、エミリアの方を見た。
「聞いてないぞ」
「えーと、伝え忘れてた。ゴメン。出陣式をするし、それと責任者として演説してもらう…必要が……。ゴメンナサイ」
一気に拡大した反乱兵の鎮圧の為に、再び連隊規模の部隊を出すことになったが、ケシェフの住民へのアピールや反乱軍への牽制の意味で、ささやかながら式典を行うことになったのだ。
「まあ、魔王様や部族長とか来ない、志願してくれた冒険者とか身内に向けた式典だから」
「マジかよ。面倒臭いな」
ぶつぶつとアルトゥルは式典には付き物の演説で何を言うか推敲を始めた。
「反乱兵のケツを蹴り上げ………イヤダメだ………。なあ、エミリアよぉ。部隊の人間はどんなんなんだい?俺みたいなパット出のガキ相手に言うこと聞くのか」
「それなら心配無いわ」
「心配ない?」
スラムを抜けると視界が開け、街道に集まった人だかりと列を整え始めた兵士の姿が見えた。
「あれは………」
旗手が持つ旗が靡き、赤と白のストラップ模様の中に青地の旗が見えた。
「星条旗!?」
「冒険者ギルドのエーベル女史が貴方が前世で住んでた国の人を中心に集めてくれたから」
「え…でもなんで」
「反乱兵の中で米軍が多いらしいからな。此方にも米軍が居ることが判れば、交渉もやり易いだろ?」
「うわっ!」
居ないと聞いていた筈のカエが、いつの間にか真横にいたのでアルトゥルは驚き尻尾を膨らませた。
「何か?」
「いや、何で居んの?」
カエがムッとした顔をし、アルトゥルの脛を蹴った。
「痛ぇ!」
「貴様が心配だから見に来てやったんだ!」
「誰あの子?」
アルトゥルの母が子供達に知っているか尋ねた。
「兄ちゃんの恋人?」
「一昨日ぐらいに遊びに来たよ」
「あー後、私達が働いているお店に来たよ」
「そうそう、結構親しかったわ」
「心配しなくていいぜ。馴れたもんだし」
「ホントかのー?貴様は変なドジをする事があるしのぉ」
「見た目の割に、喋り方が爺臭いわね」
アルトゥルの母はあカエの喋り方が気になった。
「まあでも、可愛いよね」
「うーん、でもまだ早いかしらねえ」
「まだ少し時間があるの。ほら、演説の打ち合わせをするから此方来い」
「ヘイヘイ………」
演説用に用意された仮設の舞台の裏に移動するアルトゥルとカエを見送り、エミリアに「此方が家族用のスペースになります」と促され、アルトゥルの家族は兵士達の後ろに張られたロープの中へと移動した。
良い子のみんなー!
ロナルド・ハーバー少将が公用車で息子を空港まで迎えに行ってたが、70年代だから見てみぬ振りをされているだけで、本当はやっては行けないからな!
と言うか、SNSで晒し上げられるから絶対やったら駄目だぞ!
あと、余談ですが。軍の高官が事故を起こすと大問題になるので、奥さんが自家用車のハンドルを握る場合があります。