地下急行
急に建物が揺れ始めたので、技術者達は壁に掴まるか、床に伏せて揺れが収まるのを待っていた。
「うわっ!」
「あー!わあぁぁぁ!」
揺れが一気に強まり、技術者達は吹き飛んだ。
“普通の地震じゃない!”
そう気付いたが、為す術べなく、揺れに翻弄され。まるで、子供が篭に入れた虫のように部屋中を転げ回った。
「いったい何事だ!!」
本殿で撤退作業を指揮していた指揮官達は激しい揺れと轟音を聞き本殿の外に飛び出した。
「わっ!」
「Hinlegen!」
大量の粉塵と共に石が飛んできて、兵士と士官が何人か直撃を受けその場に倒れた。
「大佐、危険です中へ………」
フランツ達と遭遇した猟兵を指揮していた少佐に促され、踵を返したのだが、本殿の奥からも大量の粉塵が吹き出し、本殿の出入口に居た兵士と士官達は外に吹き飛ばされた。
「わっわっわ!」
「んなーー!」
急に地面が陥没し、ほぼほぼ自由落下に等しい加速度で下に向かって“落ちて”行くので、フランツとトマシュは転倒したのだが、地面にゆっくりと落下している様に見えた。
落下の中心に居るイシスは澄ました様子で膝立ちの状態で地面に右手を触れていた。
<ありゃ………>
<おっかねえな、人狼の魔王の妹様は>
異変に気付き部屋の隅に跳んだ忍者達は、穴の周囲を自分のペースで飛び降りていた。
ふと、上を見上げると。穴が空いた場所に在った土砂が周囲に圧し拡げられた影響で、穴の周囲の土砂が吹き上がり、さながら天変地異と化していた。
「ぬわ!」
急に陥没する速度が遅くなり、地面との距離が5センチ程に縮まった所で地面と衝突し、今度は急激な減速によるGに襲われる。
「あ………かっ………」
「うっぷ………」
全身を打ったのと急なG変化で2人はひどく気持ちが悪かったが。
「あれ?どったの?」
「ここ何処だ?」
落下が収まってから琥珀浄瓶からショーンとデイブが出てきた。
「転移門の直ぐ真横だよ」
ショーンが「あら、そうなの?」と上を見上げると。遥か500メートル程上に穴の入り口が見えた。
「じゃあ、閉めるよ」
忍者達も陥没した穴の底に降りてきたので、イシスは雑嚢から小さい光石のランタンを取り出した。
「良いよ」
「ああ、こっちも良いぜ」
まだ、満足に身体が動かないフランツとトマシュをほっておく形で、イシスは穴を閉じ、完全に真っ暗になる。
全く光源が無い、本当の意味での闇の中に入ったショーンとデイブは何となく“死んだ時もこんな感じだったなあ”と回想しつつ、もう1回死んだような感覚になり、ショーンは邪念を振り払うようにランタンをつけた。
「で、どうすんの?」
真っ暗になった穴の底で光石のランタンをつけたショーンが質問した。
「殴り込むよ」
イシスが剣を抜き、左手で壁を触れると土が液体の様に揺れ、周囲に拡散し、石組の壁が現れた。
「壁?」
デイブが耳を当てると話し声が聞こえた。
「話し声だ、ドイツ語じゃないかな?」
「あ、マジだ。………何か地震がどうとか、怪我がどうとか話してるな」
内容を聞いて、イシスが目を逸らしたのをショーンが気付いた。
「何したの?」
「べべべ、別に」
“やり過ぎたかな~?”と後悔し始めた所で、幾分気分が良くなったトマシュが起き上がり、イシスの肩を叩いた。
「やり過ぎ………。結構痛かった………」
トマシュの顔は地面にぶつかったせいで赤かった。
「ゴメン………」
これでも押さえ気味のつもりだったが、次回から気を付けようと、イシスは心に刻んだ。
森の中を進軍の為の太鼓を“ドンッドンッドンドンドンッ”と打ち鳴らしながらニュクスの軍勢は西へと突き進んでいた。
先頭を速足で進むニュクスは、魔法で進路上の木々を風魔法で吹き飛ばし、凸凹した地面を土魔法で均すと、最後に火魔法で焼き固めるという、無茶苦茶な事をしていた。
(これ幾ら掛かるんだ?)
森の木々は全部妖精が管理しており、物によっては伐採すると高額な請求額の支払いを求められるので、直ぐ後ろを歩く警護のカミルは軽く眩暈がした。
「ニュクス様!ちょっと速度を落としてください!」
軍隊の通常の行軍速度。時速約5キロ程の速度を無視して、ニュクスが突き進む物だから、隊列からかなり離れてしまい、後ろから女騎士のドミニカが馬で追い掛けてきた。
「速度を速めよ!」
「んな無茶な………」
通常の行軍では毎分120歩で歩く様に訓練され、進軍太鼓もそのリズムに合わせて打ち鳴らしているのと、無理矢理速度を上げる急行軍は滅多にやらなかった。
たまに風に乗って、行軍の最後尾に居る亡命マルキ王国の軍楽隊が奏でる“スラブ娘の別れが”聴こえてきたが、それの旋律も歩兵の行進ペースに合わせられていた。
「強行軍だ!心せよ!」
ドミニカは引き返し、行軍の先頭のポーレ族の部隊に指示を伝えた。
歩数を上げる急行軍ではなく、休憩の時間を減らす強行軍を指示した。
「やれやれ………」
ニュクス曰く。魔王から“イシス達がナチから襲撃を受けた”と連絡が入り、“それの対応の為に予定を変更し大森林を突っ切り遺跡にまで出よ”と魔王グナエウス・ユリウス・カエサル・プトレマイオスの他に、ポーレ族のマリウシュ部族長、クヴィル族のミハウ部族長、ヴィルノ族のチェスワフ部族長の3人の名前で命令が出たので、大急ぎで向かう必要があるのは兵士達も承知だ。
しかし、兵士である以上多少の無茶は効くが、休憩を一切取らずに突き進む行為は戦い前に兵士達を疲労困憊の集団にするだけだし、敵の待ち伏せに合う恐れも有り非常に危険だった。
「カミル、兵達の食事はどれ程で取れる?」
「乾パンで良ければ休憩込みで20分は必要かと」
アルトゥルが廃棄品の中からこっそりくすねていた、蜜蝋で封をした瓶に詰まった乾パンなら、同じく瓶に詰めたジャムと一緒に食べるだけなので数分で食事が終えられた。
今朝までは、3食とも湯を沸かし。麦を煮ることで粥にして、温かい食事を取っていたが、強行軍中は乾パンだけで過ごすのが当たり前だった。
「………カミル。30分休憩する。その間に食事を取らせろ。“この後は日暮まで行軍か、遺跡に着くまで休憩は無いが、夕食は通常食とする”と一言付けてくれ」
「了解」
リスクはニュクスを十分に理解しており、襲撃の恐れと食事が粗末になることで兵士達の士気に影響が及ぶことを危惧し、夕食だけは“温かいもの”にするように指示し、ニュクス本人も乾パンを食べるために隊列に戻った。
因みにカーシャはロシアを始めスラブ文化圏でよく食べます。
ロシアのはミルクで煮た上に大量の砂糖をぶっ込むので人を選びますが………。(因みに私の実家は蕎麦の実を出汁で炊いて日本風にしています)




