思い出の……。 その3
「うぁぁぁ……、頭が痛い……」
私はヒリヒリする頭を労わるため、優しく摩ります。
恐らく私の頭には、たんこぶが出来ている事でしょう。これがもし漫画とかの世界だったらプクーッと風船のように膨れ上がっているに違いありません。
まぁ、悪戯心をもってノンノちゃんと接触した私が悪いのは確実なのですが、この過剰な返しはあんまりだと思います。
「ふん、自業自得よ」
そっぽを向きながら、ノンノちゃんは私の言葉に棘を指します。
「ねぇねぇのんのちゃん、何の本を読んでたの?」
私は改めてノンノちゃんに尋ねます。
「そんなに気になるの?」
「うんっ」
「……なんでそんな力強く頷くのよ」
ノンノちゃんが呆れたような表情で私を見てきます。
「それはもう、気になるからですよ」
「アンタのその、何でも気になる癖が非常に恨めしいわ……」
そう言うノンノちゃんの声は、この前テレビで見た、井戸の底から女性が這い上がってくるときに発する、低くお腹に響くようなあの呪詛によく似ているような気がします。
要するに、とてもホラー。
「でもまぁ、そんな意地でも隠すようなものでもないし」
ほら、これよ。と若干投げ遣りな感じに(そういうに見えるけど実は丁寧に扱っているのは一目瞭然)手に持っていた本を私に渡してきました。
「これは……絵本だね」
「ええ、そうよ」
ノンノちゃんは私の手から絵本を取り返します。
「この本はね、私が小さい頃によくお母さんに読んでもらったものなの」
ノンノちゃんが手に持った本を慈しむように撫で、見つめます。
その眼差しはかつての頃を思い返しているかのような、郷愁の念が籠っているかのように感じます。
「なるほど。じゃあ、その本はノンノちゃんとノンノちゃんのお母さんの思い出が詰まった大切な本なんだね」
「……まあね。っていうか、なんでそんなにニコニコしてるのよ?」
私は頬に手を当てます。頬が上がっていました。
「えっと、ノンノちゃんの大切な本が知れて嬉しいなぁって思って」
私の答えに、ノンノちゃんは「ふーん」と些か素っ気ない相槌をすると、こっちに近づいて来て――
「ふんっ」
頭部に再びの衝撃。
「えっ? な、なんでぶつのっ?」
突然の出来事で、変なイントネーションで訊いてしまいました。
「なんでぶつのかですって?」
「う、うん」
ノンノちゃんの呆れた視線と正面衝突します。
「……そんなの決まってるじゃない」
ビシッ! と効果音が付く様なキレのある動きで、人差し指が私の額の前に突き付けられました。
「ア・ン・タ・が」
そのまま一文字ずつ額が小突かれます。
「バ・カ・な・こ・と・を」
突かれます。
あ、手の形が変わりました。
この形は――
「言ってるからでしょっ!」
デコピン。
額に突かれる以上の痛み。
ジンジンします。
「えー……。私そんな変なこと言った?」
「言ったわよ、この脳内お花畑娘め」
ノンノちゃんは額に手を当て、はぁと溜息をこぼします。
「ふふっ。お疲れ様」
私とノンノちゃんがいないこの場所で第三者の声。そしてこの声は――
「アンリさんっ!」
ノンノちゃんがアンリさんの元へ駆け寄っていきます。その様は飼い主を見つけた仔犬の様。というか、一瞬ノンノちゃんに犬の耳と尾が見えたような気がします。
まぁ、錯覚なんでしょうけど。
私もアンリさんの元へ小走りで向かいます。
「どう? ノンノちゃん達の方は終わった?」
二人の様子が気になったっから来ちゃった。と楽しげな表情を浮かべ、私たちに話しかけてきました。
「ええっと、あともう少しです」
ノンノちゃんが後ろに並ぶ本棚をチラッとみて答えます。
「そう。じゃあ、一緒に終わらせちゃいましょうか」
「えっ!? 一緒に、ですか?」
「駄目、かしら?」
私の、ビックリして思わず出てしまった反応に、アンリさんが残念そうな顔をします。
「ミツルゥゥゥゥゥゥ……」
ノノノノ、ノンノちゃん!? その顔は外では、他人には見せてはいけない顔ですよっ!? もう、何と言いますか、顔が般若してしまっています。
は、早く誤解を解かないと私の未来が危ない!
「いえいえいえ! アンリさんと一緒にお仕事をするのが嫌と言う訳では無いんですっ」
だからそんな私のライフスパンが短くなりそうな顔をしないでくださいっ!
「……そうなの?」
「はい。私達がやらなくちゃいけないところなのに、アンリさんに手伝ってもらうのが申し訳なくて……」
私の答えを聞いたアンリさんは「ふふっ」と優しい表情で笑います。
あれ? 私、何か変なこと言いましたっけ。
「ミツルちゃんは本当に真面目な子ね。でも、手伝うとかじゃなくて、ミツルちゃん達と一緒にやりたいなって思っただけなの」
良いかな? とアンリさんは私に訊いてきます。
それはもうオッケーです。
「はいっ。アンリさん、一緒にやりましょう!」
そうと決まったら早速再開ですっ!
それから私たちは、どんな本が好きなのか、どんな風に休日を過ごしているのか、とか他愛も無い話をしながら作業をし、無事整理を終わらせることが出来ました。