思い出の……。 その1
「ノンノちゃん、そっちはどう?」
私は隣の本棚を整理してるノンノちゃんに話しかけます。
「んー……、まだまだね」
ノンノちゃんは本棚から一冊、本を抜き取りました。
そして、「はぁ……」と此方まで気分が沈んできそうな重い溜息を吐きます。
「どうかしたの?」
そんな様子のノンノちゃんが心配で堪らなくなって、私は尋ねることにしました。
私に声を掛けられたノンノちゃんは、ヌゥッと首を此方に向けます。
向けます……が、私の顔を見ると「はぁ……」と再び溜息を吐きました。
あの、人の顔を見て溜息を吐くって酷くないですか?
「あぁ、鬱だわ」
ノンノちゃんは、運命に絶望した悲劇のヒロインの様な表情で話します。
「うつ?」
「そうよ。ホラーってだけでも気が滅入るのに、こんなに沢山――」
話を切って、目の前にある本棚を下から上へ、右から左へ、視線を動かします。
私達が当てられたのは、ホラーの本が置かれている一室。見渡す本、何百冊全部がホラー本で統一されています。
多分、ノンノちゃんはホラーが苦手なんだと思います。そんなノンノちゃんにとって、これは許容し難い事態なのでしょう。
「そしてミツル――」
「え、私?」
本棚から私へ、ノンノちゃんの視線が移り、私と視線がぶつかりました。
「はぁ。なんでパートナーがアンタなのよ」
「それは、私に訊かれても困るかなぁ」
三度目。ノンノちゃんは溜息を吐きます。
「これがアンリさんだったら……」
「うん。それも、私に言われても困るだからね?」
「分かってて言ってるのよ」
「そ、そうなんだ」
余りに率直すぎる感想に、私は自分の頬が引き攣るのを感じました。
まぁ、これがノンノちゃんの好いところで、悪いところでも有るのですが。
「ねぇ、ノンノちゃん」
「ん? 何よ?」
「ノンノちゃんの好きな本ってなに?」
私が訊くと、ノンノちゃんは心なしか眉を顰めた、「何でそんな事を聞くの?」といった感じの表情をしてきました。
「なにそれ。新手のナンパ?」
「違うよっ!」
同姓にナンパなんて有るわけ無いじゃないですか。
……有りませんよね?
「じゃあ、なに?」
「ただ単に気になっただけ」
ノンノちゃんはどんな本が好きなのか、興味が有るだけです。
「ふーん……」
ちょっと面倒くさそうな顔をしながらも、「ま、いいわ。別に減るものでもないし」と了承してくれました。
何だかんだ言いながらも、最終的にはお願いを聞いてくれるノンノちゃんは優しい人です。
そしてアレですね。アレ。
えっと、何でしたっけ……?
「ツンデレ?」
「……何言ってんの?」
ノンノちゃんはツンドラの大平原に吹くブリザード並の冷たさを持った目で返してきます。
その目と言葉で、この場がカチンと凍ったような錯覚に陥りました。
「わっ、ごめんごめん」
「次言ったら、二九八円のあのアイス、五カップぐらい買わせるわよ。分かった?」
「わ、分かった」
その確認に私はブンブンと頭を振ります。
何というか、表情が「本気」とかいて「まじ」位に真剣なもので、これは了承以外に選択肢が無いような気がします。
でも、あのアイスを五カップとか、ノンノちゃんはオニなのではないでしょうか。合計で一四九〇円。お財布にとても厳しい約束です。
いや、でも逆に考えたらどうなのでしょうか。一四九〇円を払えばノンノちゃんに「ノンノちゃんのツンデレー!」と言うことが出来るのです。
これはこれで……、ナイですね。うん。
「よし、言質取ったわよ。えっと、それで私の好きな本だっけ? それって好きなジャンルの事でいいの?」
「うん」
「そうねぇ、好きなジャンル……。ミステリーかな」
「ミステリーかぁ……」
ベンチに腰掛け、本片手に静かに犯人を推理するノンノちゃん。凛とした雰囲気と相まって、非常に様になってます。
「うん、ノンノちゃんにピッタリだね」
「いや、好みの問題であって、似合うかどうかの問題じゃないでしょ」
「あれ、そうだっけ?」
あ、確かに「ノンノちゃんはどんな本が好きなの?」と言った覚えがあります。
でもまぁ、似合ってるものは似合ってる、で良いのではないでしょうか。
「そうよ。まったく、どうして自分で言ったことを忘れてるのよ」
腰に手を当て、ヤレヤレといった風なポーズも、しっかり者のノンノちゃんがやると様になりますね。
きっと私がやっても「どうしたの? 熱でもあるんじゃない?」とか思われそうで怖いです。
「あはは、ごめん」
「ま、いいわ。それで、ミツルの方はどうなの?」
「え、私の方って?」
「私に聞いたんだから、次はミツルが答えるのが筋ってものでしょ?」
筋って……。
「ノンノちゃん。昨日、極道ものの映画とか観たりした?」
「ん、どうしてゴクドウがでてくるのよ?」
「ううん、何でもない」
どうやら素で言っていたみたいです。
まぁ、「だから何?」という話なんですけどね。
「それで、私の好きな本はね」
「本は?」
それはもう――、
「ぜんぶっ!」
「ふーん、全部なの。……って、はぁ?」
私の答えに、ノンノちゃんは川の流れの様なツッコミを魅せてくれました。