第4話:血反吐
「な、な、なにを……」
「いやてっきり素に戻ったまま話を続けるのかと」
キョトンとした顔で畳み掛ける。
「いや、俺も何か力になれるならある程度力になるけど……代わりにレナは解放してもらいますよ」
「ぐっ……」
「で? 俺は何をやれば良いんですか?」
「こ、ここからは俺が説明するッス」
割り込むように仮面の男が入ってくる。
仮面で分からないが恐らく赤面&涙目の上司を気遣っての行動か、それとも一転攻勢を受けた上司の反応に満足したのかは分からなが、俺に説明し始める。
「実は俺達は亡者になってからずっと放浪して来たんス……どうにか自分の身体を手に入れられないかって。でもダメだったんス……長年の放浪のせいで急ごしらえの身体のあちこちにガタが来始めて……」
男は淡々と説明して行くが、その大部分は理解不能だった。
「ちょっ! ちょっと待ってくれ! 亡者だとか身体だとか……一体何の話をしてるんだ!?」
辺りが静まる。
「え……? ネクロマンサーなのにそんな事も知らないのか?」
いつの間にか元の調子に戻っていた女首領が驚きの声を上げる。
「ネクロ……マンサー?」
「お頭……もしかしてコイツ何も知らないんじゃ……」
話を聞いていたもう1人の手下が不安気に言う。
「何も知らない!? そんなバカな!だってこんなに完璧な受肉をしておいてネクロマンサーのネの字も知らないって言うのかい!?」
(受肉? ネクロマンサー? 亡者? 訳が分からない……)
「でっ、でもチャンスはありますぜ! 受肉の完成度が高いなら適性が有るのかもしれやせん! 試してみる価値はあると思いやす!」
「それもそうか……おいお前!」
「は、はい……」
「今からアタシの指示通りに動いてもらう! それでアタシの満足した結果が出たら連れの女は解放してやる。いいな!」
「分かりました。それで何をすれば?」
そう言うと女首領は懐から紙とペンを取り出し、サラサラと何かを書き、それを手に持ったままこちらに差し出した。
「これにアンタの血を垂らすんだ。その時に片方の手はアタシの頭を持って、それに血を流し込むように集中しろ。分かったか?」
「お、お頭! でもそれじゃもし失敗したら大変な事になるッスよ! しかも成功しても……」
「黙ってな! もし失敗したら一団はお前に任せる…………さあ始めろ」
促されるままに右手の傷口から流れている血を紙に垂らす。
(訳も分からんまま流されてるけど……一体どういう事なんだ? この人達は宗教家かなんかか? それとも黒魔術同好会とか……? どちらにせよコイツらにはレナが見えてる上に捕まってるんだ。従わないと不味い)
空いている左手を女首領の頭の上に置く。
右手から流れる血が紙に染み、女首領の手に落ち、腕を登り、首筋まで達し、頭に注がれるのをイメージする。
女首領がぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始める。
『赤く、黒く落ちる血潮よ』
薄暗かった洞窟に赤い光が満ちる。
『我が依り代となりて変遷せよ』
足元に円形の文字や記号の様なものが現れ、それがゆっくりと回転する。
『ここに――我が魂を捧げ、我が肉を顕現せん!』
そこまで言い終わると、赤い光は消え、足元のものも消えていた。
(今のは……? どういう仕組みで? もしかして魔法だったりするのか?)
「終わりましたか? さっきのは一体……!?」
言い終わらないうちに女首領がこちらに体重を預けてきた。
自然とそれを支える形になったが、身体に当たる女性的な膨らみに意識が行ってしまう。
「ど、どうかしました――」
――ビチャ
気がつくと、身体全体にべっとりと血が付いていた。
その血の出どころは疑いようも無く、目の前の女性の口から吐き出された物だった。
「あ……え? 血?」
ガクリと力が抜け、頭が真っ白になる。
「ヒッ! な、何が!」
「ははっ……」
酷く混乱しているのと対照的に血反吐を吐いた張本人は笑った。
「ははは! 見ろよ! 血だよ! 血だよホラ! ははははは……ぐっ……げほっ」
笑い過ぎたのだろうか、女首領は咳き込み、また顔に笑みを浮かべる。
「ははは! 聞いてたか!? 咳だ、息をしてるぞ!」
「う……うおおおおおおおおお!!」
今の今まで呆気に取られていた手下達が咆哮する。
中には号泣する者もおり、思い思いの方法で内からくる感情を吐き出していた。