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救出作戦

2月10日追加

- 人狼と人間の領地を隔てるジュブル川北岸 ファレスキから上流へ約3海里(約5.4キロメートル) -


「停止」

艇長の命令を航海長が復唱し、最後に魔術師が復唱すると。帆に向かって吹かせていた風魔法を止めた。


「帆を格納」

「帆を畳めー」

副長の命令を船務士が艇内に伝え、船員が指示通りに動く。


「帆を降ろすー」

凧の様に空中を浮かんでいた、縦横10メートル四方は有る正方形の帆を魔術師がそよ風を吹かせながら器用に降ろすと、艇の後部甲板に並んでいた水兵がテキパキと畳み。何時でも飛ばせるように甲板上に置いた。


「櫂流せ」

「櫂流せー」

艇の側面から方舷に6本、両舷で12本並んだ(オール)が水面に浸けられ、艇の行き足は完全に止められた。


「艇長、停止しました」

彼等はポーレ族の海軍で、元々は4本マストの大型帆船に乗っていたが。今は運搬船に乗り換え、人間の領地に忍び込む冒険者の潜入・回収、逃げてきた人狼の捕虜の救出のために、夜な夜な北岸に近付いていた。


「見張りを厳とせよ。特に人間に注意して見張りを行え」

彼等が乗っているのは喫水の浅い河川艇を改装し、前部に道坂(ランプ)を配置した艇だった。転生者が多く集まったケシェフの鍛冶ギルドが、異世界の上陸用舟艇(LCVP)を参考に造った物だ。


「了解」

そして、この艇を運用する彼等の多くも転生者だった。




一方その頃、草原を川岸へ向かう15人の人狼の一団が居た。

「時間は?」

フードを被り、剣や弓矢を背負った一団の1人が時間を気にした。

「そろそろ、2時になる」

1人が懐中時計を取り出し、時間を読み上げた。


彼等は10日前に人間の領地に潜入した冒険者の5人組パーティーで、現地の協力者と共に奴隷にされた人狼の少女10人の救出に成功し、運搬船との合流地点へ向かっていた。

「もう海軍は沖に居る頃だ。…追手は?」

「相変わらず、付かず離れず……。気味が悪いです」


奴隷を救出した街を出てから直ぐに、追手の存在に気付いたが。一定の距離を保ったまま、特に妨害もせずに後を追ってくる。その追手を巻こうと迂回をしたり、2手に別れたりを繰り返したが、結局巻けず終いだった。


「ん!?」

追手が居る方向とは別、東のファレスキが在る下流側に光が見えた。

「新手か?」


冒険者の1人は双眼鏡を取り出した。

「…誰だ?」

「神聖王国の兵士…。っチ!不味いな銃を持ってる」

舌打ちした仲間から双眼鏡を渡され、覗き込むと街道上に兵士が10人、此方へ歩いてくるのが見えた。


「前装式ライフルに銃剣……。国王の軍か……」

特徴的な末広がりの鉄兜と緑がかったカーキ色の戦闘服を着た、神聖王国の新式軍の兵士達だった。


「参ったな」

こんな真夜中に完全武装の、それも国王お抱えの異世界式の兵士が通りかかるわけが無く。どう考えても、自分たちを追い掛けてきたのが明白だった。


「マクガン、アンソニー」

「なんでしょう?」

パーティーリーダーが若手2人の名前を呼んだ。

「お前たち2人で先にあの子達を連れて運搬船に乗れ、俺達でアイツらを食い止める。運搬船も岸で待たなくていい。ボートを置いていってくれればそれでいい」


「良いっすけど、俺達もあの人達を運搬船まで運んだら戻ってきますよ」

「…好きにしろ」





「艇長、発光信号です」

「櫂用意」


「櫂よーい」

運搬船の側面から再び櫂が出され、前進する準備が出来た。


「前へ」

「前へ」

太鼓の音に合わせ、12本の櫂がタイミングよく漕がれ運搬船は岸へと進み始めた。


「投錨よーい」

「投錨よーい」

岸が見え、挺の後部に備え付けられた錨を下ろす準備がされた。


「ていっ!」

「てーいっ!」

錨が下ろされ、錨索が*車地(しゃち)から繰り出された。

何処かの女騎士が“離岸する時に錨を巻き上げる力を使うと楽”だと言ったから取り付けられた物だった。


*車地 人力で(ロープ)や鎖を巻き上げる大きな轆轤(ろくろ)

    棒を刺して4人程で回すことで巻き上げる。

    映画では良く、ムチで叩かれながら船員が巻き上げるシーンがある。



「方位300方向、発砲炎!」

飾りの様な艦橋の左舷側から岸辺を見張っていた見張り員が叫んだ。

「発泡炎だ?」

艇長が見張り員の元に行き、発砲炎が見えた場所を指差してもらい。備え付けの羅針盤で指さされた場所の方位を確認した。

「方位310だ」


内陸の方が光、数秒遅れて発砲音が響いた。

「1000ヤードってところか」

「どうしますか?」


火薬を使われているということは、神聖王国の精鋭部隊がそこに居ることを意味していた。

「着岸用意。冒険者を回収次第速やかに離れるぞ」

「了解。着岸よーい!」



「来た」

運搬船が沖から姿を表し、川岸に乗り上げると道坂を下ろした。


「人数は!?」

「この10人だ!」

船が川岸に乗り上げる光景に驚いた少女達だったが冒険者に促され、運搬船に乗り始めた。


「他は?5人だと聞いてたが?」

「神聖王国の追手が来たから残ってる。俺達も戻るから、何かボートを置いてってくれ」

「え!?おい、待て。…ああ、くそ」


冒険者2人がそう言い残し踵を返したが、2人が向かった先で光が上がった。

「照明弾か…!」


断続的に発砲音が響き渡り、神聖王国の兵士が銃を乱射しているのが判った。

「離岸用意!」

武器を積んでいない運搬船が見つかり、沈められる訳にはいかないので、艇長が離岸用意を指示した。


「艇長!彼等の為にボートを置いていこうかと思いますが、如何でしょうか?」

「…よし、短艇を一隻置いてってやれ。後へ!」

「後へ!」

艇長の指示をメガホンを持った副長が、甲板下の漕ぎ手に伝えた。


「「「そーっれ!」」」

漕ぎ手が後ろ方向へ漕ぎ始め、少しづつ動き始めた。

「錨上げ!帆を上げろ!全速後進急げ!」

「錨上げ!帆を上げ!」


後部でも車地を巻き上げる水兵と帆を上げる魔術師が大慌てで作業を始めた。




姿勢を低くし、木々の間を走り抜ける冒険者の頭上で、木の幹が幾つも弾け飛び。細かな破片が冒険者の顔に降り掛かった。

「うなぁあ゛あ゛あ゛!」

堪らずその場に伏せ、頭を抱えた。

「何だアレ!?あんなの初めて見たぞ!」

「ああ、まるでコミックかアニメのロボだな!!」


人だけかと思ったら、突然人の倍くらいの高さが有りそうなオートマタが現れ、銃を“連射”してきたのだ。

「あれじゃ、何もできんな」

距離が有り、オートマタの数や他の兵士の居場所が判らない以上、迂闊に動けなかった。


オートマタの射撃が止み、“ひゅー”っと音がし、空が光った。

「っチ!また照明弾か」

冒険者達は剣と弓矢の他は魔法ぐらいしか攻撃手段が無いが、向こう側は照明弾を幾つも上げ、火器に物を言わせて遠距離から攻撃をしてきた。



「Los!Los!Los!」

下流側から神聖王国の兵士の声が聞こえてきた。

「奴等、側面から来る気か…」

逃げ込んだ場所が正直悪かった。

街道脇の少し小高くなった場所で、まるで昼間の様に照明弾が上げられてるこの状況下では、どの方向に逃げても射線が通る可能性があった。


「っ!貰った!」

弓を番えていた冒険者が上体を曝け出した神聖王国の兵士に気付き弓を放った。


「当たったな」

兵士の叫び声が聞こえ、兵士達が応射をしてきたので冒険者たちは一度伏せた。

「行くぞ!」

そして、4発以上発砲音がしたのを確認すると大急ぎで岸へと走った。


オートマタは機関銃を持っているようだが、歩兵は銃剣の形状が片歯だったので、連発が効かない前装式ライフルだと判っていたので、冒険者3人は一気に岸まで走り隠れることにした。


「Halt!」

「っけ、うるせえ!」

撃てない事が判っているので、冒険者の1人は途中でスキップし、神聖王国の兵士を挑発した。


「あれ!?」

岸辺の葦を掻き分けて顔を出した若い冒険者2人は、走って逃げてくる冒険者3人を見て叫んだ。

「こっちです!」


「ああ、あっちだ!」

3人は上流側に走る方向を変え、無事に合流すると一目散に川へと走った。

「運搬船は!?」

「引き揚げてもらいました!ってか、何すかあれ!?」

「オートマタさ!」

答えながら、冒険者たちは各々カバンから丸い物を何個か地面に落としていった。


「アレだ!」

運搬船が置いていった6人乗りの手漕ぎボートを見つけ冒険者達は大急ぎでボートを川に押し出すと飛び乗った。


「Halt!Stoppen Sie das Boot!」

「伏せろ!」

追いついた神聖王国の兵士が銃を撃ってきたので冒険者たちはボートの陰に隠れた。

「Feuer!」

「Sink es!」


「おい、お前ら。何投げた?」

「蜂だ」

「俺は虻」


「ひやぁぁぁ!」

「あー!」


「よし、効いたな」

顔を上げて声がした方を見ると、神聖王国の兵士達が蜂と虻の大群に襲われていた。

「おーお、かわいそ」

冒険者達が投げたのは魔法具の一種“虫玉”。どういう理屈なのかさっぱり判らないが、地面に投げると虫玉に対応する虫が集まり、人に襲い掛かるのだ。


「さっさと逃げるぞ」

虫に刺され、とうとう地面に倒れ込み動かなくなった兵士を尻目に、冒険者たちはオールを漕いだ。


「なあ、上には何て言う?」

「何が?」

冒険者の1人が、頬に木片が突き刺さっているのに気づき、抜きながら質問した。

「あんな、機関銃が有るなんて上に言えっか?」

「……信じて貰えないかも知れんが。言うっきゃないだろ」


2年前から始まった戦争で、神聖王国の兵士が銃を使い始めていたが。今日の様にオートマタが機関銃を使うのは確認されていなかった。

はたして、今日の出来事を信じてくれる人がどれだけいるか、冒険者たちは想像がつかなかった。

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