第十三章 「Ⅲ」 星暦3020/8/13
シュナを筆頭に、アプサラスのソリアとフィリア以外の全員が、西門の前に集合していた。フィリアは転送装置で第二外基地に待機しており、ソリアは本部から無線での支援を準備している。
「レジスタンス、これが最後の大仕事になると良いね」
ツァールトが髪を掻き揚げた。先日二十三になったこの青年は、相変わらず、アプサラスのリーダーを務めている。
「二年も掛かってしまったけど、タイムマシンも出来たし、エネルギーも充填済み。アオが作れと言った集積回路も出来た。ケーブルも用意した。準備は万端だ」
「後は、俺達の腕次第、か」
「アオはXが存在する場所を知っているらしい。シュナがそこに行き着くことを第一優先に、全員、生きてX本部で会おうか」
ツァールトが言って、レジスタンスの腕章を掴む。
「僕とナイト、ソレダーとアオで前後左右を固める。中心にはシュナ、一応護衛にサロスとアフティを付けよう」
ツァールトが指示を出し、シュナは、自分の腕にはまっているソシオを見遣った。
「……アオ」
そして、隣に立つ青髪の青年を見上げる。アオは小さく頷いた。
「作戦開始は五分後―――」
「ちょっと待った」
アオが言って、一歩進み出て一同を振り返った。
「さて、今更だがお前達に聞きたい、お前達はどうしてタイムマシンを作った?」
「は?」
サロスが怪訝そうにアオを見遣る。アオは妙に芝居がかった動作で両手を広げた。
「『シュナがそう言ったから』と言えば言い訳になるか?」
「……アオとシュナが言ったから、が一番適当じゃないかな」
ツァールトが、アオの意図を読み取れないのか、目を細めて探るようにアオを見る。
「じゃあ、教えよう。タイムマシンを作った訳を」
「ああ?」
ナイトが顔を顰めた。
「これはシュナも知らない事実だ。お前達は、Xを止められないし、世界を救えない」
「はあ!?」
一人だけ澄まし顔だったシュナが、驚いたように声を上げた。
「何で、メールにも在ったし、Xの本部にはお前が」
「そうだな。だが出来ねぇんだよ。Xのメインルームには入れない」
「だけど、じゃあこの作戦は」
「だからあの基盤を作り、タイムマシンを作った」
アオはツァールトの言葉に重ねるように言った。そして改めて、アプサラスの一同を見まわす。
「Xが持っているであろう、強大なエネルギーを利用して、タイムトラベルすることを可能にするプログラムを作った」
「……つまりよ、作戦自体に問題はねぇ、と?」
「いいや」
アフティを見遣ってアオは返す。シュナが無言でアオに近付いた。
「この作戦にはお前達は必要無い。それだけだ」
「……おい、」
何かを察したのか、サロスがシュナに向かって手を突き出す。が――――
持っていた荷物をシュナが背負った瞬間、その背をアオが突き飛ばした。シュナが大きくバランスを崩す。サロスの手は空を掻き、
「うわぁあああああっ!?」
情けない声を上げてシュナは城壁から落下した。
「なっ、てめぇっ!?」
サロスがアオの胸倉を掴む。アオは小さく笑った。
「シュナの我儘だ。聞いてやれ。彼奴はお前達を二度も殺したくないんだ」
「二度……?」
「そういう事だ。作戦は二、三日先延ばしで頼む」
アオはサロスの手を外し、城壁の淵に足を掛けた。
「――――納得できないな」
その背に、ツァールトが鋭く声を掛ける。
「シュナは僕達を信用していないのかな?」
「……信用してるし、信頼もしているさ」
アオは顔だけを振り返らせた。
「だから死んで欲しくないんだろう」
「それが納得できない。僕達が今更、戦場で死ぬような人間だと思ってるのかな」
ツァールトはにやりとした。アオの顔が苦々しく歪む。
「……さっさと行けばいい。だけど忘れないことだね。僕は死んでも、仲間を一人で戦場に放り出しはしない。逃げようとするなら追いかけるのが信条だ」
「あのさぁ、シュナの気持ちは、」
「さっさと行けと言ったよな行けよクールぶるな」
ツァールトがアオの背中を蹴り飛ばした。
「うわわわっ!?」
アオも空中に放り出され、無様な悲鳴を上げる。ツァールトは鼻を鳴らした。
「……ぅおいっ! ちょ、それはあんまりだろツァールト!」
サロスが一拍遅れて事態を理解し、声を上げる。ツァールトはけらけらと笑った。
「ちょっとは頭冷やせよー」
ツァールトの声は既にアオには届いていなかった。高い城壁からの落下はそれなりに時間が掛かる。アオは体勢を立て直して腹を地面に向け、両手を地面に向かって突き出した。両腕の装甲が左右に分かれ、掌の円形シャッターが開き、穴が現れる。ガシュッ、と、部品が固定される音がした。
「っ!」
アオは歯を食いしばる。穴から、強烈な衝撃波を伴うジェット噴射が噴き出した。アオの落下速度が死に、相殺された重力が一瞬ゼロになる。
浮遊感も束の間、アオはすぐに地面に着地した。ガシュゥ、と部品が元の位置に戻り、アオの腕は通常のスリムな姿に戻る。
「シュナ!」
アオは近くに蹲っていたシュナに駆け寄った。パラシュートが正常に開いたのか、怪我はしていないようだ。
「シュナ、大丈夫、」
「……っな訳在るかクソサイボーグ!」
真っ青な顔で怒鳴り、シュナは立ち上がると同時に、振り向きざまアオの顔面に一撃を喰らわせた。
アオとシュナが歩き出したのを確認し、ツァールトは踵を返した。
「さぁーて準備のし直しだ。あの二人に先を切り開いて貰って僕達はのんびり行こうよ」
「……どうするんだよ?」
「あの二人は死なないよ。僕達が護る」
ツァールトは昇降機へと向かいながら、にやりとして一同を振り返った。
「シュナとアオは僕達を巻き込みたくないみたいだ。腹が立つから、巻き込まれてやろう」
「……ええと、」
「追うよ」
ツァールトはそして、つかつかと歩き出す。呆然としていたサロスの顔が、見る見る獰猛な笑みに縁取られた。
「よっしゃぁ! やってやろうぜ!」
サロスは、言葉を失っていたソレダーとアフティと肩を組み、声を上げる。ナイトは呆れたように小さく笑い、ツァールトの後を追った。
「で? どうやって追うんだ。彼奴らが居ないとなると門も開けて貰えないし、こっから降りるか?」
「ソリアが転送装置の準備を完了させている筈だよ」
「あ? あー……彼奴予想してたのか」
ナイトは眉宇を顰め、頭を掻く。ツァールトは苦笑した。
「さ、行こうか、皆」
ツァールトの号令に、サロス初め、一同が声を上げて腕を掲げた。
アオは着ていたシャツを捨て、機械に覆われた上半身を露わにした。
「このままの速度じゃ時間が掛かりすぎる。飛ばすぞ」
「あ?」
アオの肩装甲が上がり、両肩の後方に取り付けられている噴射孔が現れる。同時に、両腕の筋に光が走り、装甲の隙間から僅かに蒸気が漏れだした。
「掴まれ!」
「何処にだよ!」
アオがシュナの腕を掴む。アオは地面を蹴ると同時にシュナを抱え上げ、ジェット噴射により急激に加速した。
「熱い熱い熱い熱いって!」
シュナの文句を無視し、アオは速度を上げる。シュナは顔面をアオの胸元―――金属でとても硬い―――に押し付けられた。
砂埃が舞う中、アオの目はその中に、敵の姿と数、距離を読み取る。
「敵か!?」
「付き合ってられないな」
「逃げるか、」
「全部燃やしちまおう」
アオが地面に足をめり込ませてブレーキをかける。シュナは地面に放り出された。
「いってぇ!」
アオは両の拳を握り、掌側を合わせて前に突き出す。腰を落として重心を下げ、体勢を整えると、指の関節、手の甲、腕、肩の前方などを光らせた。
コォォォォ……と、エネルギーが集中する起動音がする。シュナは慌ててアオの後方に避難した。
「滅却……距離三十二・風速二・数五・耐久五十三・威力百五!」
ゴウッ! と、灼熱のガスがアオから噴き出される。それは発射直後に点火され、爆撃となって相手を襲った。
アオは一度、盛大に上がった爆炎を見回す。それから頷き、シュナの腕を掴んだ。
「今日中にXの本部に行きつけるようにしたい。走るぞ」
「……へいへい、自分で行けますよ」
シュナはしゃがみ、ブーツの踝部分に取り付けられたリングを引っ張った。内蔵されたエンジンが起動し、両脇の吸入孔から空気を吸い込んで、踵の蒸気孔から噴き出す。シュナの体は前方に押し出され、シュナは慌てて重心を移動する。
「くそ、久し振りだからな……」
アオは呆れたように息を吐き、シュナの背を叩いてバランスを取らせた。
「……えいっ!」
少々情けない掛け声とともに、シュナは前に飛び出す。同時にアオも走り出した。
遠くから、爆音を聞きつけてロボット達が近付いてくる。アオは舌打ちし、右腕を突き出した。肘から腕が二つ折りにされ、現れた砲口から弾丸が飛び出す。装填する場所が要らない、ガス弾のようだ。
無表情でロボットを屠るアオを横目に、シュナはその緊張した顔に僅かに恐怖を滲ませる。
「……なぁ、アオ、お前は、」
「俺もXが憎い。お前と同じだ」
アオは短く言って砲口を仕舞う。肩口から噴き出した蒸気が、青い髪を靡かせた。シュナは前を睨み、首に掛けていたゴーグルを着けながら微妙な表情をする。
「俺は……アフティが死んだからXが憎かった。けど……今勝ちたいと思うのは、只、アプサラスの皆が無事で居て欲しいからだ」
「そうか」
アオは速度を上げた。シュナは必至でそれに追いすがる。
瓦礫ばかりの景色が後方に急速に流れ、第二外基地を過ぎた頃。アオは足を止めた、シュナはその隣で膝に手を当て、息を整える。
「レーダーを展開するから、少し待ってろ」
「あ、あ」
シュナは汗を拭く。どんよりと曇っていても真夏、立っているだけで汗が出る。それに加え、移動と戦闘を繰り返し、シュナはかなり疲弊していた。
アオは目を閉じる。髪がざわめき、パリッ、と僅かな電撃がそこに走った。
「……南東か」
アオは太陽に目を向け、歩き出す。シュナはそれに従った。
「……アオ、お前は、さ」
「あ?」
「サイボーグだろ? 元々は、誰なんだ? ソリアが信用する誰かだろ?」
歩きながら、シュナはアオを見上げて問うた。
「……ドア『Ⅱ』では、アプサラスは誰も死ななかった。ヴェルグ……シュナ、お前を除いては」
「……だから誰だよ?」
「説明が面倒だ」
「名前一個で済む話だろ?」
シュナは顎に流れてきた汗を拭う。灰色の空と灰色の景色は、熱にうなされた夢のようで現実感が無く、何か話をしなければ気が狂ってしまいそうであった。
アオは足を止めず、真っ直ぐに歩いてゆく。
「……じゃぁせめてよ、俺がどうして死んだかを教えてくれよ。どうしてXの本部に行き着けない? ここはドア『Ⅲ』、お前が今まで居た世界とは違う」
「お前はXのメインルームに入れなかった。その原因はこの世界でも変わっていないから入れない。そして外に出たとき、第一級危険人物としてXに殺された」
「……そうかよ」
「だが今と同じように、お前はアプサラスの皆をシェルター内に置いていくことを選択した。だから皆無事だ。お前の死体は後から追いかけてきたサロスが回収した」
「……ちょっと待て、アオ、お前、」
「そうだ」
アオはそこで、少しだけシュナを振り返った。鋭い眼光に、シュナは怯んだような顔になる。
「俺は全部知っている。俺はお前が死んだ後に作られた。だがお前のことも、これから何が起こるかも、知っている」
アオは足を止めてシュナを体ごと振り返り、シュナの腕に在るソシオを指差す。
「そこには幾つかのメールが入ってる。そのうち一つ―――俺が此処に来た時のメールを、俺が居なくなったら開け」
「は?」
「件名は『拝啓 百年後の君へ』だ」
それだけ言い、アオは踵を返して走り出す。シュナも慌ててブーツのエンジンを起動した。
「許さない」
ソリアは机に手を付き、呻くように言った。
「ま……まあソリア、予想していたんだろう? 早速追いかけようと思うんだけど」
「そうね」
ソリアの剣幕に、若干引いているツァールトを睨み上げ、ソリアは茶髪をペンで纏めた。そして、エネルギーを充填している転送装置を開く。
「第二外基地に繋がってるわ」
ソリアの研究室の机には、シュナが書いたタイムマシンの設計図と、その理論と計算用紙が散乱していた。アオが書いた基盤のプログラムも在る。
「ソリア、今言った通り、彼らはXのエネルギーを利用してタイムトラベルをするつもりらしい。こちらのタイムマシンのエネルギーは転送に使われるらしいけど、起動は誰が?」
「私がする。メインルームに入るためにトラベルが必要なら仕方無いわ。でもこのままだとシュナは死ぬ」
「え」
「だからアオが来た……筋が通り過ぎていて気持ち悪いわね」
ソリアは苦い顔になった。ツァールトも頷く。
「アオの行動自体が機械的だ。まるでシナリオに従っているかのように、無駄が無い」
「…………そうね」
ソリアは顔を逸らして腕を組んだ。それから、壁に掛けてある無線機に近付く。
「……行くなら行ったほうが良いわ。あの二人のスピードは速い」
「そうだな。行こう」
ツァールトが転送装置に乗り込んだ。
「………………さて」
最後のソレダーが転送されたのを見、ソリアは無線を手に取る。
「貴方の予想通りになったわよ、アオ」
『そうか』
間髪入れずに返事が返ってきた。ノイズ混じりのアオの声は落ち着いている。
「アオ……いえ、」
ソリアはそこで、誰も聞いていないことを確認し、言葉を続けた。
「ヴェルグ・シュナイダー。武運を祈るわ。あなたはその姿のまま帰ってくることは、二度と無いのでしょうけど」
返事を待たず、ソリアは無線を切る。そして椅子に座って深い息を吐いた。
シュナは『Ⅰ』から来たヴェルグ・シュナイダーだ。メールシステムにより時空を超えて、『Ⅰ』からこの『Ⅲ』へとあのメールは送られた。アオは同じ道を進んでいた『Ⅱ』から、ヴェルグ・シュナイダーの死後に『Ⅲ』に来た。
十分にややこしい状況だ。だがもう一通のメールの存在が、更に事態をややこしくしている。それが、アオが出現したあの日に読んでいたメールだ。
あれは、時空を超える特殊なメールシステムを使っていない。一般的なインターネット回線に長期保存されていたものだ。
実に―――百年もの間。
「人類は衰退しました、か」
文献に在った言葉に、ソリアは苦笑する。
急速な技術発展にも、結局限界は在る。百年前に人類は既にその頂点に達し―――そこからはそれに依存するだけの存在となった。技術を発展させることも、最大限活用することもなく、只享受し続けた。その結果、百年も前のメールが今も残っているのだから、悪いことばかりでは無いだろうが―――Xが人類を見捨てても、それを責める権利は在るだろうか。
「でも、私達に生きる権利くらい在るでしょう」
そう言って、ソリアは頬杖を付き、白い壁を睨み付けた。
アオは、眼前に立ちはだかった廃墟を見上げて目を細めた。
全体的には灰色の箱型で、一般的な建物である。しかし、ガラス戸などは無傷で、明らかに攻撃を外されている跡が在った。
「此処が入り口だ」
アオは扉を開いた。シュナは汗を拭き、ふらつきながら中に入る。
「……恐らくそろそろ命令が解除されるが、ロボットは基本的には人工の建物には入れない。此処は安全な筈だ」
「そうかよ」
「不安か?」
「……別に」
シュナは何処か拗ねたようにそっぽを向いた。が、アオは全てを見通していると言うように小さく笑う。
「鍵、掛けて――――うわっ!?」
アオがドアノブに手を掛けた瞬間、ドアノブが外側から弾け飛んだ。同時に、繋がった銃声が耳朶を打つ。
「……開いた開いた」
何処か嬉しそうな声で言い―――両手に銃を構えたサロスが、扉を蹴り飛ばして現れた。アオは「しまった」という顔になる。
「追い付いたなぁシュナ。で、誰一人として怪我すらしていないんだがどうよ」
「……サロス……」
シュナは床に尻餅をついたような格好で、わらわらと入って来た皆を見上げる。
「ソレダーは第二外基地に残してきたけど、俺と、ツァールトと、ナイトと、アフティ。誰も欠けてないぜ? 信頼してくれてもいいじゃねぇか」
サロスが拗ねたように唇を尖らせて、慌ててシュナは両手を付き出した。
「信じてる! 信じてるよ! だけど、やっぱり万が一が在ったら嫌だし、」
「死なば諸共さ」
ツァールトがライフルを担いだ。シュナは呆然として皆を見ていたが―――不意に俯く。
「……泣いていい?」
「あ?」
「後にしろ面倒臭い」
アオはシュナの襟首を掴んで立たせた。そして、入り口付近の四人を振り返る。
「……やっぱり来たんだな」
「ああ。君達を一発殴ってやりたくてね」
「……蹴ったからもう良いじゃん……」
「そうもいかないよ」
アオはツァールトに苦い視線を向ける。
「これはけじめみたいなものだから」
言うなり、ツァールトは拳を固め、アオとシュナの頭に拳骨を喰らわせた。
「「~っ!」」
二人は頭を押さえて蹲る。兄弟のようによく似たその格好が妙に面白く、ツァールトは口に手を当てて小さく笑った。
「仲間を信用しなさい。ちゃんと報連相を守りなさい。君達が僕達の未来を知っていても、それは既に幻想でしかないのだから」
ツァールトは二人の頭を、優しく撫でた。
「君達は、二人だけで戦ってる訳じゃ、ないんだから」
シュナは俯いて、僅かに目を伏せる。そしてやおら立ち上がると、ツァールトに凭れ掛かった。ツァールトは苦笑して、シュナの背を叩く。
「……ごめんなさい」
「はいはい」
「ごめんなさい……」
シュナの様子に、アオは腕を組んで溜息を吐く。そして部屋の奥に向かい、扉を開いた。
「此処から先は、X本部に通じる、一番警備が厳しい場所だ。ロボット衛兵が多い」
アオの言葉に、一同は表情を引き締める。
「心して行こう――――死なないように」
貴重なアオの戦闘シーンが好きです。そして伏線を回収しまくっていますが、プロローグの謎は未だ先延ばし中です。