恐怖の大蛇
(失礼しちゃうな、全く)
トマシュが考えていることが、何となく念話で伝わって来たので、イシスは少し気を悪くした。
(まあ、でも。………しょうがないか)
前世でも死は忌み嫌われていた。それは、14歳の時に自身の死を体験したイシスも理解していた。
しかし、各々が死を経験したイシス達3兄妹からすれば死は通過点に過ぎず。死後は適当に時間を置いてから転生するまでの繋ぎ時間としか考えていなかった。
実際に、3兄妹とも死後の世界で自分達の世界の神様、ユリアに気に入られ、輪廻転生の輪から外され天使となった身だから余計にそう感じていた。
『ねえ、あの兵士をほっといて良いの?』
『目を覚ました所で、“いきなり首を突かれた”って話を信じる人はいないよ』
「えーっと………全部英語じゃん」
エルナから手渡されたリモコンの文字が英語だったのでショーンは驚いた。
「これだけじゃ無いぞ、向こうには未来の映画のソフトが置いてあるぞ。全部“北米版”って書いてあった」
ショーンが左手で眉を掻きながらリモコンのスイッチを押してみると安全バーが上がった。
「………えー、ロキ様ってアメリカ人なの?」
「さあな」
(おっと!)
イシスは防壁の中を進んでいたが、途中で遺跡側の防壁が崩れていた。
注意深く様子を窺い、銃を持った兵士が巡回しているのを確認できた。
『どうするの?』
イシスの視線が、2階建ての建物の窓で止まった。
『彼処に飛び込むよ』
『うわっ!』
イシスが頭を下にする形で飛び降り、壁の突起部分を何度か蹴ったので、物凄い速度で地面に降り立った。
風魔法を駆使し、足音を1つも立てずに着地したイシスは、今度は走り出し、巡回していた兵士の真後ろを駆け抜ける。
良くそんな事が出来るなと、トマシュが舌を巻いていると、今度は建物の壁に手を着くと垂直に跳び建物の2階の窓に転がり込んだ。
『そっち?』
『うん、下は誰か居た』
「あ、上がった」
座席の安全バーが上がり、フランツとショーン、それにデイブはロキに近付いた。
「どうしたんだ?」
懐中時計を取り出し、脈を測っているショーンが答えた。
「脈拍は普通だね、血圧は血圧計が無いから判んないけど」
目に光石のライトで光を当てていたデイブも不思議そうだった。
「こっちも普通だ。あー、ちょっと瞼の裏が白いな。ただの失神じゃないか?」
「うわああぁぁ!?」
ロキが急に叫び声を上げて身体を起こした。
「大丈夫ですか?」
「え?あ?うん!?ん?ああ、私は元気だ!」
「い"!?」
モニターを見つめていたトマシュが短く叫んだので、目を塞がれていたニナ以外の全員がモニターを見た。
モニターには何故か、大剣を受け止めるイシスの両手が映し出されていた。
『Мчгаааа!!』
イシスが左手で大剣を叩き割り跳ね飛んだのが判った。
『つぅ!』
視線がイシスの右肩に移り、折れた剣の先が右肩に突き刺さり、出血しているのが確認できた。
「あ………」
それを見たロキが再び気を失う。
『何が起きたの!?』
『オートマタが居た!』
イシスは右肩に刺さっていた剣の先っぽを引き抜くと、地面に叩き付けた。
(しまった。結構深い、な)
傷口から血が吹き出したので、イシスは魔法で止血する。
傷の状態を確かめて適切な治療をしたい所だが、薄暗い部屋の中では、水魔法で血を操り止血をするのが精一杯だった。
「っ!」
オートマタが大剣を棄て、殴り掛かってきた。
モニターの映像では、イシスが難なく避けた様に見えたが。2、3歩踏み出した所で突然倒れたのが判った。
『どうしたの?』
『躓いただけ』
本当は大剣で肩を突かれた時にあばら骨が折れており、避けた際に痛みに襲われ倒れてしまったのだ。
オートマタから油圧シリンダーの作動音が鳴り、右足を半歩だけ踏み出すと、イシスに正対し再び走り寄ってきた。
「あ、っこの!」
間近まで来たオートマタが腕を交互に振り下ろし、それをイシスが脚で蹴ったり、床を転がる等して、何とか避けていた。
「ビーッ!」
オートマタが発砲時に出すブザー音とはまた違うブザー音を鳴らし、右腕を振り上げたところで動きが止まる。
イシスの幼い顔立ちから、オートマタは非戦闘員を攻撃したと判断し、安全装置が働いたのだ。
「シャーッ!」
もちろん、そんなチャンスをイシスが逃す訳はなく。立ち上がりオートマタの懐に飛び込むと、オートマタの脇の下に左手を突き刺し、オートマタの右腕をもぎ取ってしまった。
「何の騒ぎだ?」
倉庫として使っていた建物で、大きな物音がするのを兵士達が聞き付けた。
「おい、士官を喚んでこい。それと技術者もだ」
倉庫はオートマタの整備に使われていたので、オートマタが暴走したのではと考えたのだ。
建物の中からけたたましい音がし、粉塵が1階の窓や扉から吹き出した。
「おいおい」
騒ぎが広がり、更に大勢の兵士が集まって来た所で、中から作業服を来た技術者達が出てきた。
「助けてくれ、オートマタが墜ちてきた」
「………なに!?」
粉塵で咳き込む同僚を抱えて出てきた技術者が起きたことを説明した。
「俺達は1階の作業場で壊されたオートマタの梱包作業をしてたんだが。急に2階の試験場で作動試験をする筈のオートマタが暴れたらしくて。止めようとしたんだが、作業場から出る前に床が抜け落ちてオートマタが落下してきたんだ。まだ何人か中に………」
「何だ!?」
モニターが真っ白になり、フランツ達は困惑した。
「ちょっと待って」
再び気を失ったロキをデイブとエルナに任せ、ショーンはリモコンの入力切り替えを押した。
『きゃああああ!』
「え!」
「わっ!」
女性の悲鳴と共に画面に巨大な蛇に襲われる人が映った。
『イシス!どうしたんだ!?』
『ふぇっ!?』
イシス本人から間の抜けた返事が帰って来た。
『あ、ああああー!』
「ひいいぃぃぃ!」
男の人が大蛇に丸飲みにされたので、エルナは悲鳴を上げた。
『何やってるんだ!直ぐに止めるんだ!』
『え?っちょと。え?無理だよ?』
「なあ、アガタ。あれって………」
フランツが何かに気付いてアガタに話し掛けたが、アガタは気付かなかった。
モニターでは更に他の大蛇が大木の上から、瞬間的に首を伸ばし、もう一人の男の人に牙を刺した。
「くっ!」
「お、おい!トマシュ!」
トマシュが先程ロキが“非常ドア”と言った扉の1つに駆け込み、出ていってしまい。フランツが慌てて追いかけた。
「あれ?」
モニターの映像がコアラがサーフィンをする様子に切り替わった。
「ねえ、これって………」
「あれだよな?」
コアラがサーフボードから落ち、砂浜に流れ着くと項垂れ、缶ジュースを一気に飲み干すと、サーフボードを抱え、再び海へ向かった。
『Get wild!』
「CMよね?」
映し出されていたのは、フランツ達の世界で売られている。“コアラ”と言うオーストリア企業の炭酸飲料のCMだった。
「もしかして………」
ショーンがチャンネルを弄ると、メジャーリーグの試合に切り替わった。
「あ、何だテレビか」
料理番組、通販、子供向けアニメ、ニュースと順番にチャンネルを切り替えて行くと、CMが終わったさっきのチャンネルに戻った。
「あ、思い出した。これ、“恐怖!大アマゾンの大蛇”よ。B級映画の」
アガタが映画だと思い出し、タイトルを言い当てた。