酔っ払い三人集
「では、魔王降臨を祝して乾杯ー!」
「乾杯ー!」
ミハウ部族長の合図で宴会が始まった。
目の前には、大広間の中央で回る豚の丸焼きに近くのテーブルの上には七面鳥の香草焼き、蕎麦の実のお粥、麦のお粥、等々。
立食形式なので好きなものを食べることが出来るが魔王は少し困っていた。
ローマ生活が長かったせいで、肉よりも魚派なのだが、魚料理が見つからない。
「エミリア、魚は無いの?」
「向こうのテーブルに在りますよ」
「どこ?」
魔王はそのテーブルを探したが背が低いせいで見えなかった。
「ミハウ部族長の近くの」
ようやく見通すことができ、ミハウ部族長が立っている近くのテーブルに魚の尾びれっぽいものが確かに見えた。
「よし、行く「魔王様、鍛治ギルド代表のラツゥネク・ビスカです。以後、お見知り置きを」
「石工ギルド代表の(ry」
「製材ギルド(ry」
「鉱山(ry」
「(ry」
乾杯の合図が終わると否や、商魂逞しい各商業ギルドの代表者の怒涛の挨拶ラッシュに巻き込まれてしまった。
魔王としては商業ギルドを無下にすることは出来ず、挨拶と今後の方針に関する質問に答えることとなった。
「新しく兵士を集めるとの事ですが、彼等の装備はどうするおつもりで?」
「明日にでも鍛冶屋を見て回り何を支給するか決めるつもりですが、武器は投げ槍、長弓、剣そして防具は革製の鎧か鎖帷子の鎧、盾辺りを考えています」
「兵士の規模はどれ程で?」
「各部族からの報告次第で決めるつもりです」
「新しい砦等の建設の際は是非」
「薬でお困りになりましたら(ry」
魔王とエミリアを囲む形で商業ギルド代表が質問攻めにし、その外側で各部族の関係者が(本当の意味で)聞き耳を立てて聴く状況を遠巻きに見ていたマリウシュ部族長にミハウ部族長が近付いて来た。
「やれやれ、魔王様を取り囲む真似をするなとアレほど釘を刺したのにギルド共は」
「でも叔父さん、魔王様はなんか慣れてるらしいし大丈夫だと思うよ」
「慣れてるだって?」
酔わないようにと、ワインの代わりに葡萄ジュースをチビチビ飲みながらマリウシュ部族長は説明した。
「エミリアの話だと色々質問されても良いように、質問と解答を紙に箇条書きして覚えて来たとか」
「なるほどな、ヤツェクは大当りを引いたな」
「まあ、ヤツェクだからなあ、運だけは昔から良いし 」
ヴィルノ族のチェスワフ部族長がやって来た。
「ところで二人共、魔王様に供出する物は粗方決まったか?」
「クヴィルで出せるのは食糧とギルドから武器類の提供、そして冒険者から兵士に鞍替えする者が約1800人ってところだな」
魔王が発表してから、ほんの数時間しかたっていないのに、ミハウ部族長が具体的な数字を出したのでチェスワフ部族長は目を丸くした。
「何だ、やけに具体的だなあ」
「ヤツェクが魔王様を喚び出すと言い出してから調べたのでな」
「ポーレからは金銀と兵士2万人を出すつもりです」
マリウシュが“2万人”といったので、2人は飲み物を吹き出しかけた。
「2万も出すのか?」
「大丈夫なのか?」
部族長二人の疑問は尤もだった。ポーレ族の男性のうち魔王から条件として出された16歳から30歳の者を残らず魔王軍に編入するつもりでマリウシュは報告する気でいたが、下手に全滅したらポーレ族は2度と立ち直れなくなるかもしれなかった。
とは言う物の、当の魔王が兵士の待遇は入隊後20年で任期満了、退職金と年金支給を考えているのでポーレ族から2万人規模の志願兵を受け入れると財政に火が付くので、兵士にする気は全く無いのだ。
戦時ならいざ知らず、平時に働き盛りの男性の殆どを兵士にして生産性を落とす真似など考えていなかった。
金銀に関しては、元々商業で栄えていたこともあり、貯えが無いわけでは無いので供出するつもりだった。
「で、チェスワフは何を供出するんだ?」
「兵士5千に鉄を出すつもりだ」
「鉄を………ですか?」
「うむ、鉄鉱山が見つかってな。魔王様に鉱山ごと直接献上するつもりだ」
「ずりぃー」
チェスワフの破格の献上品にミハウが堪らず軽口を叩いた。
「知らねーよ、ダハハ」
マリウシュは酒が入った2人の掛け合いは何度か見ているが、酔っ払うと若者言葉になると面倒くさいのであまり関わりたくないのが本音だった。
商業ギルドの質問ラッシュを捌ききった魔王は冒険者ギルドの代表、ゲルダ・エーベル女史を捕まえて逆に質問攻めにしていた。
「魔法を教える事の出来る冒険者ですか?」
「うむ、余り魔法を使える者が少ないようでなあ。せっかくなので、学校を作ろうと思ってな」
魔王は生前住んでいた世界で奴隷ですら当たり前の様に使われていた魔法が珍しいうちは、経済的に出遅れるのではと危惧していた。
自分が仕えている神様と同僚はどうでも良いとして、他の神様のロキはヤバイ。魔法オタクで今回ドワーフ?だかロワール?の魔王で参加しているが、絶対ヤバイ。今のうちに経済的にも軍事的にもリードせねば優勝出来ないのは明白だった。
「水を野営地で創れれば行軍時に携行する荷物が減るし、身体強化や治癒が使えればソレだけ人的資源の浪費が抑えられるのでな」
当の魔王本人………、と言うよりも。現在の魔王の人格を形成している三兄妹は故国の図書館に併設されていた研究機関と亡命先で英才教育を受けてたわけだが。
「なるほど。実践的な魔法に詳しい冒険者…となると………ポーレのヤツェク長老、クヴィルのミハウ部族長、ヴィルノ族のチェスワフ部族長、騎士のフィリプの4人ですね」
「あの4人が?」
何かと目立つメンバーが意外なことに魔法が得意だった。
「あの4方は、若い頃一緒のパーティを組んで世界中を旅してたそうです。ミハウ部族長が部族長になられたのを期に皆様引退したそうですが」
年少者のマリウシュがチェスワフとミハウに絡まれてるのを魔王とエーベル女史は横目で見た。
「しかし、部族長クラスとなると平時の職務で忙しいだろうなあ。余り忙しく無い者で替わりはいないかな?」
本音は“酔っ払い”だけだと不安なだけだった。
「でしたら、ミハウ部族長の御孫さんのエルノさんなら適任かと。妖精学の専門家で、良く周辺の妖精を調査しているかたです。実践経験は恐らくは豊富です」
「恐らく?」
「他の冒険者と違って戦闘で手柄を立てた事がないかたなので、正直な所、未知数です」
「しかし、部族長の孫か、跡取り候補かな?」
エーベル女史の目が少し泳ぎ言葉に詰まってしまった。
「いえ、大丈夫です。彼が部族長を継ぐことはありません」
エミリアが変わりに答えた。
「あの人はいずれ神官にならなければならない身ですので」
「そうか。彼と少し話がしたいのだが、いつ頃会えそうかな?」
エーベル女史が秘書と短く言葉を交わした後答えた。
「明日の朝一で遣いを出して、明日の夕方以降には街に戻れます」
エルノは先週から北の山脈にある水源地に棲む妖精の調査に向かっていたのだが、幸いなことに街道に近い場所の為、連絡が取りやすかった。
「では、明日の夕刻に………、彼の家で待つと知らせてくれ」
会う約束をする相手の家に既に間借りしているので、本来の住人を呼びつける形になってしまった。
「エミリア、南の妖精の森と北の山脈の水源地の妖精についての資料も集めといて」
「はい!」
エミリアがメモ書きに使っている石板(表面に蜜蝋が塗ってあり、ソレを細い木の棒で削り文字を書く)が6枚目を越えたので7枚目の石板を渡しつつ指示を出した。
この宴会だけでかなりの量の資料になるが、冒険者ギルドと各部族長から借りることになった。
主だった物だけで
・クヴィル族の各街の物価の推移
・人間の軍と部隊編成、装備
・妖精について
・周辺の亜人部族、魔物の分布
・水源地の場所
・石材の産地と供給量
・火山の分布
・周辺の地質
等々。
「フィリプさん、ちょっと宜しいですかな?」
「これは魔王様、わざわざお声を掛けて頂けるとは」
魔王はフィリプに魔法学校と軍の編制について質問する為に声を掛けた。と、言うよりも。先に名前が挙がった4人中3人がマリウシュ相手に猥談を始めて、とても声を掛けれる状況では無いので、飲んでいないフィリプに声を掛けただけだった。
「ちょっと聞きたいことが有りまして。と言っても、他愛の無い内容ですよ。我々の騎士で魔法を使える者はどの程度いますかな?」
「騎士でですか。生憎、騎士は魔法よりも剣技、馬術を尊ぶので、戦場では使うことは無いですな」
「そうなのか」
魔王からすれば意外だった。生前住んでいた世界では、騎士階級は剣技、馬術はもとより、魔法を学問に昇華した魔術を積極的に学び戦場で使うのが当たり前だった。
「尤も私はミハウ達と冒険者をしていたので、魔法は一通り使えますが、やはり戦場で使うのは良い顔をされませんね。卑怯だと思われます」
「歩兵はどうかな?騎士階級で無いなら、そこまで問題にされないのでは?」
「まあ、彼等は何をしても文句は言われませんが、そもそも魔法を使えるので有れば雇われ兵士ではなく実入りの良い冒険者をやる者が多いですな」
フィリプが周囲の様子を伺って、誰も聞き耳を立てていないのを確認してから魔王に耳打ちした。
「正直な所、騎士階級でも魔法を使いたいものが多いのですが、学ぶ機会がないのが本当のところです」
「なんとまあ。そうであったか。では、なおのこと魔法学校を始めるべきだな」
「マジじゃ、着痩せするタイプじゃが、見掛けによらずそれなりのものじゃぞ!!」
「ん?」
チェスワフ長老の大声が聞こえたので魔王が振り向くと、マリウシュを囲む形でチェスワフ、ミハウ、ヤツェクの3人が何かについて熱心に議論していた。
「やれやれ、またか」
フィリプは酔いが回って三馬鹿になったヤツェク長老と部族長の2人が魔王がらみの猥談をしていることに気付いて頭を抱えた。
「しかし、魔王様が女だった訳だが夜の相手は誰がするよ」
「俺いくー!」
すっかり出来上がったミハウが手を挙げたので、マリウシュが慌てて手を下ろさせた。
「ちょっと、飲み過ぎですよ」
酔っ払ってセクハラ親父の集団になった部族長連中は、マリウシュの注意を聞く気がなかった。
「こら、マリウシュ!お前も部族代表で立候補しろい!」
素面の時の威厳に溢れたヤツェク長老は何処へ行ったのやら、今のヤツェク長老は完全に出来上がったスケベ爺になっていた。
「遠慮します。私には許嫁が居ますし。て言うか、魔王様も既婚者ですよ!」
何だあの会話は、と魔王が思っていたら、エミリアがズカズカと部族長達の方へ歩いて行った。
「だったら余計にだろ!既婚者に優しく手解きを受けてだな、あ?何だ、エミリア?」
直後、エミリアがチェスワフの顔面に強烈な右フックを浴びせた。
「むふっ………」
「チェ、チェスワフー!」
ミハウが倒れかかったチェスワフを抱きかかえ、意識が有るのか確認している。
「おのれ、エミリヤめ、ちぃまよ★※#%」
一方のヤツェクは既に呂律が回ら無い状態なのに、エミリアに掴み掛かろうとしていたが。
「ふんっ!」
エミリアに簡単に投げ飛ばされてしまった。
「ふにゅん」
ヤツェク長老が変な声を上げて気絶したのを確認してから、エミリアはチェスワフを抱えたミハウに歩み寄った。
「え!?エミリア、話せばわか…」
エミリアは全く手加減せずにミハウの顔面に蹴りをいれた。
「うわら………ヴァ」
「あ…!」
余りの出来事に呆気にとられていたマリウシュが今更ながら、エミリアを止めにはいった。
「ちょっと、エミリア。やり過ぎだって!」
「五月蝿い!色ボケ!」
「~~~~~!?!!」
止めにはいったマリウシュが全くの八つ当たりで股間を蹴り上げられ、その場にうずくまってしまった。
「おう………」
三兄妹の内一人の記憶がフィードバックし、魔王は恐怖した。
「無い………」
「はい………」
宴会も終わり、ようやく食事が取れると思ったが既に料理が無くなっていた。
「お腹が空きました」
「我慢なさい」
エミリアはよっぽど残念だったのか尻尾だけでなく、耳も垂れてしまった。
「お肉………」
『泣きたいのはこっちじゃ~!』
今まで割と静かだった、魔王の妹達も腹が減ったので叫びだした。
「魔王様」
目があった妖精のメイドさんに話し掛けられた。
「お部屋の方に食事を運ぶようにと、ヤツェク長老の指示で運んであります。エミリアさんの分もあります」
酔っぱらう前にヤツェク長老が、食事を取れないほどの人だかりが出来たら、部屋に運ぶようにと指示を出していたのだ。
「本当ですか!」
エミリアの耳が復活し尻尾が大きく振られ、魔王の尻尾を叩いた。




