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32話

 デレアスモスの心臓を持ちながら、チェサの左胸を触れて何かを確認している。あいにく、何をチェックしているのかはスピリトにしかわからない。

 調整をしているのだろう。デレアスモスの心臓がチェサにぴったりとはまるように、馴染むようにしようとしているのだと推測する。


「よし、心臓を転移させて、魔力が体に流れるのを助けてあげれば、新たなチェサくんの出来上がりだ!」


 興奮している様子のスピリト。今度はチェサで何をするつもりなのだろうか。考えるのも億劫なので、俺はこいつのいる部屋を退出する。

 後程、体の大きくなったチェサを見て驚いたことは、記憶に新しい。



 セツナがいる部屋に入ると、彼女がベッドの上で横になっていた。彼女の髪を梳きながら、俺はある出来事を回想する。



 あの日、俺たちの住む屋敷に帰ってきた時に、崩れ落ちて泣き喚いた彼女。いろいろと限界だったのだろう。俺がそんな状態の彼女を見ながら思ったことは、実に可笑しなことである。


 『血を浴びていながらもその姿は美しい』


 行動を起こさない俺の背中を押して、スピリトは俺たちの前から立ち去った。ユアを眺めていた俺は、そのことでやっと動き始める。彼女を抱き抱え、寝室に連れていった。そして、ベッドに腰を掛けさせる。

 手っ取り早く、服などについた血は浄化魔法を使用して綺麗にした。俺の服の一部を掴み、うるうるした瞳で見上げてくるユアにたまらずキスをする。

 優しくも噛みつくようなキスをした。



「セツのことが好き。出会いはいいものではなかったと思う。でも、セツが好きなの! 愛しているの!!」


「そうか」


 唇が離れるとユアは俺を見据えて言った。俺は一言返答するので精一杯だった。


「セツは私のことをどう思っているの?」


 俺は人間の時に会った少女に恩がある。それが今目の前にいる子なのだけれど……。彼女を守ろうと思った。大切にしたいと思ったのはその時から。それが、このような感情に発展するとは思わなかった。


 指から血を流す俺に向かって少女は怖がりもせずに大丈夫なのかと声をかけてきた。慣れていないであろう治療を少女は俺のために一生懸命にやっていた。

 指の傷がとうに塞がっていたことに気づかずに、持っていた白い布を困惑しながらも俺の指に巻いていった。


「できたよ! おにいちゃん。きずはほうっておいたら、かのう? していたくなるっておかあさまがいってたの!」


 本当は貴重な血を持つ人間を見にきただけだった。

 他の悪魔に狙われる存在。守ってやろうとも思わなかった。興味があっただけだ。だから、狙われている少女が傷つく様を遠くから傍観して楽しもうとさえ思っていた。だが、その気持ちがこんな小さな出来事で変わった。

 つまらない日常がこの純粋な気持ちを持つ少女といれば、楽しくなるかもしれないと思い始めた。


 それからの行動は簡単だった。俺は愛姫の母親と契約した。彼女は魔女であった。彼女が守っていた愛姫。いつしか守らなくなることを知っていたから、俺に託した。母親に守護されていたことを愛姫は知らないだろう。実際、彼女の本名は愛姫という名前ではない。母親が本名を隠していたのだ。


 私の愛する姫で愛姫。安直なものではあるが、本名を隠した魔女は賢い人だと思った。そして、俺だけに本名を教える。残念なことに、愛姫の父親は教えてもらえなかったらしい。


 俺は少女と出会って、つまらなかった人生が一変した。少女といることで心に暖かい何かが宿った。その気持ちがなんなのかその時はよくわからなかったし、知らなくてもいいと思っていた。ただ少女といれば、自分に足りない何かを埋めてくれる気がした。それは、正解だったみたいだ。


「セツナ」


 彼女のもう一つの名前を呼んだ。

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