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DOORs  作者: 日凪セツナ
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第五章 「Ⅱ」 星暦3014/12/24

 シェルター内にも、白い雪が降る季節になった。シュナは白い息で手を温めながら、貧民街の通りを歩く。

「寒いな、流石に」

 隣のサロスも呟いた。シュナは頷く。

「自警団にちゃんと会うのは、初めてだったよな?」

「うん」

「色々と教えてきたが、レジスタンスで重要な仕事はこれが最後だ。自警団との交流と、スカウトな」

 サロスは持っていたカイロをシュナに渡す。シュナはそれを首に押し当てた。

「何で貧民街に本部が在るんだよ?」

「やっぱり治安悪いしな……ナイトとソレダーは此処出身なんだよな。彼奴らが妙に強いのも、此処で生き残ったお蔭らしいし」

「へえ……他の皆は?」

「俺は工業区。あの本部は知り合いのツテで貰って改造したんだ。アフティが農業区の出身で、ツァールトとフィリアとソリアは金持ちが多い中心街出身な」

「ソリア……」

 シュナは微かに俯く。アフティがシュナを認めたことによって、アプサラス全員と打ち解けたつもりだったが、あの女科学者だけはまだ距離が在った。

「……そう落ち込むなよシュナ。ソリアは愛想悪いだけで、お前が嫌いな訳じゃ無いって」

「でも……」

 シュナはサロスを見上げた。サロスは苦笑して赤い髪を掻き揚げる。

「俺も、ちょくちょく手伝わされてんだよ。荷物運びとか。一階の作業場で、しょっちゅう新しい銃火器とか作ってるんだ」

「………………」

 落ち着いた雰囲気のソリアが、作業着で機械を弄っている姿を想像し、シュナは顔を歪めた。笑いを堪えているらしい。

「さ、着いたぜ」

 サロスが足を止める。シュナはその戸を見上げた。貧民街によく溶け込む、錆びた鉄戸だ。サロスはシンプルなインターフォンを押す。間も無く、黒い腕章を付けた髭面の男が現れた。煙草臭さに、シュナは顔を顰める。

「ええと、」

 男はちらりと、サロスとシュナの腕章を見て目を瞬かせる。

「レジスタンスか」

「ああ。今日は、十七支部との情報交換の日だったかと。代表のツァールトは本部に出向中で忙しいから、代理として俺、サロスが来た」

「そうか。まあ、ようこそ自警団へ」

 男はサロスに手を差し出す。サロスは口の片端を上げてその手を握った。



 シェルターの南東、農業区に、ナイト、ソレダー、アフティの三人は向かっていた。ナイトは長髪を纏めていて、鍬を担いでいる。ソレダーは両手で茶色い袋を抱えていた。アフティは珍しく、編み込みではなく、長髪をナイトと同じように単純に束ねている。

「上機嫌じゃねぇか、アフティ」

「え? ま、まぁ……帰って来るの、久し振りだしな」

「一年も経ってねぇだろ」

 ナイトは笑った。

 Xとの戦いが始まってまだ一年だが、レジスタンスの少年戦士達は、多くがその両親を失ってシェルターに流れ着いた者だ。保護された場所が出身地としてレジスタンスに登録しているが、そこに縁深い者は、実は少ない。

「それでも、世話になった人達だ、懐かしいさ」

 アフティは持っているシャベルを担いだ。

 今日は、三人は休日であった。アフティの希望で、農業区に作業の手伝いをしに来ていたのだ。

「ところで……ソレダー、お前何持ってるんだ?」

 アフティはソレダーを振り返った。

「え? ああこれ、ソリアに貰ったんだ。最新式の肥料だって」

「……爆発しねぇだろうな」

「信用してやれよ」

 ナイトは苦笑した。

「だって彼奴、もう半年の付き合いだけどやっぱり怖えよ」

「アフティが怖がるのはソリアだけだね」

 ソレダーがアフティの頭を叩いて笑った。片腕で抱えられた肥料が大きく曲がる。

「ちょ、破れる破れる」

 アフティが慌てて袋を支えた。ソレダーは両手で袋を抱え直す。

「でも、彼奴が危ないのは本当じゃねぇか。この前、シュナの髪が珍しい色だからって、追いかけてたぜ? バリカン持って」

「シュナ気の毒ー」

 ソレダーの笑顔が引き攣る。アフティは溜息を吐いて俯いた。

「天才なのは認めるがよぉ……」

「そろそろ畑に着くぜ、文句引っ込めろ」

 ナイトが言って、二人は前を見た。掘り返された新鮮な土の匂いと、草の匂いがする。

「冬なのにな……食糧不足もそろそろ深刻になる」

 ナイトは畑横の草に鍬を突き刺し、作業をしている数人の男達に近付いていく。ソレダーは肥料の袋を降ろし、息を吐いた。

「ハウスを作る余裕も、それを持たせるほどの燃料も無い。冬でも育つ野菜を育てるしかないか」

 アフティはシャベルを地面に突き刺してその場に座る。

「あ、雪……」

 ソレダーが空を見上げた。曇天から、白い欠片が落ちてくる。

「……ねぇ、アフティ」

「あ?」

「昔は……それこそ、一年前まではさ、雪って言うとはしゃいでたよね」

「……そうだな」

 アフティは険しい表情を少しばかり和らげた。

「シェルターに辿り着かないで死んだ人が、沢山居る。僕達は運良く生き残ったんだ。だから戦わなくちゃとは思うけど……僕はちょっと、悲しいな」

「悲しい?」

「うん」

 ソレダーはしゃがんで、足元の草を弄る。

「何か、僕達、何処か壊れちゃってるんじゃないかなって。戦場に立つのも、もう怖くないし」

「……仕方無いことだろ」

 アフティは顔をソレダーから逸らす。

「犠牲は必要なんだよ」

「……大人ぶって。僕より年下のくせに」

 ソレダーは唇を尖らせた。アフティはソレダーを見て顔を顰める。

「俺の方が、背が高い」

「背の高さと年齢は比例しないよ。シュナだって僕と同じ十四歳だけど、ちっちゃいし」

「彼奴全然背ぇ伸びねぇよな」

「言うなって。気にしてるみたいなんだから」

 ソレダーは苦笑する。アフティは長い髪を弄りながら立ち上がった。

「そろそろ話がついたんじゃねぇの?」

 ナイトが、数人の大人を連れて戻って来た。

「さて、作業を始めるぜ。残ってる芋の収穫と、新しい畝の整理だ」

 ナイトは鍬を引き抜いた。



 電動ドリルの音が、狭い工場に響き渡る。フィリアは保護ゴーグルを押し上げ、マスクを引っ張る。

「ソリアー、出来ましたよ、接続金具」

「どうも。あの写真持って来て、シュナの腕のあれ」

 ソリアはサングラスを直す。火花が散るソリアの手元で、武骨な黒い銃が完成した。

「こっちも完成よ。フィリア、後で試し撃ちお願い」

 銃を隣の机に置き、ソリアはフィリアを振り返ってサングラスを外した。

「はい。今回は大きいですね」

「威力を倍にしたわ。その分、耐久力の為に大きくなったの」

「じゃあ後で撃ってみます。はい、写真」

「ありがと」

 ソリアはフィリアから写真を受け取ると、椅子代わりの木箱に座った。

「……彼奴の腕から外れれば、もう少し調べやすくなるのに……この金具、どうやっても外れないのよね」

「鍵穴無いから、ピッキングのしようが無いですもんね。スライド式なのかな?」

 フィリアは写真を横から覗き込む。

 写真の金具は、一定の幅に、幾つかの窪みや、スライドできそうな板が取り付けられている。

「でも、スライドはできても何も起きなかったわ。順番が在るのかしらね」

「うーん……シュナの記憶が戻れば分かるのかも知れないですけど。シュナが何者なのかも含めて」

「彼奴が何者かは、私は興味無いわ。髪の毛も目の色も不思議なのに、体を構成している成分は人間と全く同じ……彼奴という存在そのものに疑問が在る。彼奴の人格じゃなくてね」

「変わった髪色の人は居ますよね?」

「そうね。でも解せないの」

 ソリアは頬杖を付いた。

「外に居たことも、あの装置のことも不思議。だけど、それを『記憶喪失だから説明出来ない』なんて、何だか都合が良過ぎる……し、時折、予言めいたことを言うし。彼奴は確かに私達と同じ人間の筈。だけど……私達とは存在している次元が決定的に違う……と、思うわ」

 フィリアは首を傾げた。ソリアは呆れたように目を細める。

「怪しいってことよ、要するに」

 ソリアは立ち上がり、窓から空を見上げる。雪が降り始めた曇天は、深い灰色をしていた。くすんだ窓を閉めると、倉庫全体が薄暗がりに包まれる。フィリアが電気をつけた。ソリアは壁の工具箱を外し、作業台に置く。

「ま、今は良いわ。次の注文は?」

「ツァールトさんから。ライフルの銃剣を新しくして欲しいそうです」

「分かったわ、セラミックにでもしてやりましょう」

 ソリアはにやりとして髪を束ね直した。



 レジスタンス本部の大会議室で、ツァールトは堅い椅子に座り、相手を見上げた。

 ツァールトを囲むように、ぐるりと机が置かれている。一つの長机に二人ずつ、レジスタンスの腕章を着けた男達が座っていた。

「今日はわざわざ悪かったな。アプサラスの在る工業区から、この本部は遠いだろう」

「いえ」

 ツァールトは物柔らかな笑みを浮かべてそう答える。

「少年部隊、アプサラス。お前達に新たな指令が下された」

「何でしょうか」

「現在、シェルターから一歩外に出れば、廃墟という状況が続いている。第一外基地に行くのも容易ではない。そこで、『ある装置』の開発を、ソリア博士にお願いしたい」

 ツァールトは顔を上げた。

「人体を送れる、転送装置だ。二年以内に開発して欲しい。これが完成すれば、人類の戦線は一気に前進する」

「……分かりました、話してみます」

「もう一つ。お前達の戦闘力は図抜けている。よってお前達を解体し、他の部隊」

「駄目です」

 間髪入れず、ツァールトが言う。言葉を遮られた男は不快そうな顔になった。

「何故だ? あまり一か所に集中すると」

「後々危険なのは分かりますが、彼らをばらすのはもっと危険です」

 ツァールトは鋭く男を見返した。

「彼らは精神的に、非常に不安定です。ですから、皆で支え合っているのです。その事をどうかご考慮願います」

 ツァールトは小さく頭を下げる。男達の一人が鼻を鳴らした。

「まあ良い。次の任務だ」

「はい」

 ツァールトは渡された紙を見下ろした。



 時計塔の上から、シュナはシェルターの街を見下ろす。雪にゆっくりと覆われていく街は、いつに無く静かであった。

 風が冷たい。手摺りに体重を掛けて体を風の中に突き出し、シュナは目を閉じた。いつもはシェルター内の風は、錆と煙と土の匂いで満ちているが、今は雪に掻き消されている。

 僅かな望郷感(ノスタルジア)を覚え、シュナは目を開いた。遥か遠くにはシェルターの白い防護壁が見える。その更に向こうは灰色の靄に覆われ、良く見えなかった。コンクリート造りのシェルターの街は灰色で、時計塔を囲んでいる中心街以外は灯りもまばらだ。南東の農業区はそれなりに広く、茶色の土が剥き出しになっていた。その隣の放牧地も、今は緑が見られない。西側の浄水施設は、中心街に負けず煌々と明かりが灯っていた。だが、その反対側、下水処理施設は薄暗がりとなっていた。時計塔の近く、中心街に隣接している工業区も、灯りがつき始めている。中心街と農業区の間の貧民街は、灯りらしい灯りも無く、一足先に夜が訪れているようであった。

 アプサラスの本部は工業区に、そして、レジスタンスの本部はその正反対側―――シェルターの西門近くに在る。シュナは淡い空色の目をそちらに向けた。束ねられた銀髪が、風に揺らめく。サロスはその様子を後方から見ながら、寒さに体を振るわせた。その短い赤髪も、風に靡いて翻っている。

 シュナは、頬を打つ風に目を細める。雪によって冷やされた風は、痛いほどに冷たかった。

「なあシュナ、そろそろ戻ろうぜ」

「……うん」

 シュナはサロスを振り返る。瞬間――――


『行って……』『待ってろ……士』


 電撃のように、目の裏を何かが駆け抜けた。が、シュナは一瞬足を止めたのみで、すぐにサロスを追って階段を降りる。

「そろそろツァールトさん戻って来るかな?」

「ああ、多分」

 シュナは微笑んでサロスの手を握った。その様子は、何も知らない無邪気な子供のようである。

 階段を降りながら、シュナとサロスは悴んだ手に息を吐きかける。

「今日の晩飯、俺が当番だっけ……どうするかな」

「シチューが良いな、寒いし」

「贅沢な」

 サロスは顔を顰める。

「肉なんか貴重なんだ。肉無しシチューか?」

「えー……じゃあ豆いっぱい入れてね?」

「はいはい」

 サロスは苦笑した。

「お、居た居た」

 階段を、アフティが上って来た。

「アフティ? どうしたんだ、今日は休みだから農場行ってたろ?」

「もう作業は終わったよ。どうせここだろうと思って迎えに来た」

「ああ、シュナがどうしてもって言うからな」

 サロスはにやにやしてシュナを親指で示す。

「ホント、シュナは此処が好きだな」

「う……だって、何か、懐かしい感じがするんだ、此処」

 シュナは長い銀髪を指先に絡ませて俯いた。

「所縁のある場所か?」

「分からないよ。分からない、けど……」

 シュナは目を細め、首を横に振った。

「何か……何かどうしようもなく大切なものを、忘れてきた気がする」

 シュナの言葉に、サロスとアフティは顔を見合わせた。



 ツァールトは、雪でうっすらと覆われ始めた道を走っていた。

 電話の着信音に、ツァールトは足を止めて通信機を開く。そして画面に表示されている名前に、顔を露骨にしかめた。

「何? 父さん」

 通信機を耳に当て、ツァールトは壁に寄りかかった。灰色のコンクリート製の壁は、身を切るような寒さの中、その冷たさを増している。ツァールトは微かに身震いをした。

「今日も口答え? したよ。うん。したした……だって彼奴ら腹立ったから……うん、する。だって父さん腹立つからね。もう切るよ、どうせ用は無いんだろ……断ったじゃないか。僕は役人にはならないよ」

 ツァールトは無造作に通信を切る。そして暫時、俯いて通信機を見詰めた。

「……贅沢だけど、」

 苦笑し、ツァールトは呟く。

「家族が居ない彼らは、家族が居る僕より、幸せを見付けやすいのかも知れないね」

 ツァールトは空を仰いだ。白い雪は、雲に溶けてその姿が良く見えない。ツァールトは目を閉じた。冷たい雪が頬に落ち、体を冷やしてゆく。

「……帰ろう。皆が待ってる」

 ツァールトは壁から体を剥がし、歩き出した。



「だーかーら、」

 苛立ちにソリアは顔を顰めた。ソリアの眼前には、青い顔で椅子に座り、肩を縮こめているシュナが居る。

 アプサラス本部。ナイトとアフティとフィリアはソファでトランプをやっており、夕食当番のサロスとソレダーは、隣接しているキッチンに入っていた。ツァールトは長机に地図を置き、一人、新たな作戦を検討している。その机とソファの間で、シュナとソリアは対峙していた。

「その装置の事調べたいの。外して良い?」

「……外れないんだってば」

「だから、外して良い?」

「無理」

「外して良い?」

「待って」

「外して良い?」

 じりじりとソリアが近付いてくる。シュナの両足は椅子に縛り付けられていて、シュナは両手で椅子の縁を持って必死に首を横に振る。

「待って待って」

「はずしていい?」

「待って待って待って」

「ハズシテイイ?」

「待って待って待って待ってって!」

 ソリアの手に在る、明らかに人に向けてはいけないような工具を見、シュナは椅子を揺らしてソリアから離れる。

「腕! もげる! 大事、体大事に!」

「大丈夫」

「大丈夫くない!」

「怪我しない」

「しなくない!」

「しないかどうかは私が決める」

 がしょん、とソリアの手の工具―――巨大なペンチのようなものが鳴る。鉄パイプでも切断できそうなそれは、今、シュナの左腕の装置に向けられていた。

「無理だって……手首切れるから!」

 シュナは青い顔で言い返す。暫し皆はその様子を見ていたが、流石にシュナとソリアが接触寸前まで近づいたところで、ツァールトが止めた。

「はぁい、そこまで。夕飯の時間だ。サロス特製肉無しシチューだよ」

「……ツァールト……」

 シュナは安堵の息を吐き、ソリアは顔を逸らして舌打ちをする。

「命拾いしたわね」

「やっぱり怪我危険だったんじゃないかっ!」

 シュナは涙目で叫んだ。ソリアは鼻を鳴らして工具を放り出す。見た目より重いそれは、床に落ちて派手な音を立てた。

「はい、シュナも座って。いただきます」

 ツァールトは苦笑して挨拶をした。シュナも椅子に座り、両手を合わせる。

 シチューにはシュナのリクエスト通り、豆が大量に入っていた。

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