ロキ「魔王始めますよ!」
雪が降る雪原のど真ん中にポツンと屋敷が一軒建っていた。
「えーと、後は………ロキ様とユリア様と」
“魔王ごっこ”の準備が整い、後は参加者が集まれば開始できる状態になり、準備役の天使2人は時計を確認した。
「遅くない?」
「遅いな」
天使の2人には犬の耳と尻尾が有り、それが不安そうにゆっくりと左右に動いていた。
“先に来る”と言っていた、2人が仕えている神様のロキが姿を見せないので、心配になってきたのだ。
…カチャッ
玄関の方から音がし2人は耳を立てた。
「「来た!」」
尻尾をはち切れんばかりに振り、2人が玄関に走ると呼び鈴が鳴った。
「ロキ、居るのー?」
女性の声がし、2人は立ち止まった。
「まずい、ユリア様の方だ」
「うわ…どうしよう?」
ロキの神様仲間のユリアが訪ねて来たのだが、2人は狼狽した。
「居留守する?」
ユリア本人は問題ないが、彼女の天使、ズメヤが兎に角苦手だった。
異世界で暴竜として君臨し、暴虐の限りを尽くして居たところを、見かねたユリアが取っ捕まえ、罪滅ぼしの為に天使にしたのだが、雰囲気が怖いのだ。
「ユリア様、中に誰か居ます」
始めて聞く声が、中に2人が居ることを告げたのを聞き、2人は諦めた。
「誰だろ?」
「さあ…」
息を呑み、ゆっくりと玄関を開けるとロシア帽を被り、コートを着込んだユリアが笑顔で立っていた。
「お久しぶり」
「「お、お久しぶりです」」
彼女の左側に立つズメヤが浴びせる冷たい視線を感じつつ、玄関を開け放つと、見慣れない3人組が居た。
(3つ子?)
顔は同じだが、そのうちの1人は人猫で残りの2人は人狼だった。
(あれ?2人多い)
聞いていた話だと、ユリア、ズメヤ、そしてもう1人参加する筈だった。
「ああ、貴方達は始めてだったはね。紹介するは、カエサリオンとその姉妹。丁度、同じ“テーマ”の世界出身よ」
「グナエウス・ユリウス・カエサル・プトレマイオスです」
真ん中に立つ人狼の少年がお辞儀をし、人狼の少女、人猫の少女と続いた。
「ニュクスです」
「イシスです」
“まさか”と2人が顔を見合わせたが、ユリアの一言で頭を抱える事になった。
「3人とも参加するから」
“まずい事になった”と2人が尻尾を立たせたので、3つ子は問題が起きたことに気付いた。
「その…参加はユリア様とズメヤさん、それとカエサリオンさんだけだと伺っていたのですが…」
「向こうで何か有った時用に色々詰めたから使ってね」
「判りました」
3つ子達が恭しくお辞儀をした。
「それと、困ったらヨルムンガンドを頼ればいいから」
「大丈夫です。任せてください」
3つ子達は笑みを浮かべながら、屋敷のサロンに描かれた魔方陣の中に立ち異世界に転移した。
「本当に宜しいので?」
結局、魔王として降臨するのに使う依り代が1人分しかないが、“そのままで良い”と3つ子が主張すると、ユリアも何事も無かったかの様に3つ子を送り出したので、天使の1人が聞いた。
「本人が大丈夫だって言ってるから大丈夫でしょ」
質問に答えたユリアの前で、頭にたん瘤を作ったズメヤが転移されて行った。
「ロキ、遅いはね」
流石にユリアは心配になり、上着からスマホを取り出しすと電話を掛けた。
『…はぁい?』
電話口から寝惚けた声が聴こえてきた。
「ロキ?今何処?」
『…あれ?ユーラ?…はぁあ!?』
向こうから『寝坊した!』と叫ぶ声と物音がし、電話が切れた。
「わっちゃちゃちゃちゃちゃ!!」
「!?」
後ろか叫び声が聞こえたので、全員が振り向くと、火の着いた暖炉の中からロキが飛び出てきた。
「ご主人様!」
「何やってるんですか!?」
慌てて天使の2人が炭酸ガス消火器を持ち出し、ロキに向け噴射した。
「冷た!熱い!冷たい!やっぱ熱い!うなぁあ!?」
火が消え、ロキは身体に付いた霜を必死に払っていた。
「ああ、ありがとう。ナリとナルヴィ」
ロキに頭を撫でられ2人は嬉しそうに尻尾を振った。
「何やってんの?」
ユリアの冷めた視線に気づき、ロキはばつが悪そうにした。
「イヤ、暖炉から出てきたらカッコイイなあ!と思ってね。…火が着いてるとは思わなかった。所で他のみんなは?」
「もう向こうよ」
「おお、そうか。今頃、ウェルカム・アイスクリームでも食べている頃か」
ロキが言っている“ ウェルカム・アイスクリーム ”は、サルサパリラが入ったルートビア風味のアイスクリームの事だった。
「ねえ、始めるのは良いけど。コレは何?」
そう言うとユリアは巷に良く有るタブレットの画面をロキに見せた。
「コレは鳥瞰図か…ん!?」
ユリアが見せてきたのは、今回“魔王ごっこ”をするにあたり、渡しておいた画像で。これまたタブレットのアプリで自由に衛星写真風の画像を観られるようになっていた。
「何これ?」
「…こっちが聞いてるんだけど?」
ユリアが見せた地域の画像に本来ならこの世界に無いものが映し出されていた。
「いやしかし…うーん………」
ロキが人差し指と親指で拡大して、画像をスライドさせるが、どうも間違いなさそうだ。
「何で飛行場と飛行機が?」
画像の横に置かれた縮尺から、長さ3000メートル級の滑走路2本と格納庫が2箇所確認でき、画面下側の格納庫前にはエイのような形をした飛行機と思われる物体が4機並んでいた。
「滑走路の汚れ具合から、何度か離発着しているみたい。それに、此方にはトラック数台。車種は東側の物ね。後、列車は確認できなかったけど線路っぽい物があった。念のため近くの街を観たけど、そっちは相変わらず茅葺き屋根と馬車が行き交ってるし、何か文明の進み具合がチグハグだけど。……何かした?」
ロキが顎を触り、何度か瞬きをした。
「転生者を多く設定したけどね。それにしては……」
前回の“魔王ごっこ”が終わった60年前に転生者の発生率を上げたが、知識だけでいきなり20世紀のレベルにまで押し上がるのは不可能だと思った。
「それと、人狼の首都周辺に変な建物が幾つか立ってるんだけど?」
3つ子が担当する人狼の支配地域に、これまた塀に囲まれた妙な建物が建っていた。
「あー、それは人間の収容所らしいよ。現地に居るヨルムンガンドの情報だと、人狼の捕虜とか反体制派の政治犯を収容しているとか」
「……え?」
ユリアはタブレットをロキから奪うと画面を操作した。
「人狼の首都周辺にも在るけど?」
「3年前に戦争が起きて人間の手に落ちてるとさ」
ロキの言い放った一言にユリアは目眩を覚えた。
「……ねえ、始まる前から首都が落ちてるのにあの子達を人狼の魔王に仕立てたわけ?」
「そうだよ?ほら、ヨルムンガンドにサポートさせるって言ってたろ?」
てっきり、初心者の補助として、ロキの部下が3つ子のサポートをするのかと思いきや。実際は、首都が落ちて負けそうな人狼種族の難易度が高いための救済措置と知り、ユリアは真顔でロキの耳を掴んだ。
「何でいつも大事なことを言わないのよ!あんたって人は!!!!」
思いっきり左右に引っ張られ、ロキは痛みで悶絶した。