オートマタ対イシス
(何も喋るな、喋るんじゃない)
聴こえる訳は無いのだが、語学が堪能なトマシュが変な事を言って捕まるのをフランツは恐れた。
「Halt. Kapitulieren!」
「Bitte.Nicht schießen」
(馬鹿)
〈怪しい。拘束しろ〉
只でさえガスマスクを着けており、十分に怪しかったが。人狼なのに神聖王国の人間が使うドイツ語を喋った事でトマシュ達は拘束された。
〈他に誰か居ないか見てこいゲルト〉
〈に、逃げなきゃ殺される〉
1人が木に登り、木の上を確認しようとするのを尻目に、トマシュは譫言のように繰り返した。
〈何に殺されるんだ?〉
トマシュの腕を縛りながら兵士が聞くと、トマシュは声を荒げた。
〈森だ!木が襲ってくるんだ!早く逃げないと皆殺される!〉
〈うわっ!〉
木を登っていた兵士が急に引っ張り上げられ、姿を消した。
〈おい、どうした!?〉
兵士達は上を見上げたが、周囲の木々が軋み音を立てながら一斉に動き出した。
トマシュの意図を理解したイシスが木を一斉に操りだしたのだ。
「今の内に逃げましょう」
「ほい来た」
一か八か。催涙ガスで視界が悪いのと、木を動かした混乱に乗じて逃げ出す他は無かった。
イシスが西へと向かうスロープを蔦と木の根っこで造ると、馬を起こし先に西へと走らせた。
〈ああああぁぁぁぁ!!〉
下は木の枝に殴り飛ばされ、蔦に縛り上げられる兵士の悲鳴で混乱していた。
〈撃て!撃てぇ!〉
〈装填中だ!〉
都合の良いことに、ズヴェルムを撃っていたせいで、兵士達の銃は弾切れを起こしていた。
弾が残っている兵士も迫ってくる木に意識を奪われ、木の幹や枝を撃ち続ける。
「アガタ!トマシュ!」
フランツの呼び掛けに呼応し、アガタは近くに居た兵士を突飛ばし、倒れた兵士のガスマスクを外した。
兵士が催涙ガスを吸い、噎せかえった。
「大丈夫?」
「うん」
トマシュはニナに駆け寄り、無事を確認するとアガタと合流し走りだした。
「あっち。あっちは誰も居ない」
3人の前にイシスとエルナが飛び降りてきて、イシスは来た道である西側を指した。
「先に行って、足止めする。エルナ、トマシュ達と行って」
「はい!」
「判った。でも、無茶しないで」
ガチャガチャと音を響かせながら、オートマタが機関銃から撃ちきった弾倉を外し、新しい弾倉を装着すると給弾ベルトを引っ張り出した。
高さが3メートルも有る重装甲人形。熊ですら素手で引きちぎれる程のパワーを持ったオートマタだが、装填作業は熟練兵士の様にスムーズに行った。
装填を終えたオートマタが身体に内蔵されたブザーから、発砲予告の警報音をだし、動き回る木に向かい構えたので兵士達はその場に伏せた。
「うわっ!やっべえ!」
たまたま近くに降りてしまったデイブが伏せると、オートマタは発砲を始めた。
毎分600発の発射速度で打ち出される15ミリの銃弾が、次々に動く木をバラバラに粉砕する。
機械故に狙いが正確で、射線上に人が入ると射撃を止めるが、周囲に居る兵士やデイブ達に恐怖を与えた。
オートマタの機関銃は15ミリと、比較的大口径の.50口径(12.7ミリ)機関銃よりも大きい上に、弾丸には炸薬が充填されている、2メートルは有る機関銃をオートマタは文字通り振り回しながら乱射した。
(うるせぇ!)
耳を押さえていても弾丸の爆発音が頭にガンガン響く。
人狼は人間よりも聴覚が優れるが、ここに来て仇となった。
「んっ!?」
地面に落ちた薬莢が跳ね返り、デイブの服と背中の間に飛び込んできた。
「アッチ!アチチ!」
オートマタが銃を乱射しているので起き上がる事も出来ず、デイブは次々に跳んでくる薬莢に苦しみながら地面を這いずった。
「ぬううう~~っ………」
どうすることも出来ず、悶えていたデイブの頭上を大木が通り過ぎ鈍い金属音と木が割れる音が響いた。
(何だ!?)
振り向くと、耳を真後ろに倒したイシスが高さが20メートルは有りそうな楢の木をオートマタに振り下ろしたのだ。
「っち!」
振り下ろした衝撃で楢の木は真っ二つに折れたが、殴られた筈のオートマタが機関銃をイシスに向けた。
ダメージが無いわけでは無いが、オートマタの肩が多少軋むようになっただけで大きな影響は無い。
(銃の弾は直線的に飛ぶ、それなら!)
オートマタが引き金を引き、数発の銃弾が発射されたが、イシスはなんとかオートマタの懐に入り込んでみせた。
一瞬で間合いを詰めたイシスを確認する為に、オートマタが下を向いたが。イシスが飛び上がり、オートマタの胸部に開けられたメンテナンス時に吊りフックを引っ掛ける穴に右手を掛け、勢い良くオートマタの頭部の高さにまで飛び上がる。
「ΦУУНМУУУУУУУН!!」
空いた左腕を使い、ラリアットの要領でオートマタの首をもぎ取ってしまった。
〈ば、化け物だ!〉
兵士達はあり得ない光景に恐慌状態に陥った。
オートマタの背中は装甲が薄い事に気付いたイシスが、オートマタの背中に腕を突っ込み、魔術回路を焼き切たのでオートマタが停止した。
「あーっ!危なかった!」
「いや、何処が!?」
草むらから、パンツァーファウストが飛び出てきたので、イシスはデイブを抱え、飛び退いた。
着地したところでもう1人、兵士がパンツァーファウストを構えたが、頭を撃ち抜かれ倒れた。
「おい、こっちだこっち!」
フランツがスコープの付いてない小銃で兵士の頭を撃ち抜いたのだ。
「うはっ。死ぬかと思った」
フランツ達の居る木の影にたどり着き、デイブは胸を撫で下ろした。
「落ち着くのは早いよ」
ショーンが手榴弾を投げるとフランツの肩を叩き、フランツは素早く後方に退いた。
「ほら、急いだ」
オートマタや兵士が居る方向からは未だに発砲音が聞こえ、希にオートマタが撃った機関銃がフランツ達の頭上で破裂した。
「子供に装甲人形が壊されたと言うのか?」
周囲の木々を全て破壊し、催涙ガスも霧散し安全を確保出来たので、指揮官が状況確認に来た。
被害は死者2名、重傷者5名。装甲人形の全損が1機。
指揮官と技術者が装甲人形の破片を手に取り確かめている間に、周囲では負傷者の後送が続けられていた。
「はい、子供が唸り声を上げ、大木を振り回して装甲人形を攻撃したのですが。それでも壊れない事が判ると、頭を引き千切って。それから、素手でパーツを次々に引き千切ったんです」
兵士の証言を疑う訳ではないが、余りに突飛な証言なので、指揮官は技術者の方を見た。
「少しお待ちを。装甲人形の映像記録を回収してみます」
「少佐!」
兵士が1人、後方に運ばれる担架の脇を走り抜け、指揮官の元に来た。
「緊急です。ファレスキの街が空襲を受けました」
「何!?どういうことだ?」
兵士が息を整え、続きを話した。
「今朝、飛行船が雲の合間から現れ。ファレスキの城塞に爆弾を落として逃げました。神聖王国の兵士が南下の兆しが有るので、速やかに任務を達せよと命令が出ました」