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第二話 諦めの行方

「ある日、絵を描いた。

ただインターネット上でイラストレーターの絵を見てほかの人ができるならと。

絵を描くことができた。つまり模写だ。

またある日、味をしめて描こうとした。純粋にただ自分の才能を信じて。

描くためのお手本を探しているとある一枚の絵を見つけた。

そこで私はこう思う。この絵が果たして私に、私が一生練習し仮にこの絵のためだけに

全力を尽くしてそれで描けるのだろうか?と。答えは数秒もしないうちに脳内に再生される。

認めたくはない。才能を否定されることを好む人類などそういないだろう。

私も例外ではなかった。でもこの絵のこの絵を描いた人間の才能は本物だと

直観が告げている。私には無理だとハッキリ告げている。

認めたくはないけれどそんな感情も吹き飛ばすほどのこの1枚に私は・・・。

そして悟った。私は所詮その他大勢なのだと。中心の1人にはなれないのだと。

気づけばもう絵のことなど考えなくなっていた。

そして考える。才能のない私に果たして生きる意味はあるのだろうか?

答えのない疑問だ。コンピュータの世界のZero divideによく似ている。

考えたら終わることがないから自身が終わる疑問。

人生あきらめというものは一定数必要だ。これが高校生にもなってくると

嫌でも体感させられる。子供のころは夢をみる、けれども大人は現実を見せられるのだ。

私の才能はどこにあるのか、やってみないとわからない。やってみてもダメな時が大半。

そもそも才能を見つける必要性すらない。

この世界に生きる価値はあれど意味はないのだ。けれど自殺という選択をわざわざする必要もないだろう。

ただ人間らしく泥臭く考えがむしゃらに努力し老いて死んでいけばいい。

ただ子孫を残して種を残すためだけに。

生物とはもともとそういうものなのだという事を理解すべきだ。

子孫を残すことに意味はあるのか?何てことを疑問に思う人もいるかもしれない。

それは人間がしゃしゃり出ていい世界ではないのだ。直観的にバベルの塔の神話を思い出してしまった。

話がそれたが意味を考えるのは人間の専売特許だと思って調子に乗っているから単純なことに気づけない。

果たしてあなたはいつ気づくのか、この人生に意味のないということに。

break;を打てるのはあなただけなのだということに。」


そして今日も小野寺さんは考える。死ぬまでずっと意味のない思考を

今回はなんだか話がまとまりませんでしたね。

材料は投げたので理解してくださいって感じな小説書いてる側としては失格なのかもしれないですね(笑)

まあ、でもあらすじにも書いてる通り小野寺さんの思考なので人間らしくまとまらない時もありますよ!!

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