(1)イキノコリ
「悪いな、手伝って貰って」
「別に、これぐらいどうってことねぇよ」
資料室にて、夏樹と凌は大量のファイルや、本を棚に戻していた。LRHには、今までの戦いの記録や、これまでに分かった宝玉のこと、太陽の欠片や、世界のこと等の資料や本がたくさん保管されている。それをこれからの戦いや研究の為に利用したり、みんなが自由に閲覧出来るように資料庫に保管されているのだ。
青桐博士に廊下でばったり会った二人は、大量の資料戻しを頼まれたのだ。夏樹は自分が借りていた資料もあった為、ついでにと了承したもののその量に驚いた。到底一人では終わりそうになかったので、凌にお願いして協力してもらっている。
「ありがとう」
「え、いや、あぁ、どういたしまして。それにこんな量、ありえねぇだろ。あの野郎、ため込み過ぎだ」
いつもあまり表情を変えないことが多い夏樹の笑みに、少し戸惑いながら返事をした凌は黙々と作業を進めた。
(そんな顔も出来るんじゃねぇかよ……)
「ぅわっ!出よった!!野良犬め!!」
すると背後から急に声がした。振り返ると同時に凌も血相を変えて反応した。
「なっ!!堕天使じゃねーか!!」
「だれが堕天使やねん!」
「そっちこそ誰が野良犬だよ!!」
目を合わせた瞬間に痴話げんかを始めた二人を眺めながら、夏樹は混乱していた。
「??」
「あ、悪いな。えっと……。こいつは堕天使こと、梓潼隼也だ。俺の昔からのダチだ」
「へぇ~!」
「………!!」
夏樹は関心し、自己紹介しようとしたところで、遮られた。
「なんやねんこの天使みたいな子は!!!」
「……はぁ?何言ってんだ、お前」
関西弁を話すこの男、梓潼隼也は、夏樹の可愛らしい見た目に驚いていた。
「こっちは、北条夏樹。同じ第202期生だけど?」
「なっ!」
「それから、こんな見た目だけど、一応男だからな」
「なっ!!」
「多分お前が想像しているような性格じゃなく、冷静沈着だから、変なことして凍らせられないようにな」
「なっ!!!」
次々と舞い込む情報の処理が追い付いていないのか、隼也は開いた口が塞がらなかった。
「一応ってなんだよ。れっきとした男だよ」
「まぁまぁ、そこはいいじゃねぇか」
「よくない」
少し不機嫌になってしまった、夏樹を横目に、作業を再開した。
「な〜んだ、奇妙なエセ関西弁が聞こえると思ったら、隼也じゃないの〜!!」
そこへ綾芽がやってきた。綾芽は茶化すように隼也の肩を大袈裟に叩いた。
「痛っ!なんや、綾芽やん!久しぶりやなぁー!」
「ほんと久しぶり〜!」
「二人とも知り合いなのか?」
夏樹は二人に聞いた。
「ええ、そうよ。私と凌と隼也は幼馴染みなの」
「そうなんだ……」
「つーか、エセ関西弁はやめてやー」
「え、だって〜」
「エセ関西弁の堕天使か」
「お前はうるさいわ」
「あぁ?」
「なんや、やるんか?」
「いいぜ?別に」
「はい、そこまでー」
手慣れたように二人の言い合いを終了させた綾芽は、思い出したように凌に言った。
「そうそう、凌を捜してたのよ。そしたら博士に会ってね。用事を頼んだって聞いて」
「そうか、俺に何の用だ?」
「何のって、忘れたの?今日は午後から手合わせ付き合ってくれるんでしょ?」
「あ、忘れてた」
「もうっ!」
「俺が資料整理頼んだから……」
「なっちゃんは悪くないのよ」
申し訳なさそうに言う夏樹を、綾芽はかばった。
「そうそう。忘れてた野良犬のせいやからな!」
「うるせぇな、いちいち」
「なんや、お互い様やろ」
「ちげーし、俺は真実を述べているまでだ」
「そんなん俺かてそうやわ」
「はいはいはい、もう仲良くしなさいよ」
まるで二人の母親のようになだめる綾芽を見て、夏樹はなんだか可笑しくなってきた。
「なっちゃんどうしたの?」
「いやっ、何も。あ、そうだ。凌、もう資料整理もあと少しだから、綾芽に付き合ってやってくれよ」
「え、でも……」
「いいから」
「おぅ、分かった」
どこか残念そうな凌は綾芽と一緒にその場を後にした。残った夏樹は残りの資料を棚に直した。隼也も同じく借りていた資料を返しにきたらしく、棚を見渡しながらウロウロしていた。
「どの資料借りたの?」
返す場所を一緒に探そうと、夏樹は声をかけた。
「え?あぁ、すまんな。これやねんけど……」
それは宝玉の寄生型について書かれている本だった。
「これ……」
「あぁ、仲間が、な。その……201期生の生き残りが俺以外にもおんねん。そいつの為に少しでも知識を得ようとしたんやけど、なんや難しくて俺には理解出来ひんかったわ」
苦笑いした隼也の表情からは少し悔しさがにじみ出ていた。
「そっか……。201期生だったんだ……」
「あぁ、カッコ悪いけどなぁ」
第201期生は、攻めてくる太陽の欠片から街を守るというなんでもない任務に就いていた。しかし、事態の収拾が完了しそうになったときだった。急にレイズが現れ、暴走し始めたという。後から分かったことだが、そのレイズは世界に三人しかいないとされているSランクだったのだ。そのSランクレイズによって、第201期生は半分が死亡。隼也が他二名を引き連れて、ぼろぼろになりながらもなんとか帰還したという。そのうちの一人は寄生型のようで、仲間が死んでいく悲惨な光景が目に焼き付き、もう戦場に出ることは不可能となってしまった。
「……噂では聞いていたが、本当だったんだな」
「あぁ……」
「その子、今はどうしている?」
「ここに住んでるわ。まだ療養中やけどな。あの頃に比べれば、もう普通やで。あの頃はほんまに悲惨やったわ……」
「そっか……」
「ん?どないしたんや?」
「え、あ、いや……。何でもないけど」
「そうか。あ、ここやな」
少し落ち込んでいる夏樹を気にしつつも、隼也は棚に本をしまう。
「ほな、俺、行くわ。今度このこと、綾芽に言ってみようかなって思ってんねん」
「え……?」
「まぁ、その時は、夏樹もおるやろうからな。じゃあまたな!」
「うん……?」
意味深な言葉を残して、隼也は行ってしまった。
次の日の夜―――
「はぁぁぁ……」
「何?凌、そんな大きなため息ついちゃってどうしたノ?」
「いや?別にー……」
「フフフ……理由を教えましょうか?」
「え!なになに!?面白いこと!?」
第202期生は仲良くみんなで晩ご飯中である。綾芽は嬉しそうに言った。
「昨日と今日ね、私と凌で訓練してたのよ」
「へェ〜」
「精が出るな」
皐もこの話題に少し興味を持った。
「でね、昨日も今日も、私の圧勝!!それで凌はへこんでいるのよ」
「なぁ〜んダ。そんなのいつものことじゃン」
「確かにな。ここに綾芽に勝てる奴はそういないだろう」
さくらは落胆し、皐は苦笑いを浮かべた。
「うるせぇよ、お前ら。分かってんだけど何かへこむんだよ!」
「ふっ……」
「おい、夏樹。今笑わなかったか?」
「え……?いや、笑ってないし」
夏樹は誤魔化すようにお茶を飲んだ。
「皆さんお揃いで」
関西の独特のイントネーションで声をかけてきたのは、もちろん隼也だった。
「あ、隼也。どうしたの?」
綾芽は食後のお茶を楽しみながら聞いた。
「いやぁ、ちょいと皆さんにお願いがありまして」
「お願い?」
「綾芽、こちらは〜?」
いづみは、隼也の紹介を望んだ。
「あぁ、そうね。こちらは、第201期生の梓潼隼也。私と凌の幼馴染みよ」
「あらまぁ〜。初めまして〜」
「幼馴染みかぁ」
「いいナー、そういうノー」
個々に挨拶を済ませ、本題に入る。
「それで?お願いって?」
「それやねんけど、皆に会って欲しいヤツがおるねん」
「へぇ〜。どんなヤツなんだ?」
凌もご飯を食べ終わり、話に集中した。
「同じ、第201期生や。ただ、ちょっと問題を抱えててな。アイツを人並みに自由に生活出来るようにしてやりたいねん」
「そうなの……」
綾芽は少し考えたあと、すぐに結論は出た。
「断る理由がないわ」
「だよネ」
「仕方ねぇな!」
さくらと凌もそれに同意した。
「あ、ありがとう!ほんなら早速やけど、明日頼んでもええか?」
「えぇ。明日はまだ任務の話はないから今のところ大丈夫よ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日、とある部屋に向かいながら綾芽たちは隼也の話を聞いていた。
「今から会ってもらうのは、野伊原飛鳥。見た目は大人やけど、中身は子供や。子供の時に宝玉を寄生して、性別と年齢どっちも変化してもうてる」
「それって、X型じゃン!」
「世間ではそう呼ばれているみたいやな」
「そりゃあ、まだ子供なんだろ?正気でいられる方がおかしいだろ」
「そうね~」
「そう言ってもらえたら、どんだけ楽か」
隼也は自嘲気味に笑った。
「わがままやねんけど、憎めんヤツや。みんなよろしく頼むわ」
「分かったわ」
そうこうしていると、とある部屋に到着した。その前には一人の少女が立っていた。
「おぉ、雫」
「……そのひとたちが?」
「あぁ、そうや」
その少女は綾芽たちを凝視した。
「っ……。隼也?この子は?」
小学生ぐらいの子が腕いっぱいに抱えるぐらいの大きさの鏡を持った少女=雫のあまりの目力に圧倒されながらも、綾芽が聞いた。
「あぁすまんな。あんまり凝視すなや」
隼也がやんわり止めると、その子は隼也の後ろに隠れるようにしてまだこちらを見ていた。
「この子も生き残りのうちの一人や。黒木雫って言ってな、この子も寄生型やねん」
「そうなの……」
「この子は見た目子供やけど、中身はちゃんと大人やから安心して」
「分かったわ。雫ちゃん、宜しくね」
「…………よろしく」
雫は恥ずかしいのか、隼也の後ろから小さな声で返事をした。
コンコンと、隼也はドアをノックした。
「飛鳥ー?入るで~?」
「うん」
問いかけるとすぐに返事は返ってきた。とりあえず、隼也だけが入室した。
「体調はどや?」
「だいじょうぶだよ」
「そっか、よかった」
「……あの人たちだれ?」
未だ閉まる気配のないドアに違和感を覚え、誰か来ていると感じ取った飛鳥は、隼也に問い詰めた。
「ねぇ、だれをつれてきたの……?」
「まぁ、そんな怒るなや。飛鳥の友達になれたらなぁ思て連れてきてん」
「ともだちなんていらない」
「話し相手ぐらいいるやろ?俺ばっかりじゃ飽きるやろう」
「だいじょうぶ。ボクにはいらない」
そういうと、部屋の一番奥に隠れてしまった。
「はぁ~。まぁええわ。入って」
皆は戸惑いながらも部屋に足を踏み入れた。
「大丈夫なの?なんか、変に刺激してない??」
さすがの綾芽も心配になった。
「大丈夫や。なんとかなるわ」
飛鳥は顔だけのぞかせてこちらの様子をうかがっていた。
「飛鳥~、隠れてんと出ておいでや」
「…………」
「あすか、このひとたちはいいひとたちだよ」
いつまでも顔しか出さない飛鳥を隼也と雫は説得した。
「…………っ」
数分後、観念したのか、飛鳥は姿を現した。クマのぬいぐるみを両腕で抱え、こちらを睨みつけている
隼也と綾芽の目が合った。まかせて、と言わんばかりにアイコンタクトした綾芽はゆっくりと飛鳥に近づいた。
「初めまして、私はレイズの長谷川綾芽です。飛鳥…くん?でいいのかな?」
見た目は可愛らしい女の子だが、中身は男の子のため、綾芽は悩んだ。
「…………」
「私たち、飛鳥くんのお友達になりたいなぁ」
「…………」
「だから、何か困ったことがあったら、遠慮なく言ってね?」
「…………」
飛鳥はそのままの姿勢でじっと綾芽を観察した。何も言わずただじっと……。そして少しの沈黙の後、やっと口を開いた。
「…………ねぇ、隼也」
「お?なんや?」
「どうしてボクのまえに、Sランクをつれてきた?」
「え?」
「おねぇちゃん、Sランクだよね」
「えぇ……そうだけど……」
「じゃあ、ボクのまえからきえてくれないかな?」
飛鳥は笑顔だった。でもどこか悲しげな、悔しげな表情にも見えた。
「飛鳥、綾芽はあの時のレイズやないで?」
「しってる。それでもいやだ。もうかかわりたくない」
そういうと飛鳥は綾芽に背中を向けてしまった。
「飛鳥っ!」
「待って、いいのよ」
隼也が怒鳴ろうしたのを綾芽は止めた。そしてゆっくりと話し始めた。
「飛鳥くん、あなたの話は聞いたわ。怖い思いをしたのね。それでも、適合者である限り、宝玉からは逃げられないの」
「…………」
「つまり、戦いからは逃げられない。ここにいる以上は戦力として考えられるのが普通よ」
「っ………」
飛鳥は握り拳を作り、ぎゅっと力を込めた。
「ここにいるいじょうって……」
「ん?」
「ボクは……ここにいるしかないんだ……」
「帰る場所が無いってこと?そんなの私も同じよ?」
「違うっ!」
飛鳥は勢いよく振り返り、綾芽の目を見つめた。
「ボクはきせいがただよ」
「え、えぇ……」
「ほうぎょくなんてきせいしたくてしてるわけじゃない」
「え?」
「飛鳥……」
隼也の表情が暗くなっていく。
「どういうこと?」
「ココット村とシンボジ村ってしってる?」
「えぇ……確か……」
「結構前に近くの町と吸収合併された村よね~?」
悩んでいた綾芽の代わりに、いづみが答えた。
「……ちがうよ」
少し間を置き、俯きながら飛鳥は続けた。
「きえたんだよ」
「えっ!?」
その場にいるみんなが驚いた。ただし、1人を除いては……
「っ!!」
「夏樹、どうした?」
隣で異常に反応している夏樹を心配して、凌が声をかけた。
「嘘……だろ……」
夏樹は震えていた。
「夏樹……?」
凌は夏樹の顔を覗き込んだ。すると今まで見たことのないほどに血相を変えていた。
「消えたってどういうこと!?」
「聞いていた話と違うわねぇ~」
綾芽やいづみは混乱していた。
「ほんとだよ。きえたんだ。むらも、むらびとたちもみんな……」
「え……でも……」
「ほんとだよっ!ボクはココットむらにすんでたんだよ!」
信じてもらえていないからか、飛鳥は感情的になった。
「その子の……飛鳥の言っていることは本当だ……」
顔色を変えながら、夏樹は肯定した。
「え?なっちゃん何か知ってるノ?」
「……生きて、いたんだな。管理№119……」
「!!」
そう言った瞬間に、飛鳥は夏樹に跳びかかった。
「てんめぇ!!なんでそのばんごうをしってんだよお!!!」
飛鳥は血相を変え、夏樹の胸ぐらを掴み、震えている。
「てめぇ……もしかして……かんけいしゃか……?」
夏樹は飛鳥と目を合わさずに、小さく頷いた。