(4)サイゴ
(俺が最期に出来ることは……)
春樹はサンプルの抑制剤を手に持ち、自分の部屋を漁っていた。自分も長くは無いことを悟っていた。
(このままでは今まで研究してきたことが全て水の泡になってしまう!それだけは避けなければ!!)
パソコンにUSBを差し、データを移し替える。今までの研究データは全てここに入っているのだ。
『夏樹~!おい!どこ行ったんだ~??』
一方アキラは、夏樹を見失っていた。
『ん?あれは?親父さん??』
研究所内を探し回っているうちに、アキラは春樹の部屋へと辿りついた。
『おい!親父さん!!夏樹見なかったか!?』
分かっている。分かっているが、声をかけてみた。身振り手振りを大きくして顔の前で手を振ってみた。
『ま、見えないよな……』
諦めて違う部屋を探しに行こうとしたところだった。
「誰かいるのか!?」
何かを感じ取った春樹が扉の方を見つめている。そこには今まさに、アキラが立っているのだった。
『マジかよ……おい!親父さん!!!』
アキラは叫んでみた。
「……気のせいか?」
そういうと春樹はまたパソコンに目をやった。
『クソっ!あ、そうか……』
研究結果やアンケートの書かれたレポート用紙が目に入った。アキラは氷の宝玉を手にしている適合者だった。未だその力を使うことができ、成仏出来ていない魂なのだ。
「?」
また何かを感じた春樹は、そのレポート用紙の方を見た。すると不自然に濡れている。
「あれ?薬品でもこぼしたのかな?」
近づいてよく見てみると、文字になっていた。
【なつきを見なかったか?】
「!?」
春樹は驚き、その用紙を手に取りまじまじと見つめた。
「あ、アキラ君かい!?君が書いたのかい!?」
春樹は部屋中に聞こえるように叫んだ。すると違う紙が不自然に濡れていく。
【そうだ。俺はアキラだ。】
「夏樹が、どうしたんだい!?」
【夏樹を見失った。こちらの方へ走って行ったはずなんだが】
「走る……?あの子が……?」
アキラは筆談で全てを伝えた。夏樹の願いで宝玉を寄生させたこと、その影響で今は目が見えること、秋と夏樹が会って話をしたこと、研究所の実験が子供まで進んでいること、夏樹が終わりにすると言って走り出したこと。
「……そうか。夏樹が望んだのか……」
春樹はそのまま倒れ込むように近くの椅子に座った。そして少しの間呆然としていた。
するとやっとデータの移動が出来たようで、パソコンから完了の音がした
「!」
その音で我に返った春樹はすぐにUSBを抜き、ポケットに入れた。
「アキラ君、恐らく夏樹は制御室だと思う。あの子は賢い。この研究所ごと無かったことにしようとしているのではないだろうか」
『え!?』
アキラは耳を疑った。何故そんなことになるんだろうか、そして何故そこまで分かるのだろうか。
「何故かって?そんなの決まっているじゃないか」
アキラの気持ちを見透かしたように、得意げに言った。
「私が夏樹の立場なら、そうするからだよ」
春樹もこの実験を止めるには、研究所破壊しかないと考えていた。しかし、それを行動に移すにはリスクが高すぎる。
「アキラ君、悪いが、先に制御室へ行ってくれないか。私はこの抑制剤を秋に投与してくる。出来るだけ急ぐから、それまでは何もしないように夏樹に伝えてくれ」
そう言うと足早に部屋を出て行った。
『……了解』
聞こえないことは分かっているが、どこか寂しそうな背中にそう返さずにはいられなかった。
アキラは言われた通り制御室へ向かった。
『夏樹!!』
「アキラ……」
春樹の言う通り、夏樹はそこにいた。
『探したんだぞ!バカやろう!』
「ごめん……」
『後、途中で親父さんに会った』
「え!パパ!?」
『あぁ。親父さんもここへくるから、それまでは何もしないようにってよ』
「あ……」
しまった、と言わんばかりの顔で、システムを見つめる夏樹。そこにはエラー表示が出ていた。
『お前っ、まさか!』
「もう、しちゃった……」
―――爆発まで、あと2分
『なななな、何やったんだよおおおお!!』
「じばくそうちをきどうした」
研究所内に鳴り響くサイレン。いっきに慌ただしくなる人たち。
『オイ!お前も早く逃げるぞ!!』
夏樹は静かに頷き、走り出した。
「パパ!」
出口に向かって走っていると、慌てている春樹を見つけた。
「?」
見知らぬ少年に声をかけられ、一瞬不思議そうな顔で見つめていた春樹だが、夏樹の目をみてすぐにわかった。
「夏樹……なのか……?」
「そうだよ、パパ」
少し目を潤ませながら、夏樹を思いっきり抱きしめた。
「っ、くるしいよ」
それでも離そうとしない。
―――爆発まで、あと1分
そのサイレンでハッと我に返った春樹は、夏樹の小さな手を取った。
「夏樹、捜していたんだ。良かったよ会えて」
「?」
「これを、持っていてくれないか」
小さな水色の巾着袋を手渡した。
「これ、なに?」
「今はまだ見なくていい。夏樹がもう少し大人になったら、見て欲しい」
春樹は頭を撫でながらそういうと、とある一点を見つめた。
『っ!?』
そこにアキラがいるかのように、一点を見つめ、春樹は心の中で叫んだ。
(アキラ君、夏樹を頼んだよ)
「パパ?」
巾着を握りしめ、不安そうに夏樹は聞いた。
「夏樹、ごめんな。ママを連れてくるから、先に出口に行ってなさい」
「でも、もうじかんが……」
そう言いかけて夏樹は気が付いた。普段よりも明らかに顔色が悪い父親の姿を。忘れていた。宝玉を寄生していたことを。
「ぱぱぁ……」
今にも泣きだしそうな夏樹の背中を押す。
「生きなさい!!!!」
『行くぞ!夏樹!全速力で走れ!!!!』
アキラも声で夏樹の背中を押す。夏樹は無我夢中で走った。今まで研究所内を走ったことなどないが、自然と出口へ足を運んでいた。
―――爆発まで、あと30秒
「!?」
出口まであと少し、というところで夏樹の足が止まった。
『オイ!どうした早く……』
夏樹の視線の先には、泣き崩れ、壁にもたれたまま呆然としている少女がいた。近くにかけより、声をかけた。
「だいじょうぶ?なまえは?」
「……」
胸には宝玉が埋め込まれていた。
「たてる?」
夏樹より少し体が大きい少女を宝玉の力のおかげで、容易く持ち上げられた。
『夏樹、そいつ……助ける必要あるか……?どうせ……』
「このこは、だいじょうぶ。いきているよ。だからたすけるっ」
―――爆発まで、あと15秒
『クソッ!間に合あわねぇぞ!!急げ!!』
全速力で走った。担いでいる少女の足が地面に擦れようと、手がぶつかろうと、構わずに。
―――爆発まで、あと10秒、9、8、7、6
爆破までのカウントダウンが始まった。
―――5、4、3、2、1
『飛びだせ!!!』
夏樹は思いっきり地面を蹴った。
―――0、自爆装置、起動
カウントダウン終了と同時に、ものすごい爆発音が鳴り響いた。
出口ギリギリにいた夏樹は、爆風によって外へ飛ばされた。
『夏樹!!』
夏樹はアキラの叫び声が聞こえたが、地面に体を強く打ち、転がった。近くにあった大木にぶつかり、静止したが、そのまま意識を失った。
「……っ、おい!!大丈夫か!?」
誰かに呼ばれて目を覚ました。
「ん……」
目を開けると、薄暗い空が見えた。日が沈み始めているようだ。
「良かった。オイ!こっちも生きていたぞ!!!」
男は誰かに叫んだ。夏樹はその言葉にハッとした。
「けんきゅうじょはっ!!!!」
勢いよく起き上がり、周りを見渡した。研究所の火は消化されており、辺り一面には黒い炭が転がっていた。
「あ……」
全て無くなったのだ。実験も、村の人たちも、研究員たちも、大切な人も……。
あの少女も見当たらない。助けられたのかそうでないのかすら分からない。
「管理NO.119……」
ボソッと呟きながら、再び辺りを見回した。本当にこれで良かったのか、もっとみんなを救える方法があったのではないだろうか。あれだけ東雲と接しておきながら、何も気づけなかった自分に嫌気がさす。いろんな感情が入り混じり、それが一粒の涙となって表れていた。
「えっと、大丈夫?」
先程の男性がまた戻って来て声をかけてきた。
「初めして、葦井龍です」
無言で泣き続けていた夏樹は、目線だけをそちらへ向けた。
「……行こうか」
優しく差しのべられた手に、自分の手を伸ばしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「結局その少女、管理NO.119の消息は不明だったんだ。でもここにいるってことは、俺と同じタイミングで葦井さんに保護されていたようだ」
夏樹は淡々と話終えた。が、みんなは北条研究所の真実を聞いて、唖然としていた。
「えっと……つまり、なっちゃんが研究所を爆破して、飛鳥を助けた?」
「そうだ」
「それから、なっちゃんは今宝玉の力で視力を得ている??」
「そうだ」
「尚且つ、その宝玉はアキラっていう人のもので、憑依している???」
「その通りだ」
自分の頭で理解するために口に出して整理していたが、結局よく分からず綾芽は頭を抱えた。
「アキラは今もみんなを見ているぞ。俺の中で」
「じゃあさ!アキラって人と私たちってお話し出来るノ??」
「んー、そうだな、まぁ出来るかな」
少し考えてから夏樹は言った。
「まぁ、俺が起きている時は無理だけど」
「へぇー!何かすごいネ!」
さくらは楽しそうだった。
「じゃあ~、ココット村とシンボジ村は人体実験に利用されたということなのね~?」
「そういうことに、なるな……」
いづみは胸を痛めた。
「唯一の生き残り……か。辛いな、それは」
皐は断腸の思いでつぶやいた。
「1人でも助けることが出来ていて良かった、って思ったんだが……」
夏樹は俯き、続けた。
「どうやら、当人はそう思ってはいないようだったな……」
「でも、きっと分かってくれるさ」
夏樹の背中を優しく叩いた。
「だといいけど……」
「その気持ち、伝えた方がいいわ」
綾芽が力強く言った。
「え?」
「1人でも多くの人を助けたかったっていう気持ちよ」
「伝えるって、飛鳥にか?」
「そうよ」
「Sランクレイズを見ただけで、あんな反応だったんだ。もうあまり触れない方がいいんじゃないか?」
皐はそっとしておいた方がいいと提案した。しかし、綾芽は引き下がらない。
「それじゃあ隼也の頼み事はクリアにならないわ」
「隼也の頼みごとって、飛鳥くんが人並みに生活出来るように~だったよネ?」
「そうよ。このままそっとしておいてもきっと変わらない。今みたいに部屋に引きこもったままよ」
それもそうだった。飛鳥を自立させるためには、避けては通れない道なのかもしれない。
「別に戦いに参加してもらえなくてもいいわ。せめて皆で一緒にご飯食べたり、買い物に行ったり出来たら……」
「そうね~」
「まぁ、私たちにとっては一緒に戦場へ行ってもらえると助かるんだけれど」
綾芽はそう付け加えたが、それは難しいかもしれないと皆は思った。
「とりあえず、友達になることから始めましょうかね!」
張り切って言う綾芽に、その場にいる全員は嫌な予感が止まらなかった。




