一話「いつもの朝」
どうも、墓守さんにかなりお世話になっている優ちゃんです。
七夕企画なのに遅くなってすいません。
更新も少し遅くなると思います。
墓守、このつまらない世界にはそんな特殊すぎる職業が存在する。
墓地にて死者を弔い永久の安らぎを保証するもの。
死にきれぬ者に、その手を下し無駄な生を立つ者。
夜、暗闇を司る、星聖教会が掲げている二大主神の内の一柱、魔神シャーマンの加護と番人としての力を授かった者。
死と生の境界線上に立ち、おおよそ人間と呼べなくなった者。
そんな男が、二人の家族と一緒にとある街の郊外で暮らしていた。
☆★☆★☆★
ある街の郊外に佇む墓地。自生する草木はしっかりと手入れがなされ、先立った者たちが暖かな日差しによって優しく見守られている。
小高い墓地の最奥には、二つの墓石に寄り添うように黄昏る青年がいた。
後ろで束ねられた長い黒髪に白い肌。
長袖の白いワイシャツにループタイ、黒革のズボンにハーフブーツ。
黒髪に目を瞑ればいたって普通の青年だが、肩に立てかけた身の丈以上の大鎌が彼こそ墓守であると主張している。
大あくびをする墓守に、パタパタと明るい足音が近づいてきた。
「墓守ー! 何やってるのー!」
ぱあっと明るい笑顔を咲かせたワンピース姿の金髪幼女が、敷かれたばかりの石畳の上を軽やかに走ってくる。それに気付いた墓守は立ち上がって、飛び込んできた金髪幼女を受け止めた。
墓守はくるりとターンして、金髪幼女を石畳の上に優しく降ろす。ふわりと広がったワンピースの裾が落ち着いたところで、「えへへー」と笑う金髪幼女の頭をそっと撫でた。
「これから掃除。カレンは教会?」
「うん! みんなでお菓子作ってくる!」
明るく楽しそうなカレンに、墓守の口元は緩む。くすぐったそうに笑うカレンは墓守にむぎゅっと抱きついた。表情から見る限り、墓守もまんざらではない。
二人の間を、初夏の風がさわさわと名残惜しそうに流れる。墓守はぎこちなくニコリと笑って、カレンの肩をそっと離した。
「そろそろ行け、遅れる」
カレンはむぅ~とむくれるが、墓守がよしよしとほっぺたを撫でるとすぐに明るい笑顔に戻る。
「いってくるねー!」とカレンは元気に手を振りながら、石畳の上を軽快に走って行った。
墓守もひらひらと手を振って返す。カレンが見えなくなったところで、墓守は「ふう」と安心したように息を吐いた。
ふと辺りを眺めれば、ほんの数か月前とはかなり風景が変わっている。以前は足下だって砂利敷きで、草木だって好き勝手に茂っていた。子供にはとても来させられないような雰囲気だったのが、今では天に祝福されたように思えた。
墓守は額に滲んだ汗をぬぐって、長袖をまくる。まだ早朝と言える時間帯なのに対し、太陽は比較的高く日差しも強い。初夏の空気はとうに薄れ、本格的な夏がすぐそこまで迫っていた。
晴天はどこまでも青く澄み渡り、青みがかった山の向こうには真っ白な入道雲も見える。草木の緑もきれいに映え、憩いの場と呼んでも差し支えない。
墓守は「ふぅ」と一息つくと、物陰に紛れた用具入れから魔女が乗っているような箒を取り出す。専用の革ひもで大鎌を背負うと、さほど溜まってもいない砂埃を掃き始めた。
シャッシャッと耳触りの良い声につられ、墓守もついつい鼻歌を口ずさむ。いつも通り掃き掃除を調子良く行っている墓守に、今度は落ち着いた足音が近づいてくる。墓守がふとそちらを振り向くと、若草色の平服に灰色のロングスカートを着た長栗色髪女性がニコリと笑った。
「今日も精が出ますね、墓守さん」
イリスの栗色の髪がふわりとそよ風に弄ばれて、墓守は少しだけそれに魅入る。が、すぐにはっとしてぎこちない笑みを返した。
イリスの左手には植物のツルで編まれたバスケットが下げられている。イリスの手には松葉づえなどなく、若干右足を引きずりながら墓守のすぐ目の前まで近づいてきた。
「今日の夕食は何にします? 頑張ってる墓守さんにはごちそうかしら」
「それじゃあ毎日ごちそうだ。カレンが喜ぶものでいい」
墓守はさりげなくイリスと腕を組んで彼女を支える。イリスも墓守に身をゆだねて、ほんのりと頬を赤く染めた。二人は身を寄せ合って、長い石畳をゆっくりと歩いていく。
指を絡めるように手をつなぐ二人は、他愛のないおしゃべりに花を咲かせた。
「墓守さんったら、またそう言うんだもの。カレンのおなかが出ちゃうわ」
「食べ盛りだ、まだいい」
「カレンも立派なお年頃です」
「いつまでもかわいいものだ」
「あら、墓守さんカレンみたいな子がタイプなの?」
「そ、そういうわけじゃあないが……」
「なんだか怪しいわぁ」
なんでもないことなのに、二人の顔は自然と綻んだ。幸せをかみしめる二人は十分十五分と話し込んでいたが、すでに鉄格子の門が目の前に佇んでいる。
鉄扉をくぐって一歩墓地から出ると、墓守とイリスは名残惜しそうに手を離した。
二人は向かい合って、轍が残っているだけの街道に立つ。少し寂しそうな顔をする墓守に、イリスはもう一度ニコリと笑った。
「それじゃあ、お買いものいってきます。終わったらすぐに帰ってきますから」
「……ああ、気を付けて」
イリスはくすぐったい笑みを浮かべると、その足を街へ向けた。墓守はただ佇んでその後ろ姿を見送る。夏らしい暖風が二人の間を暖めて、冷めるころには墓守一人だけがぽつんとその場に残された。
墓守は「はぁ……」と冷たいため息をつく。右手にずっと持ったままだった箒でポンポンと肩を叩くと、くるりと踵を返してだだっ広い墓地を眺めた。
「……まぁ、やるか」
墓守は再び鉄扉をくぐる。その背中は以前よりも大きく頼りがいがあるように見えた。






