奇襲戦
「合図を待て」
待ち伏せの為、彼等が此処に身を隠してから暫く経つ。
既に先頭が通り過ぎ、300人程のFELNの兵士達は前装式ライフルを握りながら、完全に伏せているので状況が判らなかった。
兵士の1人が持つライフルにバッタが飛び乗り、その兵士はバッタを指で弾いた。
(不思議だ。こんなに良い陽気なのに殺し合いをしなきゃいけないなんてな)
待ち時間が長過ぎて、兵士達の頭には雑念が過りだしていた。
「合図だ」
隊列の先頭の居る方角から木が倒れる音と、叫び声が聴こえ。目の前に居る兵士達もざわめき立ち始めた。
「何だ?」
先頭の方で何かが起きたらしいが、最後列に居る旅装姿の騎士達は状況が掴めなかった。
「見てこい」
「はっ!」
全長3キロ近くある隊列の真ん中。歩兵の隊列の半分程が森の中に入った所で止まったせいで。森の木々に遮られ先頭の弓兵がどうなったか判らないのだ。
しょうがないので、騎士の1人が従士に命じて様子を探りに行かせた。
「ふぅ………やれやれ」
別の騎士が馬から降り、街道の脇に向かって歩き出した。
「どうした?」
「ちょっとお花を摘んでくる」
周囲の騎士達から、どっと笑い声が上がった。
「早く済ませろよー」
この時までは、騎士達は呑気に構え。誰1人として鎧や武器を荷物から取り出そうとしていなかった。
「うわぁぁぁ!」
干し草等を持ち上げる時に使うピッチフォークや、刃零れした槍を持った反乱兵達が奇声を上げながら、木の下敷きにされた弓兵に向け突っ込んで行った。
「一気に突っ込め!情け無用だ!」
元奴隷や反乱に迎合した農民や転生者が主に集まった烏合の衆だったが、指揮を執っているのはイシスが放ったゴーレムのブレンヌス。そのブレンヌスが前以て森の木々を百メートル程伐採させ。伐採した森の木々を再び立て直す様に指示し、弓兵の隊列が森の中に完全に入り切った所で一斉に再び倒させたのだ。
(まさか、こんな古典的な罠に引っ掛かるとはな)
ブレンヌスからしたら。かつてローマ軍が全滅させられた時のガリア人の戦術をそのまま使ってみただけで、此処まで効果が有るとは思っていなかった。
「ああああ"あ"あ"っ!」
反乱兵の様子を眺めていると、弓兵の首にピッチフォークの先端が刺さる寸前に眼を閉じる者。
初めての殺し合いで頭が真っ白になり、御互い良く知る味方同士なのに切り合いを始める者等、練度の低さを如実に証明する証拠がかなり散見された。
「た、助けてくれー!」
他にも敵に眼を向けると。木の下敷きなった弓兵が命乞いをしながら、木から脱け出そうともがくのが見えたが、反乱兵に背を刺された。
(抵抗もしないとはな………。いや、出来ないのか)
弓兵が誰1人として弓を構えず、雑用や接近戦で使う刃渡りの短い剣で応戦していたのを不審に思い、足元に転がる弓兵の亡骸を起こして弓を調べたら理由が判った。
(武器を完全に密封しているのか)
弓兵の弓矢は行軍時に汚損しないよう、厚布に完全に巻かれており。ブレンヌスが丁寧に取り出してみると、弓から弦が外されていた。
(全く戦いを想定せずに移動してたのか)
ブレンヌスは弓兵の身体を優しく寝かせ、顔の泥を布で拭き取った。
(後で彼等の神々の許へ送ってやろう)
「なっ………」
1キロ先の茂みで人影が見えたので騎士の1人が注視していると、数百人の兵士が一斉に立ち上がり、銃声が鳴り響いた。
「何だ!?」
「FELNだ!撃ってきたぞ!」
「何処からだ!?」
最初の一斉射で運悪く即死した者達が馬上から崩れ落ちた。被弾しつつも致命傷を免れた者と運良く無傷の者はFELNの兵士が近くに居ると思い、周囲を見渡した。
「彼処だ!彼処の茂みだ!」
発砲前に人影を認めていた騎士が指差す先では、硝煙の中、前装式ライフルに次弾を装填するFELNの兵士の姿が見えた。
「あんなに遠くからか?」
騎士達の常識では、“銃など近くでも当たるものではないと”高を括っていたが、FELNの兵士達は1キロ先から当ててきたのだ。
「ヴォイチェフ卿!如何………」
騎士達は指揮を執るヴォイチェフ卿に指示を仰ごうとしたが、ヴォイチェフ卿は頭と胸に銃弾を受け、馬上で琴切れていた。
「クソっ!続けぇええ!」
血の気の多い騎士が剣を抜き、親しい騎士と20人程の従士を引き連れFELNの兵士に向かって行った。
「ヴォイチェフ卿………」
連戦連勝で知られるヴォイチェフ卿が即死した事が信じられず、集まった騎士達がヴォイチェフ卿を馬上からゆっくりと降ろした。
「父上………。あぁ………」
ヴォイチェフ卿の息子で、今回初めて戦に同行したチェザリがヴォイチェフ卿の亡骸に寄り添う。
「………何をしておる貴様等!さっさと迎え撃たんかぁ!」
右往左往している周囲の従士に、ヴォイチェフ卿の部下が叫んだ。
我に帰った従士は各々、自分達の鎧や武器を積んだ荷車に殺到した。
「射撃用意!」
「「「射撃用意!」」」
「構え!」
「「「構え!」」」
装填を終えたFELNの兵士達は3列横隊に並び、馬に乗り向かってくる騎士達に狙いを定める。
騎士側は“まさか、こんなに早く装填が終わる”とは思っておらず、一瞬身を隠すか悩んだが。距離はまだ600メートル以上有り、“2度も不運は続くまい”と判断し、馬を進め続けた。
先程の銃撃でヴォイチェフ卿を含め被弾した者は、あくまで運が悪かっただけで、仮に撃たれたとしても大丈夫だと自信があった。
「弾くぞ!」
「応!」
「撃て!」
一斉に銃が放たれる。
音速に近い速度で放たれた銃弾が騎士達に当たるまで約2秒。騎士達はその2秒後に剣を振るい。剣先から火花が散った。
「嘘だろおい!」
「マジかよ」
何と騎士達は剣で直径15ミリ弱の銃弾を弾いたのだ。
「っ!」
「あう!」
しかし、予想以上に飛んで来る銃弾が多く。銃弾を弾いた騎士や従士の中には2発目以降飛んで来た銃弾を捌ききれず、被弾する者や馬と共に倒れる者がいた。
「怯むなぁー!」
倒れた仲間を乗り越え、一気呵成に突っ込んでくる様は、FELNの兵士を威圧した。
「っ随意射撃!」
「「「随意射撃!」」」
まだ距離は500メートル有ったが、FELNの指揮官は全員の装填が終るのを待って一斉に射撃するのではなく、装填が終わった兵士が好きに撃てるように、“随意射撃”の指示を出したが。その判断が騎士達に有利に働いた。
距離が近づき、騎士達に当たる銃弾が増えたが。バラバラのタイミングで飛んで来るようになったので、その分弾きやすくなったのだ。
最初の一斉射で10人が倒れたが、随意射撃になってから倒れたのは3人だけだった。
「着剣!」
「「「着剣」」」
「ああ、マジかよ」
距離が200メートルに迫り、銃剣を着ける様に号令が飛び。FELNの兵士達は左腰に帯刀していた銃剣を左手で抜き、ライフルに装着した。
従士の1人が角笛を吹き騎士達は突撃態勢に入った。
「………・・・ゎぁぁぁあああああ!!」
騎士達のが上げた鬨の声が近付き、FELNの兵士はたじろぎ始めた。
「方陣だ!急げ!」
指揮官が再び号令を発し、FELNの兵士が小隊毎に四角形の形に隊列を組み直し、銃剣を着けたライフルを外側に向け突き出し槍衾の形になった。
「むっ!」
槍衾に驚き先頭に馬が止まり、これで突撃の勢いが幾分か削がれるかと思ったが。
「ぎゃ!」
隊列が整いきらなかった小隊に突撃が集中した。
列の外に取り残された人猫の兵士の首が切り落とされるのを皮切りに、その小隊は騎士達と乱戦になる。
「ヌンッ!はぁっ!」
馬を巧みに操り、兵士を翻弄しつつ、次々に両断する騎士の姿は、人狼一の強者揃いと称された荒鷲の騎士団の名が伊達では無いことを証明していた。
「銃剣突撃!」
指揮官の号令と共に突撃ラッパが鳴り、他の小隊の兵士達は騎士達に向かい銃剣を着けたライフルを構えながら突撃を敢行する。
最初は圧倒していた騎士達だったが、馬上で剣を振っても攻撃出来るのは一方向のみ。しかし、FELNの兵士は四方からリーチの長い銃剣付きのライフルで突いてくるので。1人、また1人と刺され、地面に倒れた。
「危なかったですな………」
最後の騎士が倒され、FELNの兵士が勝鬨を上げた。
「鎧を着てなかったからな。今回は運が良かっただけだ」
未だに向かって来ない騎士達が向かって来た時が正念場だと、指揮官は自分に言い聞かせ、隊列を整えるように指示を出した。