(2)ケンキュウ
「詳しく、聞かせてもらえる?」
綾芽は夏樹に優しく問いかけた。
「あぁ……」
夏樹が答えるのと同時ぐらいに、館内放送が鳴り響いた。
『太陽の欠片が出現しました!少数確認しております!直ちに討伐に向かって下さい!場所は……』
「俺が行ってくる」
「え、でもっ」
綾芽は私もと言わんばかりに、走り出そうとした。
「俺1人で大丈夫だ。少数って言ってるしな。まぁ、暇そうにしてるその辺のロイズでも連れて行くよ」
綾芽の足が止まった。
「分かったわ、じゃあお願い!」
「あぁ、夏樹の話、後で聞かせてくれ」
凌は急いでサリーゲートへ向かった。
あの後、飛鳥は正気でいられなくなり、今日は挨拶程度で切り上げることになった。
綾芽たちは部屋に戻りながら夏樹の話を聞いた。
「俺の名前……知ってるよな?」
「え?名前?夏樹でしょ?」
「いや、名字の方」
夏樹以外はお互いに合っているか確認を取るかのように目を合わせた。
「氷室……でしょ?」
「それは、母方の名前なんだ」
「そうだったんダー!」
さくらは驚き、思わず大きな声が出た。
「本名は北条」
「え!?北条??」
「俺は、北条夏樹。北条研究所の一件で死亡した、北条博士の子供だ」
「!?」
人は本当に驚いた時、何も言えないのだということを証明するかのように、全員が沈黙した。開いた口が塞がらなかった。
「そうなの!?じゃ、じゃあ、あの事件のとき……」
「俺は、研究所にいたよ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――――――約15年ほど前
「夏樹~!パパだぞ~!今日もご飯いっぱい食べたかな~?」
「パパ!たべたよ!!」
ベッドの上に座る盲目の子供は、元気よく答えた。
「パパ……いそがしい……?」
盲目の子供、夏樹は部屋に入ってきた父親の声を頼りに見上げる。
「大丈夫だよ。どんなに忙しくてもお昼ご飯はここで食べるって決めてるから」
夏樹の頭を優しく撫でた。
「うん!」
夏樹の父はベッドの横に座り、お弁当を広げ食べ始めた。
「……今日もいるのかい?」
「うん。いるよ。そこで見てる」
夏樹の指さす方には何もない。壁があるだけだった。
「そうか……パパも会ってみたいなぁ」
ご飯を頬張りながら、壁の方を見て嘆いた。
夏樹は産まれた時から目が見えない。しかし、他の人が見えない物が見えるのだ。夏樹の部屋には一人、他の人には見えない人がいつも傍にいてくれるという。他の大人は信じていないが、夏樹の父と母だけは信じていて、会いたいと思っているのだ。
「ママは?」
「あぁ、ママは少し遅れてお昼にすると言っていたよ」
「そっかぁ」
盲目故に、普通の生活は出来ない。しかし仕事上、ずっとそばについてあげることもできない。そのため、仕事場兼自宅になりつつあるこの研究所の一室を夏樹の部屋とし、そこで生活していた。
ガチャ
「お、早かったじゃないか」
「えぇ。一段落ついてからにしようと思ったのだけれど、ちょっとトラぶっちゃって。ご飯食べてからにするわ」
「そうか」
「ママ!!」
扉が開き、入ってきたのは母親だった。
「それに、早く夏樹に会いたかったし」
そう言いながら夏樹を力いっぱい抱きしめた。
「ママ~!……くるしいよおぉ~」
「ふふふ、ごめんなさい」
こんな時間が当たり前だった。その時間だけが唯一の幸せ。
北条研究所は宝玉の研究をしている。宝玉が空から降って来て数百年が経つが、未だ謎だらけだ。そのため、他に役立つことはないか、危険なことはないか等様々な研究が行われている。
その第一人者が北条家であり、今の責任者は夏樹の父親である北条春樹なのだ。母親の北条秋も宝玉の研究に力を貸している。
「あ、そうだ夏樹」
「ん?」
「今日のお散歩は東雲君に頼んだから」
「え……」
「もしかしたらしばらくは一緒にお散歩出来そうにないかもしれない。今、大事な研究が進みそうなんだ」
「あなた、夏樹には難しいですよ」
「あはは、そうだった。とにかく、ごめんなぁ」
そういうと春樹は優しく夏樹の頭を撫でた。
「わかった……」
「まぁ、東雲さん優しいから、大丈夫よね?夏樹?」
「うん、だいじょうぶだよ」
一日のほとんどを室内で暮らす夏樹にとって、このお散歩は健康上、精神上とても大切なことだった。
「おっと、もうこんな時間か」
「あら、ほんと。楽しい時間はあっという間に過ぎるわね~」
そう言うと二人は慌てて食事を済ました。
「じゃあね、夏樹。また明日来るわ」
「それじゃあな」
「うん、またね。おしごとがんばってね」
二人が部屋を出てから少しして、あいつが口を開いた。
『何故嘘をつく?』
「……なんのはなし?」
『お前、あの東雲っていうやつ、嫌いだろ?』
「きらいじゃない、にがてなだけ」
『そうかい』
「ねぇ、アキラ」
『ん?』
「おさんぽ、ついてきてね」
『あぁ?またかよ……』
「おねがい……」
『わーったよ』
「……ありがとう」
夏樹は少しだけ笑った。夏樹だけに見えるそいつは、アキラ。何のために存在しているのか、何のために夏樹のそばにいるのかは不明だが、いつも一人ぼっちの夏樹にとっては、良き話し相手である。そして、信頼度は東雲より上のようだ。
「ねぇ、アキラ」
『ん?』
「せかいにはいろがあるんだよね?」
『あぁ』
「なにいろ?」
『………いろんな色だよ』
「いろんな?あおとかあか?」
『あぁ』
「きいろやみどりも?」
『あぁ』
「ふ~ん……そっかぁ……」
夏樹は羨ましそうに窓から外を見た。
「いっかいでいいからみてみたいなぁ……」
夏樹の目には何も映らない。今までも、これからも。色の無い世界を見てきた夏樹にとって、青や赤の言葉は知っている。ただそれだけなのだ。
コンコン
「夏樹ちゃん?入っていいかな?」
ドアの向こう側からノック音と共に、男性の声がした。
「はーい……」
返事をすると、1人の男性が部屋に入ってきた。
「お散歩行こうか?」
笑顔で夏樹の手を取るこの男性=東雲は、夏樹の父と同じように白衣を身にまとい、白銀の髪にメガネをかけていた。夏樹は渋々お散歩に行く。同じくアキラも渋々付いて行く。
「今日はいいお天気だね~」
右手は夏樹の手を握っているので、反対の手で伸びをしながら東雲は気持ちよさそうに言った。
「……」
『おい、夏樹。話しかけられてるぞ』
「っ!」
東雲を無視する夏樹に親切心で声をかけたアキラだったが、うるさいと言わんばかりに睨まれた。
「あれ?夏樹ちゃんどうしたの?具合悪い?」
「……だいじょうぶ」
「そう?じゃあ、今日は公園の方に行こうか」
夏樹が飽きないようにと、毎日少しずつルートを変えてくれている。駅の方に行ったり、商店街の中を通ったり、夏場は川へ行って水に触れることもある。東雲なりの気づかいだった。
そんな毎日を繰り返していたある日のことだった。お昼になっても両親が夏樹の部屋に来ない日が続いていた。
「……」
『今日もか』
明らかに寂しそうにしている夏樹になんと声を掛けたらいいか分からず、アキラは困っていた。
「……って」
『ん?』
とても小さい声だったので、アキラは近づいて聞き返した。
「どんなにいそがしくても……っていってたのに」
『あぁ……そうだったな……』
夏樹は今にも泣きだしてしまいそうだった。両親が顔を見せなくなってもう1週間が経とうとしていた。東雲との散歩だけ。中には散歩すら無い日もある。東雲に聞くも、「忙しくて来られないみたいだ。謝っておいてくれと言われている」としか答えてくれない。東雲を信じていない夏樹にとってはそれも不安要素なのだろう。
『……ちょっと待ってろ』
アキラはそう行って部屋から出て行ってしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(クソッ、俺は何をしてるんだよ……)
自分の行動に苛立ちながら、アキラは研究所内を彷徨っていた。部屋を飛び出したものの、夏樹の部屋しか知らないアキラは、研究所のどこに夏樹の両親がいるのか分からなかった。当たり前だが、研究所は広い。見たことのない人間も多い。アキラは手当たり次第部屋を覗いて行った。
(……どこにいるんだ?まったく……)
疲れてきていたその時だった。地下を彷徨っている時、怒鳴り声が聞こえてきた。聞きなれた声だったので、その部屋に入ってみると、春樹と東雲がいた。
(見つけた!!)
しかし、険悪な雰囲気だった。
「東雲君!君は正気か!?」
「えぇ、もちろんです。宝玉を体内に寄生させて、太陽の欠片を退治します」
「それは私も考えたことがる。しかし、どう考えても人間の体は宝玉の力に耐えられないのだ」
「耐えられる人間もいるかもしれないですよね」
「それをどうやって見つけるんだ?」
「実験するしかないですね」
「私はマウスで実験した。寄生させたら確かに強くなったし、足の悪いマウスが元気に走り出した。しかし、宝玉を外すと1分と持たず全て死んでしまった……」
「マウスですよね?人間ではやってないですよね?」
「人間……いったい誰を……私はそんなの認めないぞ!私の許可無く、人体実験など許さない!」
「そうですか……では、夏樹ちゃんはどうなってもいいんですね?」
「っ!?」
「あの子確か……盲目、ですよね?実験台には丁度いいじゃないですか」
「何を……!」
「きっと見えるようになりますよ、寄生させたら……」
東雲は不敵な笑みを浮かべた。
「夏樹はダメだ。あの子はまだ幼い。私も夏樹の目が見えるようになったらいいなと考えたが……」
「では、実験を許可して下さい」
「それとこれとは話が違うだろう!」
「毎日お散歩しているのは誰ですかね?この忙しい中、他人の子の面倒見ているのは誰ですか?」
「……東雲君がダメなら他に頼むよ」
「へぇ~……いったい誰にですかねぇ~」
確かに以前よりも太陽の欠片が活発化してきており、LRH本部からも宝玉の解明を急がされているのは事実だ。それに、徹夜で作業することも少なくない研究員たちの疲労が溜まり、辞めてしまう人も多数いる。現状、研究所は人手不足だった。そんな中、自分の子の面倒を見てくれなど言えるはずもなく、春樹の直属の部下であり、春樹が一番信頼を置いている東雲に頼んでいたのだ。
「私たちでなんとかする」
(そういうことだったのか……)
アキラが目撃した数日後には、春樹が夏樹に会いに行ける日はゼロに等しかった。
そして東雲は秋にも話を持ちかけ、半ば脅すような形を取ってきた。
「あなた、東雲さんのこと……」
「あぁ、分かっている」
「一度、彼の好きなようにさせてみてはどうかしら……。事がひどくなるようなら、止めればいいわ。話が通じない相手ではないでしょう?」
「でも……」
「彼はまだ危険だということをわかってないのよ。人体実験に至るまでに怖くなって、きっと思いとどまってくれるわ……」
春樹は秋と相談し、実験を許可するとともに、夏樹のお散歩も引き続き頼むことにした。
アキラは数日かけて様子を見てきた。研究が忙しくなっていること。それでも両親は夏樹を気にかけていること。東雲が人体実験をしようとしていること。その実験に夏樹が巻き込まれそうになっていること……。この事実を、幼い夏樹に言ってもいいものかと、アキラは悩んでいた。
「アキラ……」
最近夏樹の部屋にいることが少なかったためか、アキラが考えながら部屋へ入ると、すぐに夏樹が駆け寄ってきた。
『どうした』
「……アキラ」
『ん?』
「アキラも……?」
『ん?どうした?』
訳が分からず、アキラはしゃがんで夏樹に目線を合わせた。
「アキラも……なつきのこと、きらいになったの……?」
『????』
さらに訳が分からなくなった。
『何を言っている。誰もそんなこと言ってないだろ』
「だって……さいきん、いないから……」
『あ……』
両親も会いに来てくれない、アキラも部屋にいない。毎日顔を合わせるのは東雲だけ。そんな日が続いて、夏樹は不安だったのだろう、今にも泣き出しそうだった。
『わ、悪かったよっ。ちょっと野暮用で、その、あの……寂しかったのか……?』
「さみしかった……こわかった……」
今にも目から涙がこぼれ落ちそうだった。
『怖かった?何かあったのか?』
「しののめが……」
それっきり話そうとしない。アキラは不思議に思い、問いただす。
『東雲がなんだ?何かされたのか?』
夏樹の手や足を見るが特にアザや傷は無い。暴力を振るわれているようではなさそうだった。
『どうした?言いたくないのか?』
アキラは俯いたまま何も言わない夏樹に困り果てた。
『俺には解決出来ないことか?』
「……わからない」
『いいから話してみろ』
少し強めに言うと、夏樹はやっと顔をあげた。
「しののめが、さわってくるの……」
夏樹はそう言いながら自分のお尻をさすった。
『はぁっ!?』
いつもより大きな声が出た。
「それから、ここも……」
夏樹はその手をそのまま前に持ってきて同じくさすった。
「あと……」
『もういい!分かった!よ~~く分かった!!』
それ以上見たくなかったアキラは、夏樹の言葉を遮った。
『あの、エロ親父めっ……!!』
怒りが込み上げてきた。アキラがいないことを東雲は知っているのか、見えているのか。それとも今まで見てきたはずなの気が付いていなかったのか。今まではそんな素振り1つも無かったのに、なぜ……。
『はぁ~。わかった。すまん』
「?」
何故アキラが謝るのかとでも言いたげな顔で、アキラを見つめた。
『お前の両親のことを見てきたんだ。ここ数日観察していたんだ。だから部屋に来れなかった』
「え……」
『でもまさかその間にこんなことになっているなんて……』
アキラは触れられないもどかしさに苛まれた。
『怖かったよな。ごめんな』
「うん……」
夏樹は安心したのか、泣き出してしまった。零れ落ちる涙を自分の袖で拭う。
『この研究所で異常が起こっているのは確かなんだ。でもまだよくわからない。もう少し我慢出来るか?』
「……」
『どうしてもいやなら大きな声を出せ。周りが気が付かなくても、俺が気付く』
「……わかった」
それから数週間が経ち、事態は良くない方向へと進んでいた。月に1度、春樹はLRH本部へ研究の報告の為、出張に行く。滞在期間は3日。往復を考えると5日程研究所に戻らない。
「ココット村とシンポジ村にアポは取っているか?」
「はい。問題ありません。」
「では、行こうか」
春樹が留守の間を狙って、東雲は近くの村にアポイントを取り、実験に協力してもらえるよう話を付けていた。
「秋さん、いいですね?予定通り頼みますよ?」
「……分かったわ」




