遺跡
「っぅ………」
フランツ達を見付けた竜騎士は大森林の端に近いところで、ようやく落ち着きを取り戻した。
「何だよありゃ………」
ズヴェルムが器用に身を躱したお陰で怪我はないが、木々の下から撃ち上げられた弾幕に死を覚悟した。
目に見える。オートマタが放った曵光弾も相当な数だったが、その4倍以上の目に見えない実弾がすぐ真横を何発も通り過ぎた。
「ビックリしたなあ。ありゃ、銃だぜ」
「………何だって?」
後ろの航法士兼偵察員の一言で竜騎士は振り向いた。
「魔法じゃ無くてか?」
航法士兼偵察員はせっかく描いた航空地図を鞄から落としている事に気付き、落胆していた。
「ああ、魔法じゃ無い。異世界だとあんな兵器がゴロゴロしてるんだ。向こうじゃこんなもんじゃないぞ。飛行機って機械が何百も雲の上を飛んで、街を焼き払うから。こっちも飛行機に乗って雲の上まで飛んで行って撃ち落としたり、地上からデカイ銃を何万発もデカイ弾を撃ち上げてんだ」
「なあ、向こうは人間しか居ないんだろ?何でそんな機械なんか造ってまで殺し合いをしてるんだ?」
「さあね、俺達からしたら。“やられたからやり返してた”筈だったんだが、いつの間にか俺達が街を焼き払ってたしな。皆、狂ってたんだろ」
「えーっと。こっち………。ああ、出た出た。着いたよ!」
(声がデカイです!)
忍者の報告を元に、遺跡の側にまで来たが。ロキが五月蝿いのでフランツが注意をした。
「うわ、ホントに居るじゃん」
結局、アガタやニナもついていく事になったが、遺跡を囲む水濠の向こう側に大慌てで作業をする兵士達の姿が見えた。
「何か、普段は幻覚魔法で姿を隠してるみたいだけど。今は妨害で垂れ流してる魔力と干渉するから切ってるとか」
ロキは送り出した忍者が忍び込んだお陰で、内部の情報を多少は手に入れることが出来た。
「何やってるんだ?」
兵士達は遺跡の建物の上に積まれた土嚢を地面に落とし、袋を裂いで、中の土を水濠に棄てていた。
「引き揚げるつもりか?」
「何で?」
「知らんな」
フランツとショーンの掛け合いを他所に、デイブは双眼鏡で侵入出来そうな場所を探した。
「ん?人狼と人馬だ」
「どこだ?」
「塔の横」
フランツも双眼鏡を覗き、確めると。武装SSの野戦服を着た若い人狼と作業服を着た人馬がなにやら話していた。
「人狼は将校だな………階級は中尉だ」
フランツは人狼の左襟を見て階級を判断した。
「技術的には可能ですが。今すぐとなるとリスクが………」
作業服を着た人馬の解答に、若い人狼の中尉は少し考えてから質問を返した。
「安全に閉じるまでの時間は?」
「3時間は。いや、但しあくまで理論上の話ですので、前後するかと。ですが、強制的に転移門を閉じるよりは確実です」
人馬の解答に人狼の中尉は気分を良くした。
「そうか。では博士、可及的速やかに帰還させ、その後転移門を閉鎖してくれ。閉鎖が確認できたら速やかに撤退する」
人狼の中尉が歩みだしたが、人馬が後ろから質問した。
「一体、何故閉鎖を?任務は順調な筈では?」
「………ファレスキの兵士が件の飛行船捜索のために南下を始めた。上は発見される前に引き揚げたいらしい。最悪、向こう側に送った諜報員を失う覚悟のようだ」
中尉の一言に科学者は顔を強張らせつつ、中尉の質問の意味を理解した。
この2人は元の世界に送った諜報員を安全にこちら側に呼び戻せるかを話していた。
戻ってくるように、連絡員を向こう側に派遣するのが一番確実だったが、ファレスキから出発した神聖王国の兵士に発見される前に向こう側の諜報員と接触し、転移門を使って全員が戻ってこれる保証が無かった。
そこで、過去に科学者グループから、“向こう側の転移門を使わずに強制的に帰還させる方法”が有ることを聞いていた中尉が、人馬の科学者に“この場で出来るか?”と聞いたのだ。
現在、指揮官は諜報員の回収を諦め、転移門を閉じるつもりで動いている。仮に転移門を閉じた場合、転移門が再び向こうの世界に繋がる保証が無く、送り出した諜報員が戻って来れるか予想がつかないが。“自分達の存在が知られる位ならと”、判断された。
そんな中、この中尉は“向こう側に派遣している諜報員を安全に帰還させる方法が有れば、上官に掛け合って帰還させられる”と考えていた。
「理論は完璧だ。数時間で終わらせられます」
科学者の一言に中尉は頷き、その場を離れた。
「さてと、誰か良いアイディア無い?」
半ば強引に連れてきておきながら、ロキがとんでもないことを言い出した。
「………はい?」
「いやさ、どうやって中に入ろっかなあって」
遺跡の周囲は幅が20メートルも有る水濠で四方を固められており、泳いだり飛び越えるのは不可能。そして、仮に水濠を越えても、高さが数10メートルは有る遺跡の防壁が立ち塞がっており。壁に立つ歩哨に見付かるのがオチだった。
真正面の橋も兵士が10名ほど、引き揚げ作業で土嚢を潰す作業をしていたので人目が有る。
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「え!?何かな?」
ロキは、じゃれあっているエルナとニナ以外の全員から冷たい視線を浴びた。
「何も考えてないの?」
「そりゃ………。遺跡に銃を持った兵士やオートマタが居るなんて思ってなくて」
イシスが鼻から「フーッ」とため息を吐いた。
「中には忍び込んだ方が良いですよね?」
「まあ、そりゃね。どうも転移門を弄くってるみたいだから、壊されたくないし。何か騒ぎで起こすかな………」
「なあ、飛行船が爆弾を落としたって話は本当か?」
麻袋に土を積めただけの土嚢にナイフを刺しながら、兵士は飛行船の話題をしていた。
「ああ、マジだマジ。ファレスキの城塞が攻撃を受けたんで、あっちは大騒ぎだとよ」
土を手押し車に移しながら、上官が言ってたことを聞いた兵士が、聞いた内容を語りだした。
「何でも、雲の切れ目から急に現れてばら蒔いていったんだと。そのまま雲の中に消えたから竜騎士も追えず仕舞いだとさ」
「俺が聞いた話だと、高度が高過ぎて竜がへばったっちまったらしい」
『幼いハンスは兵隊になりました♪祖国とみんなの為に♪』
「ん?」
日本では“蝶々”として知られるドイツの童謡、“幼いハンス”のリズムに乗った子供達の歌声と、楽しげな笛や太鼓と言った演奏が聴こえてきたので、兵士の1人が声のする方を見た。
しかし、声のする方角には崩れ落ちた塔が在るだけで、人の気配はなかった。
『真新しい軍服は似合っています♪彼はご機嫌です♪』
「なあ、何か聴こえないか?」
「何が?」
「歌だ。幼いハンスだ」
『けれど彼の母親は陰で泣いています♪二度と会えないのではと♪』
「何も聴こえないぞ?………大丈夫か?」
「………ああ、気のせいだったみたいだ。土を棄ててくる」
『“無事で帰ってきなさい”母の目はそう語っています♪』
“疲れているだけ”だと、兵士は自分に言い聞かせ、手押し車に積んだ土を棄てに水濠の方へと向かった。
「おい、様子が可笑しい。付いていけ」
「了解」
心配した軍曹の命令で、若い兵士を後から追わせた。
『何年も経ち♪彼はウクライナに居ます♪彼の敵は今や*ボルシェヴィキです♪』
「何だ、この歌………」
土嚢を潰していた場所から離れたが、歌声と演奏ははっきりと聴こえてきた。
*ボルシェヴィキ:ソ連共産党の事。ナチス・ドイツでは蔑称として使われている。
「うわっ!」
脇から他の兵士が飛び出て、兵士にぶつかった。
「お、おい。気を付けてくれ」
危うく手押し車を倒すところだったが、咄嗟に地面に置いたので土を通路にぶちまける事はなかった。
『そこで彼は悩みます♪“コレは正しい事かと?”♪』
「おい!」
注意したにもかかわらず、ぶつかってきた方の兵士はフラフラと歩いていた。
「黙れ!」
「は?」
それどころか、悪態を吐いて何処かへ行ったので兵士は面食らった。
『しかし、総統の命令は絶対です♪今更、辞められません♪』
「大丈夫か?」
追い掛けてきた兵士が追い付いた。
「あー………、くそ。大丈夫だ」
歌も耳障りで、気が滅入って来たので、兵士は土を棄てて直ぐに戻ろうと、再び手押し車を押した。
「コイツを棄てたら休もう、働きすぎるのは良くない」
『毎日♪人を撃ちます♪今日はあの父娘だ♪』
(バッン!!)
水濠に面した防壁に到着し、土を棄てようと手押し車を傾けようとした時。突然、銃声がし。兵士は身構えた。
「何だ?」
「じゅ、銃声だ。中からだぞ」
様子が可笑しいので、後を追い掛けてきた兵士は辺りを見渡す。
「ちょっと、見てくる」
「ああ………」
『全ておしまいだ♪祖国は消えた♪』
「勘弁してくれ、…何なんだこの歌は!?」
歌の内容が、志願して入った武装SSでやらされた、出動集団の任務の事だと判り、兵士は怯えていた。
『故郷は瓦礫に変わった♪』
早く戻ろうと、兵士は再びに手押し車の握り手に手を掛けた。
『逃げたハンスは片付けをする人に道を聞きます♪』
兵士が手押し車を持ち上げた時、土の中から伸びた何かに手首を掴まれた。
『“自分の家は何処か?”♪相手は初恋の相手でした♪』
「っ!」
『しかし彼女は叫びます♪“ナチの人殺しよ!誰か助けて”♪』
歌が終わり、土の中から人の囁き声が漏れた。
「人殺し…人殺し…人殺し…人殺し………」
ヌメリとした冷たい手に引っ張られ、兵士は防壁から水濠に落ちた。
水面に衝突する直前に土の中に居た“死体”と目があった。
………一番記憶に残っていた。処刑される母親を助けようと棒切れで戦いを挑んだ勇敢な少年だった。
(よ、よせっ!)
濁った水の中で、少年の腕から逃れようと、もがいたが。足や背中、しまいには首まで無数の死体の腕に掴まれ深みに引き込まれた。
「人殺し…人殺し…人殺し…」
首に絞首刑用の縄が掛けられた。
前世で、ソ連兵に掛けられた縄と同じものだった。
水中で溺れている筈なのに、立っている感覚があった。判決文を読み上げる声が聞こえた。立っている足場が蹴り飛ばされ、落ちる感覚が、絞まる縄の摩擦が、沸き立つ観衆の声が、遠くから死刑執行を見て、泣いている母の顔が………。
突然。身体が引っ張られ、視界が開けた。
「大丈夫かっ!」
「ふぁあっ!ゲッフォ、ゲホ。うぅ!」
銃声の出所を見に行った兵士に水面に引き揚げられ、兵士は水を吐き出した。
「えー………っとさ。何したの?」
遺跡のあちらこちらで、同じ様に“恐怖”に襲われた転生者が、有るものは拳銃を乱射し、有るものは幻覚で仲間を攻撃したりで、大騒ぎになった。
「ん?………1番怖いものの幻覚を見せただけだよ?」
流石の騒ぎに幻覚を見せたイシス本人が焦っていた。
イシスは幻覚のきっかけを作っただけで、これ程効果が出るとは思っていなかった。
しかし、転生者の中でも。“正気”に戻っていた転生者が自分の罪を思い出し、耐えきれなかったのだ。
「まあ、忍び込みますか」
ともあれ、何とか忍び込めそうだと、ロキは準備を始めた。