贅沢な時間って…… その2
「行列って、何なのかしらねぇ……」
近くにあった喫茶店に入り、アイスコーヒーを頼んで一口。はぁ、とため息を吐いてからの言葉でした。
抽象的で言っている意味が今一理解できませんが、随分と呆れを感じさせる声色です。
「えっと、どういうこと?」
「どうもこうもないわよ。どうしてあんな時間を掛けてまで並ぼうと思うのかしら。私から言わせてもらえば、時間の無駄遣いじゃない」
どうやらノンノちゃんは行列というものが余りお好きではないみたいです。
「うーん。でも、それだけ並んで得られたものが素敵なものだったら、それってとても素晴らしいことなんじゃないかな」
「えー、そうかしら?」
「少なくとも、私はそう思うんだけど。だとしたら、行列にならぶことって、すごく贅沢な時間の使い方だと思わない?」
行列に並ぶ。そこから見える光景は、周りが忙しなく行き交いをしていてなかでポツンと取り残された離島のよう。とてもゆったりとした時間が行列の中では流れているように感じます。
でも、実際はそうではなくて、たどり着いた時には多くの時間が消費されていて、それを対価として漸くお宝を手に入れることが出来る。
そう考えてみると。「並ぶ」というのは凄く剛胆で大胆なことなのではないでしょうか。
「アンタの言いたいことは何となく分かったけど、相変わらず変なことを考えるわね」
「えぇー……」
変なことでしょうか?
「少なくとも「自分は今、贅沢に時間を使っている」なんて考えて行列に並んでる人なんて100人いて1人いるかどうかよ」
「えっと、その数値の出所は?」
「私の脳内よ。何か文句でもある?」
「いえいえ、全くございませんとも」
並ぶということは剛胆で大胆だと言いましたが、目の前にいるこの方も非常に剛胆な方のようです。
「じゃあさ、ノンノちゃんにとっての贅沢な時間の使い方ってなに?」
「……は?」
突然訊かれたのが予想外だったのか、ノンノちゃんは目を丸く……はなっていませんね。目が据わってむしろ半月になっています。これは驚いたと言うより、「なに言ってんのこの娘は?」という不満を表した表情だと思います。
「えっと、ノンノちゃんはどんな時が幸せだと感じてるのかなーって、ちょっと気になりましてですね、はい」
あぁっ、どんどんと顔が修羅に――、
「甘いものよ」
「え? は、はい?」
「だから、甘いものを食べて、紅茶を飲みながら本を読む。これが贅沢な時間の使い方よ」
ノンノちゃんは「これで満足した?」と言うと、私から顔を逸らし窓の外を眺め始めました。
よくよく見てみと、ノンノちゃんの耳が仄かに朱色に染まっているように感じます。
成る程、恥ずかしかったのですね。
それでも私の質問に答えてくれるノンノちゃん。これは修羅ではなく天使です。ちょっとツンとしている天使です。
ちょっと思ったのですが、「アンリさんとお話ししている時、この時こそ私の至福の時間よっ!!!!」とは言わないのですね。私の妄想ではノンノちゃんはきっと、いや絶対言うだろうなぁと思っていたのですが、何というか意外でビックリです。
「……ちょっと、なによその不満そうな顔は。どうして、こんな恥ずかしい思いをしたのに不服に思われなくちゃいやないのよっ!」
「えっ。も、もしかして顔かなんかに出てしまっていたりなんかしましたか?」
「ミツル、言葉が不自由になってるわよ」
「あはははは……」
ズバッと図星のど真ん中に突き刺さった指摘の矢に、私は苦笑いをするという形で返事をします。
「もしかして、私が「贅沢な時間? そんなのアンリさんと話している時に決まってるじゃない!」とか言うと思った?」
「おぉっ! ちょっと違うけど概ねそんな通り」
「確かに、アンリさんとお話している時は幸せな時間かもしれないわ」
ノンノちゃんは真剣な表情で語り始めます。
「でもね、それは『時間の使い方』とはちょっとニュアンスが違うじゃない。それだと贅沢な時間を得るためにアンリさんの処へ行く、ってことになるでしょ? 偶々会って、お話をするからこそ贅沢なのであって、私がアンリさんの時間を奪ってまで会話をするなんて、図々しいじゃない」
そこらへんの弁えはちゃんと出来てるのよ、私は。と語り終えたノンノちゃんは、とても誇らしげな表情をしていました。