表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

五話「星空の祝福」

ついに最終回!

疲れたぁ……

 すっかり日が暮れて、ぽつぽつと星空が瞬き始めた頃。

 周囲に人工物など皆無の墓地には、どっぷりと濃い夜闇が満ちる。夜風も冷たく、ざらりと細かな棘を肌に立てた。

 普段ならすでにベットに入っている時間ながら、今夜だけはみな夜空の下に集まる。星降祭というのは、一家全員で夜空を見て初めて終了らしい。


 墓守一家も例に漏れず、梯子も残った夕食もすべて片づけて敷き布の上に寝転がっている。ただすっかり夜も更けてきていたので、カレンだけはベットまで強制連行されていた。


「…………」「…………」


 よって、墓守とイリスは二人きりである。おしゃべりではない二人の間に会話はなく、冷たい夜風がヒュウと間を駆け抜けていく。なんとも気まずい空気の中、墓守が諦めたように会話を切り出した。


「――――ありがとうな、夕食。うまかった」

「い、いえ。当然、ことですから」


 落ち着きのないイリスに、墓守はそっと頬を緩める。何が面白いのか、墓守はくつくつとのどを鳴らして笑った。


「当然、か。嬉しいが、無理しないでくれ」


 いつも以上に穏やかな墓守の口調に、イリスの緊張がほぐれる。不思議そうな顔をするイリスに、墓守はぽつぽつと口を開き始めた。


「……俺の先代、お前みたいなやつだった。ぶっきらぼうだったが、優しさだけは人一倍あった。浮浪児だろうと誰だろうとすぐに拾ってきて、死ねば必ず涙を流してた。かわいそうにってな」

「は、墓守さんも?」


 懐かしむような墓守に、イリスはかろうじて言葉を絞り出す。墓守はすぐには答えず、夜空を走った流れ星にふと目を細めた。


「――――あぁ、もうずいぶん昔のことだがな。

ほかにも何人かいたが、みんな違う道を歩んで出て行った。もう生きているかさえ怪しい。

 ステラ姉さんは最後まで残ったが、結局出て行った。一人ぼっちになったのは四十年も前になる。俺も今年でもう五十をとうに超えたところだ……すっかり老いぼれたもんだな」


 自虐とも取れる墓守の言い草に、イリスは戸惑いを隠せない。その実墓守をことをあまり知らなかったイリスは混乱の中、かろうじて墓守の手を握った。

 ぎゅっと力を込めると、墓守も握って返す。少しだけ、墓守の吐息が穏やかになった。


「……四十五年くらい前。その時も似たようなことがあって、先代が短冊をつるしてくれたんだ」

「カレンもきっと、昔の墓守さんみたいに喜んでますよ」


「そうか」と墓守は微笑む。イリスはその笑みを見ると穏やかな気持ちになって、くすりと笑う。

 二人の間に、心地よい静寂のベールがふわりと降りてきた。


「――――やっぱり、よかったです」


 イリスは墓守の手をぎゅっと握りしめて、ふとつぶやいた。墓守が疑問の声を上げる前に、イリスが自分から墓守のすぐ脇へもぐり込んだ。


「私、神さま恨んでました」

「……そうか」


 同情するような墓守に、イリスはぐっと唇を結ぶ。ぎゅっと握りこぶしを作ると、意を決して墓守の体の上に乗っかった。


「右足のことはどうでもいいんです。ただ、墓守さんをここに縛り付ける神さまが許せないんです」


 墓守のマウントポジションを取ったイリスは、ぐっと墓守の顔を覗き込む。どこまでも黒く深い深淵のような瞳に、イリスの純粋な瞳が映り込んだ。


 墓守は「ありがとな」と優しく微笑む。イリスはなんだか恥ずかしくなって、墓守の胸元に顔をうずめた。


「ずるい、です……そんな、何もいえないじゃないですか」


 そのまま虚空に消えてしまいそうな囁きに、墓守は少し悲しそうな顔をする。墓守は少しためらったが、イリスの体に腕を回してそっと抱きしめた。

 目を見開いたイリスは驚きのあまり言葉が出ない。墓守は込み上がってくる衝動に任せて、浅く息をついた。


「ずっと愛してた女、お前にそっくりなんだよ……!」

「……墓守さん」


 今にも泣きだしそうなほど悲痛な声に、イリスの心が痛む。イリスはぐっと涙をこらえて、墓守の瞳を見つめた。


「大丈夫です。私は、すぐには死にませんから」


 イリスの気丈な笑顔に、墓守の顔から悲しみが抜ける。墓守は突然イリスの手を取ると、むくりと体を起こした。

 イリスもするりと腰から下ろされて、敷き布の上にへたり込む。墓守とイリスは顔が触れ合いそうなくらい近くから見つめ合う。墓守はイリスの小さな肩をそっと抱いて、ポケットから上質な小箱を取り出した。


「こんな形で悪いが、受け取ってくれるか?」


 ぱかりと口を開けた小箱の中にはきらりとプラチナの指輪が光る。少し照れくさそうにする墓守を見て、イリスはそれが現実であることに気付かされた。

 まるでおとぎ話のワンシーンでも見せつけられているようで、イリスの顔に血が上って暴れる心臓はどうしようもない。


 イリスは考える余裕すらなく、正直に「はい」と頷き返していた。


「墓守さんだけは、おいていきませんから」


 二人は熱い抱擁を交わす。冷たい夜風が入る隙間もないほどぴったりと寄り添いあった二人は熱っぽい視線を交わらせると、深い深いキスをした。

 星空の下で、一つの愛が完成する。夜空に流れ星がいく筋にも走って、二人を祝福した。





☆★☆★☆★


 カラリと良く晴れた翌朝。食器たちが奏でる牧歌的な雰囲気に、上機嫌な鼻歌が混じる。

 朝日が上がって間もない時間ながら、墓守一家は全員朝食の席に立っていた。


「墓守さん♪ これも食べて♪」

「あ、ああ」


 食卓を囲む墓守とイリスの雰囲気が明らかに違う。イリスはやけにニコニコ顔で墓守の脇を固めていて、墓守は戸惑いながらもそれに応じていた。

 囀る小鳥たちとカレンのジトっとした目が痛い。墓守はそれをわかっていながら、想いに盲目状態のイリスを受け止める。

 幸福感と嬉しさを適度に押さえつつ、墓守は「はい、あーん」と差し出された朝食を頬張った。


「……墓守、お姉ちゃんに何したの」

「将来の約束。あとベットを一緒にしたぐらいだな」


 悪びれることなく言ってのける墓守を、カレンは険しい目付きで睨み付ける。ドロリと粘っこい感情を感じ取った墓守は何も言わず、イリスへお返しの「あーん」をしてあげた。


 イリスは心から幸せそうな顔をしてミートボールの味を噛み締める。墓守がほっこりと笑ったとき、イリスが突然口元を押さえて立ち上がった。


「す、すみませんーー」


 トイレへ駆け込むイリスを、墓守も慌てて追いかける。カレンも墓守のそばについて、背中をさすられるイリスを心配そうに見つめた。


 しばらくして、ようやくイリスの顔色が良くなる。心配そうな顔をする墓守へ、イリスはモジモジと落ち着きがなかった。


「……平気か?」

「は、はい……で、でも、そのぉ……」


 あまりの落ち着きのなさに、カレンも「お姉ちゃん?」と声を掛ける。

 イリスはぎゅっと握りこぶしを作った。


「できちゃった、みたい…………は、墓守さんと」


 ピシッとその場の空気が音をたてて固まる。墓守も空気ごと固まっていたが、震える手でイリスの肩を抱いたときには、何とも言えない嬉しそうな顔をしていた。


「ほ、本当か……?」


 イリスはただ頬を赤く染めて小さく頷く。墓守はイリスを思いっきり抱き締めた。


「良かった……本当に良かったぁ…………」


 安心しきった墓守の表情に、イリスもツンと涙を誘われる。気づけばほろほろと嬉し涙が溢れて、それを隠そうと墓守の肩口に顔を押し当てた。

 そばで見ているだけだったカレンは完全な放心状態で、何か言おうとしてもぱくぱくと口を動かすだけに終わる。


 墓守とイリスの熱い抱擁は長く続いた。


「……今日、医者を呼ぼう」

「はい……」


 こうして、墓守一家に新しい家族が増える。

 もう墓守には、黄昏ている暇など無くなった。


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ