異世界での騒動
―1986年、2月17日、ニューヨーク市ブルックリン、午前11時頃
『昨日、ロナルド・ハーバー元上院議員が死去したと発表が』
(ジジッ
『本日の天気』
(キー………
『♪~~♪~』
(キー、ザーザー
セダンタイプの覆面パトカーの助手席に座る女性が、カーラジオの周波数を弄り回していた。
運転席は誰も乗っておらず、女性は一通りの周波数を試すと、消去法で音楽番組に周波数を合わせ、新聞を読み始めた。
(軍艦の衝突に、革命沙汰、スパイの摘発に国境侵犯。………魔王様とかが居ない世界でもキナ臭いものね。人間しか居ないんだから仲良く出来ないのかしら?)
記事の見出しの1つ“SIS作戦部長遺体で見つかる”を彼女は読み始めた。
(“ロドネイ氏の預金には外国経由から大量の入金と、SISが情報漏洩で調べていた”、ね。2重スパイだねこりゃ)
コンッコンッ)
運転席側のドアがノックされ、女性が振り向くと。両手にサンドイッチ屋の袋を持った男が立っていた。
「遅かったわね」
ドアを開けてもらった男は、ダッシュボードの上に買ってきたサンドイッチの袋を乗せた。
「ちょっと混んでたんだ。ほら、そこの工事現場の作業員が買いに来るんだ」
彼女の分の袋を渡すと男はゆっくりと運転席に座り、袋からサンドイッチを取り出した。
「フランツは今日出勤してた?」
「ああ、例の少女誘拐事件の犯人を上げるって、日の出前から出勤してたみたいだ」
「フランツらしいわね。こっちだと60過ぎでしょ?引退しないのかな?」
「まあ、フランツだしな」
『こちら、フランツだ!少女誘拐事件の犯人を見つけた!場所は………』
「ああ、クソ!」
警察無線からフランツの報告が流れ、男は食べ掛けのサンドイッチを包み直し、後部座席に放り投げると慌ててエンジンを掛けた。
「ベルトは?」
「閉めた!」
男が覆面パトカーのサイレンを鳴らし、車道に出るのと同時だった。急にクラクションが聞こえ、女性が音のした前方を向き叫んだ。
「Stój!」
反対車線を走っていたトラックがセンターラインを越え、覆面パトカーの前に止まっていたワゴン車に衝突した。
「ああ、クソ!こんな時に」
「出よう、助けないと!」
女性は助手席から飛び出すと、警察バッジを見せて叫んだ。
「ニューヨーク市警よ!みんな離れて!」
「こちら、ヤン・ホフマン刑事だ。ブルックリンのカーツストーリーとボランアヴェニューの交差点近く、サンドイッチ屋の目の前で交通事故発生。怪我人が多数出ている。直ぐに応援と救急車を」
女刑事は重傷者が居ないか確かめる為に、事故現場に走った。
「大丈夫!?」
「ぁ………」
事故を起こしたトラックの脇に、巻き込まれた10代後半のアフリカ系の少年が倒れていた。頭を打ったのか、受け答えに反応せず。左脚は膝関節から左に90度以上捻れていた。
「今、楽になるから」
彼女は周囲を見渡し、自分達がトラックとワゴン車に完全に隠れ、周りから見られないことを確認してから、少年の左膝に手をかざした。
すると、彼女の手と少年の脚の周りが淡い青白い光りに包まれ、少年の脚は在るべき姿に戻った。
「え!?何を?」
「あっ!」
気を失っていると思った少年に魔法を使った所を見られてしまった。
「………皆には内緒だよ。立てる?」
少々、ばつが悪そうに彼女は少年に言い、彼を安全な所に避難させ始めた。
「おい、大丈夫か?」
男の刑事が警察無線での報告を終え、トラックの運転席を開けると、運転手の男性がハンドルにもたれ掛かっていた。
刑事が運転手の身体を引っ張り、ハンドルから引き離すと、ハンドルと身体の間から左手が抜け落ちた。
(病気か?)
意識を失う直前にクラクションを鳴らすので精一杯だったのか?
安全の為、サイドブレーキを引きエンジンを切ってから、刑事が運転手の左手首を握り脈が有るか調べたが、全く脈を感じなかった。
「心臓麻痺か?」
運転手は既に琴切れており、刑事は事故の処理と応援への引き継ぎの為にトラックから離れた。
「う~ん?ん!?」
ロキが目覚めると、非常に殺風景な穴蔵の中だった。
「あれ?」
周りには小銃を用意するフランツ達と剣や小刀等を身に付けるイシスやトマシュ、更には忍者3人の姿もあった。
「何かあったのかい?」
遅まきながら、ロキが目覚めた事に気付いたイシスとフランツはお互いに顔を見合わせるとロキに歩み寄った。
「これから皆で転移門の在る階層に突入しますが、ロキ様は如何なさいますか?」
「ん!………ん~ん!?」
目を白黒させてつつ、ロキは遺跡の全体像を思い出していた。
「待った、転移門は地下700メートルの所に在るはずだし、道程も本殿を通り過ぎてから長い筈だが………おや?」
ロキは“そんなに長いこと気絶してたのか?”と心配になり。懐から、懐中時計、時計機能を内蔵した携帯ゲーム機、アナログ式腕時計、デジタル式腕時計26個、折り畳み式携帯電話、スマフォと時刻を確認できそうな物を次々だし、最後に大きな砂時計を取り出した。
「まだ、10分しか経ってないな」
5分刻みに1時間分のメモリが振られた砂時計を確認し、ロキは自分が気絶していた時間を把握した。
「もしかして、穴掘った?」
“今いる場所から考えると、正規ルートを通らずに来たのか?”
ロキはイシスを問いただすと、さも当然と答えた。
「ええ、時間を掛けたくないので。一気に穴を開けて降りました。この壁の向こうに転移門が有りますよ」
「えー………そう………。まあ、良いかな」
イシスの斜め上の行動に驚きつつも呆れ果て、“この娘ゲームデザイナー泣かせだな。絶対、登れ無い崖とかをジャンプや踏み台を持ってきてイベントを見ないでクリアするタイプだ、うん”と1人納得した。
~♪
「あ、失礼」
スマフォから音楽が鳴り、ロキは通話に出た。
「もしもし?」
「またQueenだな」
「だったね」
どうもさっきの電話もそうだが、ロキは着信音をQueenのピアノアレンジに統一しているようだ。
「え!?」
ロキが隅っこに移動し、小声になった。
「トンネルが出来た?」
イシスや人狼のフランツ達が興味無さそうに装備を整えつつも耳はしっかりと聞き耳を立てていた。
「………影響は?うん、うん。………不味いね、うん。妨害は?そうか………。全くアイツら………。崩壊は何時起きるかな?………ん!?」
ロキがスマフォから耳を話し、テレビ電話モードに切り替えた。
『みゃ~』
『あーもう、退いてくれ!』
スマフォから猫の鳴き声とフェンリルの声が聞こえたので、イシスは耳をパタパタと動かした。
「硯ちゃーん、こっちこっち」
『みゃみゃ!』
「なんだ?」
急に子猫の声が響き渡り、全員がロキの方を見た。
『ロキ様!この娘さっきからイタズラばかりします!』
『みゃ~』
「あ、猫」
トマシュがスマフォの画面に黒猫が映ったので、思わず声を出した。写っていたのは、三途の川で小さくなったロキを拐ったイタズラ好きの子猫だった。
『何でこの娘を拾って来たんですか!?』
「だって可愛いじゃん」
『可愛いって言っても世話をするのは私ですよ!』
『カプッ』
文句を言うフェンリルの右人差し指を猫の硯が咥えた。
『うにゅうにゅ………』
『………んもうっ!』
硯に人差し指を吸われ、フェンリルは思わず破顔した。