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イゴール卿とフィリプ卿

という訳で、章分けしてみました。



ヴィルノ族の領地で一番大きな街、ビトゥフから南西に伸びる街道を荒鷲の騎士団の軍勢が移動していた。

軍勢の陣容は騎士団長イゴール卿の腹心の騎士を中心に騎士団でも手練れの兵士をわざわざ選んで出陣していた。彼等が選ばれたのは理由が有った。


“人馬が越境した訳ではなく、荒鷲の騎士団の荘園で奴隷が蜂起した”


荘園から逃げ帰った兵士がもたらした報告だけなら、若い騎士を中心に、ベテランの騎士を同行させて、簡単に鎮圧できると判断できたが。


“既に荘園と国境を護る城は陥落”、“人を喰う化け物が襲ってきた”、“巨大な鷲が襲い掛かってきた”、“逃亡奴隷が銃で武装している”、“奴隷解放戦線(FELN)を名乗る逃亡奴隷の武装集団が蜂起の中心に居る”


次々と兵士達が話す報告は耳を疑うものであった。その上、騎士団と何かと対立している現部族長のチェスワフからの“命令”と騎士団長の()、フィリプ卿の手紙は騎士団長を激怒させる内容だった。


<魔王様から“荒鷲の騎士団は領土を失いたく無ければ、妹君のニュクス様が御到着されるまでに反乱を鎮圧せよ”と命令を受けた。3日後には到着するが、それまでに鎮圧できなければ、ヴィルノ族として荒鷲の騎士団を逆賊として処罰する事になる。

ヴィルノ族部族長 チェスワフ・ルチンスキー>


<親愛なる兄上へ。既に私の“自由の騎士団”は魔王様に忠誠を誓い、ニュクス様の軍勢の指揮下に有ります。兄上には過去の過ちを悔いて貰い、日頃の行いを改めて頂きたい所存です。魔王様が発せられた勅命を御存知かと思われますが、魔王様は兄上の様な奴隷に対する非道な扱いを大変忌避されており、魔王様の御耳に触れぬ様に取り計らう必要が有ります。私としても、血を別けた兄上が逆賊として扱われるのを見たくはありません。

貴方の弟 フィリプ>


常に意見が対立し、騎士団員とチェスワフ部族長の一族が街中で乱闘騒ぎを引き起こすほど仲が悪かったが。そのチェスワフ部族長からの命令だけならまだしも、完全に絶縁状態で、40年近く顔を会わせた事が一切無い、“弟”からの白々しい手紙でイゴール卿は完全に怒り狂っていた。

手紙では心配そうな素振りを見せているが、完全に小馬鹿にしているのが見え見えであり、魔王様に取り入って荒鷲の騎士団を潰すつもりだと、イゴール卿は考え至ったのだ。


イゴール卿にとって弟のフィリプは、赦しがたい存在だった。

幼少期のフィリプは非常に聡い子供で、両親から寵愛を受け、8歳も歳が離れていたイゴール卿にも良く懐いていた。


しかし、唯一言うことを聞かない事があった。


奴隷を何かと庇うのだ。


それどころか、奴隷を一切躾ないばかりか、話し掛け世間話に興じようとしているのを何度も目撃した。そして、幾ら言い聞かせても奴隷に関する言い付けを守らず、家族や従士の眼を盗み、隠れて奴隷を甘やかせていた。

とうとう、我慢の限界を迎えたイゴール卿はフィリプが10歳の時に、フィリプと仲の良かった奴隷を人気の無い森の中で馬で引き回し、その様をフィリプに見せ付けた。


しかし、これで下らない考えを改めると思っていたイゴール卿の考えはフィリプの行動で打ち砕かれる事になった。


イゴール卿とその取り巻きの蛮行を目の当たりにしたフィリプがイゴール卿の剣を奪い、取り巻きを全員殺害し、取り巻きの剣でイゴール卿の手足を何度も刺したのだ。

弟のフィリプが躊躇なく取り巻きを切り捨て、冷たい眼で自分を見下しながら手足が使い物にならなくなるまで刺すのを見て、イゴール卿は初めて気付いた。


-弟だと思っていたフィリプは転生者(赤の他人)だと-


その後、フィリプは取り巻きの剣を元の持ち主に握らせ、冷たく言い放った。

「もう少しマトモな奴かと思ったがお前等にはガッカリしたよ。精々、動物に喰われる前に悔い改めるんだな」


“おかしな時は確かに有ったが、素直で可愛らしい世間知らずの弟”のイメージは完全に崩れ落ち、イゴール卿は奴隷を抱えて森から出て行くフィリプを呆然と眺めた。


その後、日が落ち。野生の狼や大トカゲ等が取り巻きの死体を食べる音を一晩中聞かされる事になり。イゴール卿が発見されたのは翌朝だった。

ようやく助けられたと思ったイゴール卿だったが、フィリプのやったことを説明しても、周りの大人は“10歳の子供が18歳の騎士や従士を何人も相手できる筈がない”と全く取り合わず。逆に“仲の良かった友人や従士を目の前で食べられ気が触れた”と思われ。結局フィリプが奴隷を連れ出奔するまで疑われ続け、しまいには幽閉される事になった。


出奔したフィリプがその後何をしたかイゴール卿は知る由はなかったが、20年前、チェスワフが部族長になった時に突然目の前に現れた。

部下に調べさせた結果、チェスワフ、ミハウ、ヤツェクと言った風雲児達と徒党を組み、冒険者として生活していたと判り。更にフィリプは冒険者時代の人脈を使い新たな騎士団。“自由の騎士団”を立ち上げたのだった。


同じ時期にクヴィル族の部族長になったミハウを筆頭に、ケシェフの鍛冶ギルドや新参の冒険者ギルドに顔が利くフィリプは瞬く間に自由の騎士団を荒鷲の騎士団と同等の規模にまで拡大させ。何かと活躍する自由の騎士団と比較されるようになったのも、イゴール卿を苛つかせさせていた。


そんなタイミングで身内の不祥事と奴隷の蜂起が重なったのだ。イゴール卿は反乱奴隷と共に、自分の息子と妻子を始末させるべく、信頼できる軍勢を派遣したのだった。





「むうぅぅ………」

軍勢の移動をイシスが放ったゴーレムのブレンヌスとFELNの指揮官、イゴール卿の息子リシャルドの3人が遠巻きに観察していた。


「多いな」

「父の配下で、騎士のヴォイチェフ卿の部隊です」

心配そうに眺めるFELNの指揮官とリシャルドを尻目に、ブレンヌスは呆れていた。

「何時もああなのか?」

「………何がです?」


質問の意味が判らなかったリシャルドが聞き返したので、ブレンヌスは軍勢の進む先を指差した。

「斥候が一切出とらんし、行軍の体形も、本来なら護られるべき弓兵や魔術師が先頭で、続いて歩兵、騎兵と固まっとるではないか」


行軍中はどの方向から攻撃を受けても良いように、各兵科を分散し、ある程度の戦闘グループを作るのだが。騎士団の軍勢は行軍の威容こそ立派だが、周囲を全く警戒してないばかりか、完全に兵科毎に別れて行軍をしていた。


「斥候は出しませんよ。騎士団に挑んでくる者は居ませんし。万が一敵と遭遇しても行軍の先頭に居る弓兵と歩兵が先に対応して、敵が弱まった所で騎士が相手をするので」

何だかんだで、前回の魔王同士の戦争から時間が経ち、人狼の中でも有力な戦力を誇る“荒鷲の騎士団”ですら、大規模な衝突を経験しておらず。遭遇戦が想定される行軍では避けるべき隊列の先頭に、身分の低い平民出身者の弓兵が一番前に置かれ、“囮”の様に扱われていた。


「………フンッ」

ブレンヌスは半ば呆れつつその場を後にした。

「あ、ブレンヌスさん。どちらへ?」

不機嫌になりズカズカと草原を歩くブレンヌスに慌ててリシャルドとFELNの指揮官が追い掛けてきた。


「籠城戦はやめだ!仕掛けるぞ!」

「え!?」

リシャルドが驚き声を出したが、FELNの指揮官は「まあ、………確かに」とブレンヌスの意見を肯定した。

「えー!?相手は荒鷲の騎士団でも戦馴れしている常勝のヴォイチェフ卿ですよ!勝てるわけ………」


振り返ったブレンヌスが冷淡な笑いをしていたのでリシャルドは言葉を詰まらせた。

「それも今日までだ」

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