リシャルドの突撃
前方の弓兵とは倒木で分断され、後方の騎士とはヴォイチェフ卿が銃弾に倒れた影響で指揮系統が完全に麻痺し。歩兵部隊は完全に孤立していた。
「急げ!早くしろ!」
既に弓兵の救出に向かう事は困難だと、判断され。歩兵達は自分達の槍や剣を荷物から引っ張りだし、早い者はチェインメイルを着込み始めていた。
「ああ、クソ」
しかしながら、急な事でベテランで有る筈の彼等の中にも、手が震え荷物の固縛を解けずにいた者が多くいた。しょうがないのでナイフで紐を切り、全員が武器を手にしたタイミングで誰かが叫んだ。
「敵だ!」
森の中から何とか逃げ仰せた弓兵を追って、反乱兵が歩兵の方へとやって来たのだ。
「行くぞ!弓兵を護るぞ!」
反乱兵が弓兵を押し倒し、農具で滅多刺しにするのを見て、歩兵が前進を始めた。
「バカ者がぁ!戻ってこい!」
一方、反乱兵を指揮していたブレンヌスは弓兵を追撃し“勝手に”森の外に出て行った反乱兵を取っ捕まえては罵声を浴びせ、顔面をビンタして回っていた。
「戻らんかぁ!この雑兵が!」
勿論、ブレンヌスは反乱兵が初陣で気が動転し、予定に無い森の外への追撃を始めた事を重々理解していた。
しかしこの先、戦で彼等を使っていくので有れば、初陣の今の内から命令に従うことを叩き込む必要があった。
本来ならもっと時間を掛けて、兵士として鍛え上げるのが一番良いのだが。既に戦端は開かれており、騎士団側が完全に油断しているこの戦いなら、まだ混乱は少ないだろうと初陣に選んだが、逆に勝ちすぎた結果。“指示するまで絶対に森から出るな”と厳命していたのにも関わらず、深追いを始めた。
「ッチ!青二才どもめ………。リシャルド!攻撃だ!」
「出番だ!初陣だが、訓練通りにやるぞ!」
万が一の場合の腹案として、リシャルドと共に反乱に参加した騎士団員と、戦いの心得がある人馬の元奴隷を騎兵として森に潜伏させていた。
「応よ、いよいよだな!」
転生者で人狼のホセが騎兵隊を指揮するリシャルドを補佐し。
「派手に動けよ!」
「「「応っ!」」」
もう1隊、騎乗弓兵と弓を持った人馬、更に一部では弓を持った人馬にドワーフや妖精と言った小さい種族の弓兵が乗った、弓騎兵の指揮をホセの(前世での)弟である人馬のペドロが指揮をする。
「何だ?味方か?」
目の前から騎士団とおぼしき集団が森から現れたので、歩兵はその場に止まった。
「陣形を整えろ!」
相手が誰だか判別が着かないので指揮官の1人が隊列を整え始めた。
「見たこと無い旗だぞ」
「赤地に白い狼………か、あれ?」
最初は荒鷲の騎士団以外の騎士団が応援に駆け付けたのかと思っていたが、集団が二手に別れた。
「人馬だ!」
「構えろ!」
直線的に接近して来た人馬の集団が走りながら矢を放ってきた。
「えーと、カンタ………カスター。ああ、カン何とか円陣だ!」
ペドロがブレンヌスに教わったイスパニア人が使う円陣の名前をど忘れした。
しかし、ペドロに指揮されている人馬達は“多分、回るやつだろう”とラテン的緩さで指示通り動いて見せた。
「何だコレ、矢が途切れないぞ」
ペドロ達が取った円陣は、弓騎兵が回転しつつ。敵に向かう方向になったタイミングの弓騎兵だけが矢を放つ陣形だった。
常に陣形が回転しているため、もし相手が距離を縮めたり、逆に離れようとしても、陣形自体が移動する事で一定の距離を保て。飛び道具で応射されても簡単に逃げれるため、狙われにくく。
弓騎兵が敵に向かって走るタイミングで矢を放てるので弓騎兵の速度分弓に加速が付くなど、良いことずくめだった。
また、弓の素人であるペドロ達に混じり、反乱に参加した妖精の狩人が弓を放つのでそこそこ当たり。歩兵が弓を防ぐために構えてた盾から顔を出す余裕がなく、完全に釘付けにされた。
「上手くいっているな」
ペドロ達が歩兵を牽制している間に、リシャルドは大きく回り込み、歩兵の後方へ到達すると、歩兵に向け突進を始めた。
「突撃ぃ!」
突撃を告げる角笛が鳴らされ、リシャルドの騎兵達は槍を構え勝鬨を上げた。
「わああああああっ!」
「後ろだ!」
完全に背中を刺される形で騎兵の突撃を食らい、最後列に居た歩兵は衝撃で弾き飛ばされ。押し倒された者は軍馬に踏みつけられた。
「蹂躙しろ!」
「押し返せ!」
両軍の指揮官の号令に従い。騎兵は歩兵を踏みつけるが如く馬を進め、歩兵はむざむざ殺られまいと密集し、騎兵が入り込めないようにした。
“ピィーーーー!”
「退けぇー!」
膠着状態になったと判断したリシャルドが笛を吹くと、それを合図に騎兵が一斉に歩兵達から離れた。
「何だ?」
「撤退………?」
あまりに見事な撤退ぶりに歩兵は呆気に取られた。
「っ!矢だ!」
流石に可笑しいと周囲を見渡していた指揮官が叫び、歩兵達は即座に盾を構えた。
「ありゃりゃ、バレてたな」
最初に弓騎兵の射撃で牽制し、騎兵が突撃した後、膠着したら頃合いを見て騎兵が離れると共に弓騎兵が射撃を再開する。
リシャルドとホセが立てた作戦はコレを繰り返し、歩兵を消耗させる予定だったが。
「あれじゃ時間が掛かるよなあ」
相手の歩兵部隊がベテラン揃いで反応が早いのと、きちんと鎧を着込んでいるので致命傷を受けにくいのだ。
「あらら、回復持ちも居るぞ!」
構えた盾の隙間から淡い緑色の光が幾つか見え、暫くすると構えられた盾の数が増えた。
「どうするよ?」
仲間の1人がこのまま続けても良いか不安になりペドロに聞いてきた。
「あー………ちょっとリシャルドの所に行ってくるわ」
「リシャルド様だったよな?」
盾の金属部分に矢が当たり弾け飛ぶ音や、木の部分に矢が刺さる音に耐えながら、歩兵達は敵の騎兵の事を話していた。
「ああ居た」
「髪の毛が白かったしな」
リシャルドの鎧姿と、鎧からはみ出た白髪を何人かの歩兵達が目撃していた。
「じゃあ、あの噂は本当じゃないか?」
“リシャルドが人猫の魔女に魅了され魔女との間に悪魔を作った”
人狼のリシャルドと人猫のヤニーラの間にキマイラの娘が出来た事は、イゴール卿と側近が箝口令を引いたが噂として騎士団内に広がっていた。
「そうなるな………」
イゴール卿の側近が騎士団の内外にした説明では、“リシャルド様が演習に訪れていた南西の城で御病気になられ、そこで治療をしている”と言っていた。
「アイツ等やっぱり嘘吐いてやがったな!」
そもそも、説明からして矛盾があった。
病気で倒れたとされる当日。リシャルド本人がビトゥフに在る騎士団の館に居るのを此処にいる歩兵を含めかなりの人が目撃していたのだ。
実際に3日程前に演習に出掛けていたが、イゴール卿に呼び出され朝日が昇る前に城から戻って来たのだ。
勿論、その事を側近の騎士に話したが。“リシャルド様は密命を受けて動いてただけだ。口外するな”と最初は注意された。
しかし、2、3日すると。“今度はリシャルドの夜伽の相手をしていた人猫の奴隷が他の人猫と子供を作り、それを咎めたリシャルド様が怪我をされた”と話が代わり。更に、その日の内に“演習に向かう際に落馬され動けない”、“魔女に襲われた”、“騎士団から逃げた”、“裏切った”と、次々に説明の内容が変わったのだ。
「どうするよ?」
「うわっ!脅かすなよ!」
急に真横からペドロに話し掛けられ、リシャルドとホセは鎧兜の中で尻尾と耳を立たせた。
「で、どうする?」
「何が?」
「何って、ほら」
ペドロが指差す先では、歩兵が盾で矢を完全に防いでいた。
「押しても引いてもダメだぜ。さっきから射撃を再開してるけど全然数が減らねえし、寧ろ怪我人を回復させる時間を与えてるぞ」
「そう言われてもなあ」
リシャルドは今一度、自分が指揮する騎兵を見回す。
さっきの突撃で倒された者は居ないが、予想以上に歩兵の立て直しが早く。怪我をした騎士や、馬が散見された。
「何とか減らせないのかよ?」
ホセの呟きにペドロは軽く憤慨した。
「簡単に言うけどよ、コチトラ弓の素人だぜ!妖精の狩人と違って、まぐれ当たりが出りゃ儲けもんなの!」
次にリシャルドはFELNの前装式ライフル部隊を見たが、こっちは隊列を組み直し、3列縦隊で此方に向かって行進していた。
(アッチは騎士がもたついているが、早い内に合流しないと各個撃破されるな)
弓兵こそ何とか出来たが、此処に来て手詰まりとなった。
「あ、待った。ペドロ、戻って射撃を止めさせてくれ」
リシャルドは歩兵達が軍旗を倒し、武器を放り投げ始めた事に気付いた。
「何やってんだ!」
仲間が1人、また1人と武器を投げ捨て始めたので、歩兵達に動揺が広がる。
「何って。俺は投降するぞ!馬鹿みたいじゃないか?つまんないメンツの為に嘘ばっか吐くイゴール卿に着いて行けっかよ!」
「本気で言ってんのか!」
口論を聞き、更に多くの歩兵が武器を投げ始めた。
「お前まで……」
「だって、滅茶苦茶じゃ無いか。イゴール卿の取り巻き連中が言ってる事と、目の前で起きてる事が違いすぎる。俺はリシャルド様が騎士団の金を盗んだから逃げたって聞いたが、目の前に居たじゃないか」
「俺は悪魔にされちまったって聞いたぞ」
「俺は気が触れたと」
「従士を殺して逃げた話もあった」
何を信じて良いのか判らなくなり、歩兵はすっかり戦意を喪失していた。