トマシュ捕まる
『という訳で、ヨルムンガンドの話だと。遺跡に向かわせた妖精どもと連絡がつかないんだと。それでイシスと念話が通じるか試したが、全く通じないんだわ』
ポレコニチェンレ村で一晩休み、今は村で一番大きな宿を借りきっていたニュクスはカエからの報告で頭を抱えた。
『最後に会話したのは?』
『昨日の夕方以降はしてないな』
3人で奴隷解放戦線の反乱の話をして以来、イシスと会話はしていなかった。
『まあ大丈夫だと思うが、気に掛けててくれ。此方でも情報収集をしておく』
『判った。ありがとう』
「カミル!」
ニュクスに大声で喚ばれ、「はいっ!」と返事をしながら部屋に飛び込んできた。
「ピウスツキ卿を喚んできてくれ。“斥候の派遣について詰めたい”と言付けてな」
一方のカエは………。
「ランゲ!」
風魔法を使いランゲ達。クヴィル族の騎士団が控えている部屋に大声を送り、ランゲ騎士団長を喚びつけた。
「はいっ!」
階下から走って来たランゲの息は荒かった。
「貴様の所に預けたズヴェルムで大森林を偵察して欲しい。直ぐに手配してくれ」
「既に…竜騎士を…偵察任務に、従事させています」
ランゲから予想外の返事を聞き、カエは「へ?」と声を出し、間の抜けた顔をした。
「奴隷解放戦線の反乱が起きる前から、ヤツェク長老とミハウ部族長から提案が有りまして。ズヴェルムを用いての地図の作製と竜騎士が航法の習得をするのに大森林が適していると。反乱発生を踏まえて今朝からトビー山脈の周辺まで偵察に向かわせています」
「あ、ああ。そうか」
駄目な奴かと思ったが、意外と気が利くので、カエはしどろもどろになってしまった。
「それで、何時頃戻る?」
「後、1時間程かと。騎士団の城ではなく、此方に降りるように指示をだして有ります」
「ふむ、ありがとう」
初めて見せた魔王の笑顔にランゲは内心、胸を撫で下ろしていた。
「射撃終了しました」
迫撃砲小隊の隊長の報告を聞いた現場指揮官は蟹眼鏡を覗き、催涙ガス弾を撃ち込んだ方位を見た。
正直な所、ここまでやる必要が有ったのか?
指揮官は自分が出した決断に悩んでいた。
元々は正体不明の飛行船が着陸したと思われる地域の偵察中に、現地の人狼に発見されただけだと思い楽観視していた。
しかし、結果は猟兵が4人。全裸にされ木に逆さ釣りにされた上に、木が襲ってきたとの報告を受け、大事を取って装甲人形まで送り出した。
「装甲人形を出してよろしかったのですか?」
副官の一言も尤もだった。
“神殿が人狼の魔王に襲撃され、装甲人形を出動させたが。途中で自身に課された命令を書き換え、戦闘を放棄した”
詳細は伝えられてないが、“戦闘を放棄”するなど、論外だった。
装甲人形としての存在理由を投げ出したのだ。
信用なんか出来ない。
しかし、歩兵だけを正体不明の敵が居る場所に送るわけにはいかない。せめてもの保険として、パンツァーファウストを歩兵全員に持たせ、“装甲人形が暴走を起こしたら破壊しろ”と命令を出した。
「致し方ない」
部下を守る最善の方法の筈だと、指揮官は自分に言い聞かせた。
ショーンがフランツ達の方を向き、手で合図を出す。
“オートマタ2。歩兵10以上。”
他にオートマタと随伴する歩兵を見付けたのだ。
木の下に居る兵士をやり過ごす為、フランツ達は伏せた状態で息を潜めていた。
「スーっ…ハァー…」
ガスマスクの音が五月蝿いが、下に居る兵士もガスマスクを着けている上、少し距離が有るので誤魔化せそうだった。
ニナが心配になり見てみると、尻尾を巻き震えた状態でトマシュに抱き付いていた。
(アガタ)
フランツはアガタに声を掛け、ニナを指差した。
ニナが震えている事に気付いたアガタは、音を立てないようにゆっくりと這って進み、アガタに近付いた。
(大丈夫。そのうち、どっか行くから)
(フランツ)
デイブが地図を見せた。
(ここまで来た獣道を戻らないで、西の大木を経由して南に退こう)
デイブは身を潜めながら地図で調べた、“地磁気異常”の場所を見せられ、フランツは悩んだ。
少し西へ行った所の崖を登り、大木まで進んでから一気に南下する。
途中で居場所を見失わないように、要所要所で方位磁石が指す方向も調べられており、安全そうには思えた。
(だが、下の奴はどうする?)
デイブが銃と手榴弾を引き寄せた。
(俺が南で騒ぎを起こす。その間に逃げてくれ)
(バカ言え、そんな事出来るわけねえだろ)
2人の会話を聞いたイシスが近付いて来た。
(大丈夫だ、相手の姿が見えない時が一番怖いんだ。アイツらに見られないように騒ぎだけ起こす)
(相手にはオートマタもいるんだ。無茶をすんじゃねえ)
(私も行きます)
イシスも行くと言い出し、ガスマスクで顔は見えなくても雰囲気で判るほどにフランツは不機嫌になった。
(自分の立場を判ってるんか?)
フランツが説教を始めた時。木が揺れ、メキメキと倒れる音が聞こえた。
オートマタが木を押し倒し始めたのだ。
(時間がねえ。フランツ行かせてくれ)
このままでは見つかるのは時間の問題だった。
しかし、他にもオートマタと兵士が彷徨いている可能性がある。
デイブ達が命を張っても、逃げた先に他の兵士が居るとも限らない。
「Deckung. Wyvern.」
オートマタと兵士達が身を隠した。
急にどうしたのか?
フランツは“ワイバーン”と聞き取れたので空を見上げると、ズヴェルムが上空を旋回しながら降りてきた。
ランゲが派遣させた偵察の竜騎士が催涙ガスに気付き近付いて来たのだ。
(デイブ、発光信号。“我、ナチと交戦中。フランツ・バーグ”と打て)
ズヴェルムの背に、2人。手綱を操る騎士とその後ろに航法士兼偵察員が乗っていた。
………誰の案だか判るが。ズヴェルムの2人用の鞍の側面に赤と白のポーランドの国籍マークが描かれていた。
(チェスワフの爺かヤツェクの爺の差し金だろどうせ)
(ミハウ部族長も有るんじゃね?)
前世でポーランド亡命軍として戦闘機に乗っていた3人の名前を上げ、呆れつつも窮状を連絡できることに感謝していた。
「発光信号だ」
騎士が後ろに座る偵察員に叫ぶと、偵察員は内容をメモに取った。
「よし、大丈夫だ。大急ぎで引き揚げてくれ」
「了解」
この時、初めて偵察任務に出た騎士は致命的なミスをした。
発光信号を受け取ったことをフランツ達に知らせようと、ズヴェルムを*バンクさせたのだ。
*バンク:飛行機等で合図として羽を左右に振ること。
「Feuer frei!」
ズヴェルムのバンクに気付いた武装SSが一斉に発砲し、オートマタが撃った15ミリ機関銃の曳光弾が空に撃ち上がった。
「何を撃っているんだ!?」
後方の指揮官は状況が呑み込めなかった。
「掴まれ!」
驚いたズヴェルムが身体を捩り、射線から逃れようとし、騎乗していた2人は必死に鞍にしがみついた。
鞍と腰を結ぶベルトは有るには有るが、巨体に似合わず動き回るズヴェルムの動きは激しく、慣性で頭が振られ、少しでも気を失わないようにしたいのだ。
「キャッ!」
(母さん、落ち着いて)
直ぐ傍を銃弾が通り過ぎ、葉や木の破片が巻き上げられた。
「Feuer einstellen!」
オートマタの機関銃が弾切れをおこし、ズヴェルムも遠くに行ったので、射撃が終わった。
「え!?」
ニナ達が居る辺りが急に沈み込んだ。
「キャアアァァ!!」
(マズイ!)
射撃で蔦がボロボロになり、3人が居る辺りの底が抜けた。
「Halt! Hände hoch!」
地面に落ちてきたトマシュ達は銃を突き付けられた。