メモワール その2
図書館通り。駅から王立図書館へと続く大通りです。
「ユカリちゃん。ここが図書館通りだよ」
私は手を繋ぎ、隣に立っている女の子――ユカリちゃんに話しかけます。
「……おっきな建物がいっぱい」
「うん、そうだね」
図書館通りにはオフィスビルやデパート、大型書店などが立ち並んでいます。
数ある通りの中で、この図書館通りが一番人通りが多く、活気に満ち溢れています。
「……ん? ユカリちゃん、どうかしたの?」
私は、ユカリちゃんがある一方向をジッと見つめていた事に気が付き、訊いてみる事にしました。
「えっと、……なんでもない」
そう言いながらも、やはりユカリちゃんはチラッチラッと、惹かれるようにソレを見返しています。何でも無いと言われても、やはり気になります。
一体ユカリちゃんが何を見ているのか気になった私は、その視線の先を追ってみる事にしました。
そして――、
「ソフト、クリーム?」
「あっ……」
私の呟きに、思わずといった様な、喧騒の中に溶けて消えてしまいそうな、雪の儚さを感じさせる声が隣から聞こえてきました。
どうやらユカリちゃんはソフトクリームが気になっていた、食べたいなと思っていたようです。
「ねえ、ユカリちゃん。ユカリちゃんは何味が良い?」
「えっ?」
「私ね、ソフトクリーム屋を見てたら食べたくなっちゃって。良かったらユカリちゃんも一緒にどうかなぁって……」
何とも胡散臭い、訊いた私でも「これはないでしょ」と思う言葉。言わずもがな、ユカリちゃんも些か可哀想なものを見る目で私を見ています。
「ミツルさん」
「はっ、はいっ!」
ユカリちゃんに呼ばれ、つい上ずった声を出してしまいました。
「チョコレートが良い」
「……えっ?」
動揺していたので、ユカリちゃんが何を言ったのか上手く聞き取れなかったため、聞き返します。
というのは実は嘘です。実はユカリちゃんがおねだりしてくれたのが嬉しくて、もう一度言って欲しかったから、聞こえないふりをしました。
「ミツルさん、チョコレート味が良いな」
全く、しょうがないな。とでも言っているかの様な、ちょっと呆れたような、でも嬉しそうな表情を浮かべ、ユカリちゃんは答えました。
「よし、じゃあ行こっか? ソフトクリーム屋さん」
「うん」
そして私たちは道路を横断し、私とユカリちゃんのお目当てである、ちょっと行列の出来ているソフトクリーム屋さんに到着しました。
私たちがレジに付くまで五分ほど掛かりそうです。
「あれ? ミツルじゃない。何してるのよ?」
レジまであと二人となったところで、左肩の方から私の名前が呼ばれました。
遠くまで届けられそうな透った声。この声の主を私は知っています。
「あ、ノンノちゃん」
声の掛かった方を向くと、私と同じ制服を着た女性が立っていました。
ノンノ・リード。私の同期で、共に立派な司書になろうと誓い合った大切な親友です。
「えっとね、ソフトクリームを――」
「いや、私が聞きたいのはそっちじゃなくて、こっちの方よ」
ノンノちゃんはそう言い切るとユカリちゃんの前でしゃがみ込みます。
「名前は?」
ノンノちゃんの青い髪とは対照的な、ルビー色の瞳がユカリちゃんを捉えます。
「……ユカリ、です」
「一人で来たの?」
ユカリちゃんはそっと首を横に振ります。
初めて私と会ったときの態度や、今の反応を見て分かったのですが、どうやらユカリちゃんはやや人見知りの気質があるみたいです。
「ユカリちゃん、お母さんとハグレちゃったみたいなんだ」
私がノンノちゃんに補足として伝えると、
「あぁ、それで偶々見つけたミツルが連れ添ってるって訳ね」
と納得したように頷きました。
「あ、そうだっ!」
大変良い名案を思い付きました。
「じゃあ、私はこれで」
「えっ? ノンノちゃん行っちゃうの?」
何故か帰る素振りを見せるノンノちゃん。どうしてそんな嫌そうな顔をしているのでしょうか。
「だって、アンタが何か閃く度に、私が巻き込まれている感じがするのよ」
「そ、そんなことないよ~」
「じゃあ、一体何を言おうとしたのか、言ってみなさいよ?」
「あのぉ、えっとぉ、良かったらノンノちゃんも一緒に、ユカリちゃんのお母さんを探さない? って……」
「はぁ、やっぱりね……」
やれやれ、とノンノちゃんは肩をすくめ、溜息を吐きます。
「あはは……、ごめんね」
「良いわよ別に。申し訳ないと思ってるなら、ソフトクリーム私の分奢りね」
「う、うんっ! ノンノちゃん、ありがとうっ!」
やっぱりノンノちゃんは優しい人です。
「な、なによ? そんなニコニコして」
わっ、どうやら嬉しい気持ちが顔に出てしまっていたみたいです。
「えっと、ノンノちゃんは綺麗で真面目で優しくて、とってもいい人だなって思って」
「んなっ? な、な、な――」
な? 一体なんでしょうか。
「なに考えてるのよアンタはっ?」
「えぇーっ? 何か変なこと言ったかな?」
「変な事もなにも、なにサラッとシレッとスラッと恥ずかしい事言ってんのよっ!」
「変な事? 私何か言ったかな? どう思うユカリちゃん?」
一体何がノンノちゃんの琴線に触れてしまったのか分からなかったので、此処は客観的位置にいたユカリちゃんに聞いてみる事にしました。
「……ミツルさんは天然」
「全くよ」
ユカリちゃんの言葉に、ノンノちゃんがうんうんと首を縦に振り同意します。
……天然? 天然物? 私は活きが良いのでしょうか?
「はぁ、これは分かって無さそうね」
「それがミツルさんという人なんです。きっと」
あれ、私が考え事をしている間に二人が仲良くなっています。
良くは分かりませんが、仲良しなのは良いことだと私は思います。
「次の方、ご注文をどうぞ」
あ、どうやら私達の番が回って来たようです。
「ノンノちゃんは何?」
「私はグレープ」
「うん。じゃあ、チョコレートを一つ、グレープを一つ、あと抹茶を一つお願いします」
「「抹茶!?」」
二人がこれでもかという位目を見開き私を見てきます。
え、あの……。抹茶、美味しいですよね?
ソフトクリームを食べながら私たちは、気の向くままに、偶にユカリちゃんに説明をしながらメモワールを歩きます。
「ここは、どんな道なの?」
辺りをキョロキョロと見渡しながらユカリちゃんが訊いてきました。
「ここはね、「グリム通り」って言うんだよ」
図書館通りを少し逸れたところを通っている道、グリム通り。
近代的な建物が建ち並んでいた図書館通りとは打って変わり、レンガ造りの建物が建ち並んでいます。
「なんか、お話の世界に来たみたい……」
ユカリちゃんは目を輝かせ、すごいすごいと繰り返し呟きます。
そうですよね。私も初めてここを訪れたとき、同じ様なことを思いました。
このグリム通りと呼ばれる道は、欧州の街並み、建築文化の保存を目的として作られたそうです。
因みに、先程ユカリちゃんが漏らしたように、「まるでお伽話の世界に来た様だ」という意味から、「メルヘン通り」とも呼ばれています。
「ねぇ、ミツル」
「なに? ノンノちゃん」
「そろそろ昼食にしようと思うんだけど、どう?」
「そうだねぇ――」
私は腕時計で時間を確認します。
時計は午後の十二時三十五分を示していました。
「うん、良いと思うよ。ユカリちゃんもそれで良いかな?」
「うん。お腹空いた」
両手でお腹を押さえ、ユカリちゃんはお腹が空いていることをアピールします。
ユカリちゃんのお腹からは「クゥ~……」といった、可愛らしい音が鳴りました。
どうやら、ユカリちゃんのお腹もご飯を食べたいと要求している様です。
「よしっ、じゃあ私がお勧めのお店を紹介してあげるねっ!」
あのお店のオムライスは、私のお気に入りの一品です。
「それ、もしかして私がミツルに教えた店じゃないの?」
「えへへ、そうとも言うかも」
そうです。ついこの間、ノンノちゃんに「良いお店を見つけた」って連れて行ってもらいました。
そして、是非ユカリちゃんにもあのオムライスを食べて貰いたいなと思ったのです。
「ま、良いんじゃない? 私もまた行きたいとは思ってたし」
「うん。それじゃあ、しゅっぱーつ!」
「おー……」
私とユカリちゃんは天高く拳を振り上げました。
「ユカリちゃん。別に無理してミツルに付き合わなくてもいいのよ?」
「……分かった」
そう言って、ユカリちゃんは上げた拳を静かに降ろしてしまいました。
ちょっと残念です。
……って、我慢して上げたのですかっ?