Another Sky 「Ⅳ」 星暦3025/8/13
もし、最終話でシュナが、世界を全て変えてしまう道を選んでいたら、という話です。
ゆっくりと、耳鳴りが遠ざかる。目を開くとそこには何処までも広がる蒼穹が在った。
「あ、やあっと起きたかい、ヴェルグ」
「……ツァールト?」
茶色い髪の青年が、自分の顔を覗き込んできた。
「……今日って……」
「何だい、寝惚けてるのかい? 僕達アプサラス皆で、一年ぶりに集まる日じゃないか」
「アプサラス…………」
ヴェルグは体を起こした。公園の芝生で自分は寝ていたらしい。
「おう、寝坊助が起きたな」
にやにやとして近付いてくるのは、赤髪の青年、サロスだ。
「……ああ、そっか」
頭に手を遣って、ヴェルグは自分の中の記憶を確かめた。
此処は、ロボットに人類が滅ぼされる世界では無い。既にX――――スーパーコンピュータ『アプサラス』は停止され、世界は何事も無く、今日も平和だ。
そして自分達は――――何処か、存在しない過去と未来で、そのロボット達と戦った自分達レジスタンスは、そんな無謀な戦いなどしない、平凡な人生を歩んで、大人になった。
あの世界で、正気と命を削って戦っていたのが嘘のように。
ツァールトは福祉会社の社長に。ナイトはその秘書に。サロスは警察官に。ソレダーは普通の会社員に。フィリアは通信会社の社員に。ソリアは大学院の研究者に。アフティは探偵とフリーターに。そして自分は――――
「なぁににやにやしてんだよ、気持ち悪い」
ナイトが呆れ顔になった。ヴェルグは自分の頬を引っ張る。
「いいや。何でも――――――実はさ」
ヴェルグはそして、僅かに、哀しげな笑みを浮かべた。
「聞いて欲しい話が在るんだ。皆に」
同じ学校だったと言うだけの、そして『アプサラス』というヒーローごっこをしていた仲間と言うだけの、そんな皆に。
それは、余りにも突飛で、子供じみた、話。
だが―――――
「……此処じゃない、でもこの世界の未来と、過去の話を」
自分を、何処か心配そうな顔で覗き込んで来るツァールト。
呆れ顔でツァールトの方に肘を置いているナイト。
近づいてくるサロス。
ベンチに座っているフィリア。
ブランコの柵に寄りかかって携帯電話を弄っていたアフティ。
自分の隣で本を捲っていたソレダー。
そして、欠伸を噛み殺して自分を見下ろしているソリア。
「信じて、貰えないだろうけどさ」
ヴェルグはそして、皆を見上げた。
「……信じるわよ」
くすり、と笑ってソリアが言う。
「それがどんなに、馬鹿馬鹿しくて笑える話でも。貴方が言うなら、それはきっと、貴方にとって真実なんでしょう」
「……嗚呼、そうだな」
皆の、何処か懐かしい――――世界の終わりを悟ったような顔を見渡して、ヴェルグは微笑む。
あれが、何処にも無い世界でも。それを選んだのは自分だ。
「じゃあ、始まりから突飛なんだが――――タイムマシンの存在を、信じるか?」
そう言って、ヴェルグはゆっくりと芝生から立ち上がった。
それは、確かに、何処にも存在しない物語だった。
タイムマシンで何度も同じ時間を繰り返して、未来を変えたなど。
自分達が世界を救ったなど。
そんな突飛な話を、信じろと言うのが無理な話だ。
だが――――誰も、それを馬鹿馬鹿しいと笑いはしなかった。
誰も知らない世界、誰も知らない物語だ。だが誰も、それを本当に忘れてはいないのだ。
「……過去を、変えたんだ。だから未来が――――今が変わった。人類はシェルターに追い込まれないし、戦いそのものが、起きない世界」
「……シュナ」
ぽつり、と、サロスが呟いた。ヴェルグは驚いたようにサロスを振り返る。
「……何でだろうな。ヴェルグって言うよりも、そっちの方が、しっくりくる」
「……俺は、そう呼ばれてたよ。お前らに」
でも、とヴェルグは自嘲気味に微笑む。
「それは、結局、幻なんだけど」
ざあっ、と、夏の風が公園を吹き抜けた。ヴェルグはそれを追って空を仰ぐ。
「……泣いているのかい?」
「いいや」
「……確かに、君の言うその話は、単なる幻想ではなさそうだけど」
ツァールトはそして、優しく微笑んだ。
「君の夢でも、無いんだろう?」
その言葉に、ヴェルグは暫時、ツァールトを見遣る。
「……そうだよ」
そして、ゆっくりと、目を閉じて。
街を歩きながら、一同は世間話に花を咲かせる。その様子を後ろから見ながら、ヴェルグは小さく微笑んだ。
何も、変わっていない。
そう呟いて、ヴェルグはそっと、消えた過去に目を瞑った。