(4)メイレイ
――――――――今から15年前
二人が、戦友に、親友になるのにはそう時間はかからなかった。
「お前たちは今日から機動部隊の隊員だ!隊員らしく、恥のないように、訓練に励みたまへ!!」
「はっ!」
全新隊員は、教官である藍沢に敬礼した。今年の新隊員希望者は150人。この中で生き残れるのはほんのひと握りだ。
その中でも一際目立っていたのが、当時から総司令官の座に座っていた雛罌粟の息子である、雛罌粟皐と、入隊前の新隊員訓練で成績トップだった、猫柳蓮だった。
「あの二人がいる限り、俺達にチャンスなんて回ってこないよな」
「運が悪かったぜ……」
「運のせいにしないで、あなたたちの実力がないだけでしょ」
他の同期が怪訝する中、一人の女だけは、二人を認めていた。
「皐!蓮!」
「おぉ、栞那」
皐は小さく返事をした。
「まさかお前も入隊するなんてな」
「なに?ダメなの?」
「いやいや、ダメじゃないけどさ」
蓮は茶化すように言ってみせた。茶髪のゆるふわカールに、大きな瞳という見た目からは考えられないほどの、強気な性格をしている橋詰栞那は、目立ち過ぎる二人と唯一普通に話をしてくれる、仲間だった。
「二人には負けないからっ!」
「あったりめぇだ!」
「…………」
「ちょっと、皐!どこいくの?」
何も言わずにその場を立ち去ろうとした皐を、栞那は引き止めた。
「……部屋に戻る」
小さく呟いた皐は、そのまま歩いて行ってしまった。
「なんだよ、あいつ」
「ふふっ」
「ん?なんで笑ってんだよ」
「別にぃ〜?仲良しだなぁ〜と思って」
「はぁ!?意味わかんねー」
「ふふっ。照れないの。ねぇ、蓮?」
「照れてねぇし!……なんだよ」
「私達が出会ったのって、偶然だと思う?必然だと思う?」
「はぁ?…………何言い出すんだよ、お前は」
「私はね、必然だと思うんだ」
「なんでだよ」
「私と蓮は幼馴染みだから、ちょっと違うけど。でも、蓮と皐は……。素敵な出会いだと思うの」
「…………言ってろ」
「あ!ちょっとぉ〜」
栞那の言葉に呆れた蓮は、そのまま颯爽と歩いて行ってしまった。
「もう、素直じゃないんだから」
新隊員の訓練は、入隊してから約2年程は、筋力作りがメインになる。この訓練で半数以上が脱落するのが当たり前なのだ。この期も、3年が経とうとする時には、三分の二が脱落していた。
「では、この前行った、新型機SS-01(ダブルエスゼロワン)に搭乗してもらうパイロット適性検査の結果を伝える。それとともに、お前たちの配属先も決まっているので、配布した書類を見てほしい」
皐たちが入隊してから5年が経とうとしていたとき、新型機が開発された。これは戦闘を長時間続けることにより、機体そのものの温度が上昇する。最高点まで上昇したときに真の力が発揮されるという代物だ。この最高点まで上昇したときの、温度や圧迫感に耐えきれる者が、パイロットにふさわしいとされているのだ。
「見ての通りだが、第一部隊には雛罌粟皐と橋詰栞那。そして、SS―01には雛罌粟皐に搭乗してもらうことになった」
会場がざわついた。新隊員から第一部隊へ配属になるのは珍しいことだった。もちろん優秀な人材がいればそのようになるのだが……。
「ちょっと、待ってください!俺は……」
「雛罌粟、これは決定事項だ」
「っ……」
藍沢教官に強く言われ、皐は言葉に詰まる。
「あのぅ、私は……?」
「橋詰の配属は急だったからな。リペア搭載機担当は数少ない。この前第一部隊所属の者が痛手を負ってしまったのだよ」
「……そうですか」
「では、これから各所属部隊に分かれてミーティングを行う。各自遅刻しないように!解散!!」
リペア搭載機とは、負傷した機体の簡単な治療ができる機体である。この機体は操るのがとても難しく、頭の切れる人間でないと乗りこなせないのだ。
「よっかたじゃねーか!皐!」
「……え?」
解散後、蓮は皐の肩を強く叩きながら話しかけた。
「え?っじゃねーよ。第一部隊だろ!」
蓮は自分のことのように喜んだ。
「……あぁ、そうだな」
「蓮は?どこに配属になったの?」
栞那も話に入ってきた。
「俺は第二部隊だ」
「そう。まぁ、やることは同じだからねー」
「まぁな。てか、栞那もすげーな!」
「やだぁ、やめてよー。私のはまぐれよ。ま・ぐ・れ」
「そうかぁ?あーあ。俺、適性検査けっこう自信あったんだけどなー」
蓮は腕を高く上げ、伸びをしながら溜息混じりにぼやいた。
「ふふっ、本当に?」
「本当だし!」
「本当だろうな」
皐は二人から目をそらしながら続けた。
「適性検査の結果は、蓮の方が優秀だったはずだ」
「え……?」
「どういうこと?」
「上に気を遣った結果だろうな」
「あぁ……」
皐は雛罌粟総司令官の息子だというだけで、どこか特別扱いされている面がある。どうしても平等には見てくれないのだ。今回の件もそれが関係しているようだった。
「俺は……そこまで優秀じゃない……」
「おい、何言ってんだよ」
蓮は皐の肩を掴み、こっちを向かせた。
「例えそうだったとしても、お前には最新機を操縦できるだけの力があるっていうことには変わりないはずだろ?全然操縦出来ないヤツなら、いくら親の顔を立てるためであっても選ばれないはずだ」
「…………」
「皐……。ねぇ、一緒にがんばりましょう……?」
「…………あぁ」
小さく呟いてから、皐は行ってしまった。
「俺はあいつのああいうところが理解できねぇ……」
「……うん」
「選ばれたんだから、素直に喜べばいいだろ」
「うん……でもね。私、わかる気がするんだ……」
「え?」
「私だって、頑張っているのに親の顔ばかり気にされたら、いい気分ではないわ。自分を見て欲しいのよ。皐は」
「それは……」
「……まぁ、大丈夫よね。皐なら」
「……あぁ」
「じゃ、私も行くね……」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いやぁ〜。今年は二人も入ってくるとはなぁ〜!!」
「隊長、顔がにやけっぱなしですけど?」
「あぁ、すまん、すまん。俺が第一部隊隊長の柏木廉太郎だ。よろしくな」
短髪黒髪で、少したれ目の男は、柏木廉太郎と名乗りながら、皐に握手を求めた。
「……雛罌粟皐です。宜しくお願いします……」
皐は目を逸らしながら、渋々手を出した。
「おや?元気がないなぁ」
「ちょっと、皐っ。失礼でしょ!」
栞那が小声で注意した。
「はははっ、構わないよ。ところで、君は?」
「あっ、私は、橋詰栞那です。リペア搭載機担当です!」
「あぁ!君がそうなのか!よろしくね」
「は、はい!」
「私は副隊長の萩原です。で、こっちは同じく第一部隊の椿俊よ」
「………………ども」
椿はみんなに聞こえるか聞こえないかぐらいの大きさの声であいさつをした。
「宜しくお願いします!」
「……宜しくお願いします」
「萩原副隊長……。とっても美人さんですね!黒髪が素敵です!!」
栞那は目をキラキラと輝かせながら至近距離で観察している。
「そ、そうかしら?……ありがとう」
「よし!じゃあ、今から第一部隊の約束事を言うから、覚えるように!そして守るように!」
「約束事……?」
「そうだ。それは……」
柏木隊長は皐を見ながら言った。
「頼ること、だ」
「え??」
皐と栞那は目を丸くした。
「頼る?ですか??」
「そうだ。機体の中にいるとどうしても一人ぼっちだという認識をしてしまうことが多い。自分がやる、自分にしかできない、そう思って突っ込んで行く若者を俺は何人も見てきた。確かにそいつにしかできないこともあるかもしれないが、俺たちは仲間なんだぞ。特に隊長の俺には、十分頼ってもらいたいな!」
柏木隊長は太陽のように笑って見せた。
「じゃあ、リペア搭載機の私のことも頼ってもらいたいですね。機体に違和感を感じたらすぐに言ってください」
栞那も柏木隊長に乗っかって言って見せた。
「はははっ!全くだな!!」
「そうね。その時は宜しくね」
「さっ、ミーティング終わり!!解散していいぞー。いつでも出撃出来るように準備だけは怠るなよー」
「はい!あ、萩原副隊長!」
「ん?」
「お肌もきれいですね!何か秘訣とかあるんですか~?」
「ふふふ。ありがとう。これと言って特別なことは何もしていないのだけれどね……」
「…………………」
栞那と萩原は仲良く女子トークをしながら、椿は黙ってその場を後にした。
「皐」
皐も続こうと歩き始めたところで、柏木隊長に声を掛けられた。
「はい」
「何だよ、元気がねーなー。もっと胸を張れ!!」
「はい……」
「さっき言った約束事。特にお前は守るように」
「え……」
「ここではお前も一軍人だ。一番隊所属の新米隊員。特別扱いなんてしないからな。分からないことや追い詰められたときは、すぐに俺に相談すること。わかったか?」
柏木隊長はそう言いながら、皐の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわした。
「っ、…………はい」
「よし」
柏木隊長は満足気に去っていった。
「特別扱いはしない……か……」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いいか!お前ら!今日が新一番隊発足後、初の任務だ!これは訓練じゃないぞ!いつも通り気を引き締めてかかれ!!」
「はいっ!!」
とある町へと護衛にやってきた一番隊は、それぞれの配置につき、迫りくる太陽の欠片を迎え撃つ。
「皐!お前の最新機の具合、よく感じ取りながら戦えよ!」
「わ、わかりました」
新一番隊の初陣は、見事勝利で終了した。最新機の状態も良く、チームワークも抜群だった。
「よぅ、お疲れ!」
控室に戻り、休んでいる二人に柏木隊長が声をかけてきた。
「お疲れ様です」
「お前ら二人、初陣はどうだった?」
「あ。はい。なんだか、緊張しちゃいました~」
「…………」
苦笑いを浮かべる栞那とは対照的に、無表情の皐は何も言わずに控室を出ようとした。
「おい、皐」
「はい……」
「どうした?気分でも悪いのか?機体に不具合があるなら、早いうちに……」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「そうか……」
「失礼します」
皐はそのまま控室を後にした。
「なぁ、栞那」
「はい?」
「皐はいつもあんな感じなのか?」
「え?」
「俺は……嫌われているのか?」
すごく深刻な顔をしながら聞いてくる柏木隊長の言葉に、思わず笑いそうになる栞那だったが、なんとかこらえて返事をした。
「いつもあんな感じですよ。私にもです」
「そうかい?栞那とは仲良さそうにみえるが……?」
「そうですか?多分、私が付きまとっているから、諦めている感じだと思いますよ」
栞那は苦笑いをした。
「付きまとっている……そうか、そういうことか」
柏木隊長は妙に納得しながら、栞那の肩をポンと叩いた。
「……がんばれよ!」
「え?」
「努力すれば、報われるから」
「えぇ?」
「アピールも必要だな。それとなくしてみろ。ボディタッチとかな!」
「いやいやいや!そういうんじゃなくて!」
「え?でも、付きまとうって」
「そういう意味ではありません。ただ……」
栞那は俯きながら続けた。
「新隊員になったばかりのころの皐は、あまりにも暗くて……静かで……無口で……。あのままにしていたら、消えてしまううじゃないかって、思ってしまうぐらいに……」
「そうか……」
「だから、せめて話し相手にでもなれたらなって……。そう思って付きまといました」
照れながら話す栞那は、どこか悲しそうだった。
「同期で二番隊に配属になった人がいるんですけど、その人とのほうが仲良しですよ。私から見れば」
「そうか!皐にもダチがいるんだな!」
「はい」
「それならば安心だ。栞那、今後も皐のサポート宜しくな」
「はい。そのつもりです」
栞那は微笑んではっきりと答えた。
(……俺は隊長が分からない。あの人は苦手だ……。だいたいおせっかいだろ、あれは)
「あっ……」
そんなことを考えていると、皐は機体が収納されている格納庫へと来ていた。そこには椿の姿があった。
「あ」
「……椿さん、こんなところでなにを?」
目が合ってしまったので、気まずそうに皐は話しかけた。
「……いつもの儀式」
「え……?」
椿はそう言うと、機体に右手を当てながら、目を瞑り、動かなくなった。
「……?」
そのまま数分が過ぎ、時折、椿が何か声を発したような気がする瞬間があったが、皐はずっと眺めていた。
「……機体は皆、生きている」
「……え?」
「俺は必ず、任務後、こうして機体と会話をする」
「はぁ……」
この人は何を言っているんだ。と皐は思いながら、おとなしく聞いた。
「長い付き合いなら、聞こえるはずだ。皆も」
「そうなんですか……」
「個人差はあるけれど……」
そういいながら椿は皐をじっと見つめた。
「な、なんですか」
「皐……君は、きっと聞こえるよ。その最新機の声が、ね」
「俺にも……聞こえる……?」
「うん」
「聞こえるとしたら、ど、どんなふうにですか……?」
「そうだな。例えば、腕を負傷したとする。その時は、痛かったとか、もう少し優しく扱ってくれ、とかかな?」
「……まじですか」
「うん」
頷くと、椿は再び声を聞き始めた。
(第一印象から思っていたけれど……この人かなり変だ!)
そんな失礼なことを思っていると、椿が急に目を開き、問いかけてきた。
「……ところで、皐。君はどうしてここに?」
「あ、えっと……」
目を泳がせながら言い訳を考えていると、椿は何かを悟ったように言った。
「そっか、わかったよ」
「えっ?」
「皐……、隊長はいい人だよ」
「……」
急に隊長の話をする椿に、皐は何も言い返せないでいた。
「隊長は、すごい人だ。俺はそう思う。俺はあの人の下で戦うことが出来て、とても嬉しく思っている。ちょっとおせっかいなところもあるけれど」
確かに、戦闘技術や、仲間からの信頼、隊長としては申し分ないと思える。しかし……
「皆が皆、皐をそういう目で見ているわけではない。目立たないけれど、ちゃんと見てくれている人もいるということを知ってほしいんだよ」
「っ!」
「俺や、萩原もその中の一人。もちろん栞那ちゃんも、だろ?」
「……はい」
「一人ぼっちじゃない」
そう言いながら、椿は皐の頭に手を軽く置いて、にっこり笑って見せた。
「さぁ、そろそろ夕食だ。行こうか」
「あ、……はい」
何事もなかったかのように歩いていく椿の後姿をただただ見つめながら、食堂へと足を運んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
皐が新型機SS-01に搭乗してから約三年の月日が経とうとしていた。ほぼ毎日出撃することで、新型機の性能や、弱点等も詳しくわかるようになり、徐々に軌道に乗り始めた。
「よぉ!今日もお疲れさん!」
「お疲れ様です」
「皐!今日のあの判断はすっごくよかったぞ!!」
「あ、はい。ありがとうございまっ……ゴホッゴホッ」
柏木隊長は力いっぱい皐の背中を平手で叩いた。その反動で皐は最後まで言い終えることなく、むせ返ってしまった。
「はははは!これぐらいでそんなことになってどうするんだ。もっと鍛えろ~」
「……はい」
そう言いながら柏木隊長は今回の戦闘を上に報告しに行った。
「フフ。隊長はいつも明るくて面白いね」
「あぁ。そうだな」
栞那の問いかけに答えた皐の表情は自然と笑みがこぼれていた。その様子を見た栞那は嬉しそうにつぶやいた。
「良かった……」
「ん?なんだ?」
「ううん!なんでもない!」
手を大きく左右に振る栞那を見ながらまぁ、いいかと、皐は両腕を上げて伸びをした。
「ねぇ、皐?」
「ん?」
「大事な話があるんだけど……」
「皐ー、いるかしらー?」
栞那が言いかけたところに萩原がやってきた。
「あ、萩原副隊長。どうしたんですか?」
「あぁ、ごめんなさい。何かお話し中だったかしら?」
「いえ!大丈夫です!」
栞那は背筋を伸ばしながら答えた。
「そう……。皐、ちょっといいかしら?」
「はい。栞那、また後でな」
「うん……!」
「ごめんなさいね。急に呼び出して」
「いえ」
萩原と皐は会議室に移動した。
「どうしたんですか?そんなに改まって……」
「さっき、次の作戦の説明があったのだけれどね……」
萩原はまっすぐに皐を見ながら説明した。
「どうやら敵側は、こちらの戦闘機技術を調べているみたいなのよ」
「戦闘機技術?」
「えぇ。多分、構成とか、内容とか」
「何のために?」
「これは私たちの予想なのだけれど。私たちは、機体がないと戦えないでしょ?敵側はそれを考えてか、戦闘機の弱点を探しているのではないかって……」
「弱点って……。俺たちの技術を盗もうってことですか?」
「えぇ。おそらくね」
「……もしかして、最新機……」
「その通りよ。今、最新機の構成や内容の情報が漏れてしまったら、元も子もないの。今の私たちの戦闘は、最新機なしでは成り立たない。最新機の二号機が開発中でもあるのよ」
「はい……」
「そこで、ね……?」
萩原は先ほどよりもさらに真面目な顔で皐に告げた。
「次の作戦、敵側がどんな手段で盗もうとしてくるかは分からない。けど、あなたは……。最新機だけは守らないといけないのよ」
「っ……。それは、つまり……」
皐は手で握り拳をぎゅっと作りながら言った。
「俺に、いざというときは逃げろっていいたいんですか……?」
「…………えぇ。その通りよ……」
「そんなことできません!敵に背を向けて逃げるなんて!!」
「あなたがそういうのは分かっているわ!でも、他に守れる方法がないのよ……」
萩原は頭を抱えた。
「隊長だって何度も抗議したわ。でも他にいい案が浮かばなくて……」
「了承……したんですね……」
萩原は黙って頷いた。
「逃げるのも、あなたの任務なのよ。そう思って……ね……?」
「でも……!」
「皐……。これは……命令です……」
「っ……」
(逃げるのが命令だと!?そんなのふざけている!!)
「このことは隊長と私と、皐しか知りません。他のみんなには言うつもりはないわ」
「……はい」
不満全開の表情で返事をする皐に、萩原はため息を一つついた。
「皐、あなたはもうただの雛罌粟皐ではないのよ」
「……?」
「訓練生でもなければ、新隊員でもない。第一部隊の雛罌粟皐なの」
「……………」
「部隊に所属しているということは、自分勝手な行動は認められない。例え間違っていると思ったとしても、従わなければならない。それが組織なの」
「はい……」
「あなたの気持ちもよく分かるわ。私も……同じ気持ち」
萩原は皐の力いっぱい握られている拳にそっと手を添えながら言った。
「隊長だって……多分同じ気持ちだから……」
「………………わかりました」
「そう……それなら……」
「新型機さえ無事に戻ればいいんですよね?」
「え?えぇ……」
「それならその場にいる逃げられそうなみんなを引き連れて、退散すればいい」
「皐……」
「上からの命令は新型機を逃がせ。全員で逃げるなとは言われていません」
「確かにそうだけれど……」
「萩原副隊長」
「はい?」
「ご説明ありがとうございました」
皐は急に立ち上がり、深々と礼をしてから会議室を去っていった。
「ちょっと、皐!?」
呼び止めたが遅かった。会議室の扉が閉まる音が静かに部屋に響いた。
「…………大丈夫かしら」
この作戦が悪夢になるとは……誰一人知る由もなかった……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
作戦当日、敵は太陽の欠片ではないことが発覚した。
機動部隊と似たような機体が10機ほどだった。おそらく闇の悪徳者”側の適合者が搭乗していると考えられる。
「宝玉で戦った方が強いはずなのに……どうして……」
「戦うことが目的ではないのだろう。やはり機体か……もしくは……」
萩原と隊長は、作戦場所に待機しながら話していた。
「あ、そうだ。栞那?」
「ん?」
「この前俺に話があるって……。あれ、急ぎじゃなかったか?」
「え!?あぁ!あれね!!うん!大丈夫!!この戦いが終わったらでいいよ!!」
「そうか、悪いな」
「だ、大丈夫…………!」
少し不自然な栞奈に疑問を抱きつつも、皐は作戦に集中した。
「敵はこっちの倍いるが、問題ない!順番に倒して行け!!」
「了解っ!!!」
こちら側の出撃に気づいたのか、闇の悪徳者”たちも動き出した。
こちらに向かってくるのは半数の5機で、残りの5機は静かに待機している。
「一騎打ちがお望みかい!?」
こちらの5体と闇の悪徳者”側の5体がそれぞれ撃ち合いになる。
遠距離型装備の萩原と椿は後方から、近距離型装備の栞那は前方に、中距離型装備の柏原隊長と皐はその間を縫って、交戦していた。
最新機SS-01に搭乗している皐は、やはり威力が違うため、一番早く敵を追い詰めていた。
「これで終わりだ!」
皐は追い詰めている敵に向かって銃を向け、連射した。ほとんどが命中し、敵の機体は煙を上げながら静かに停止した。そして、搭乗者を確認しようとコックピットをこじ開けた。
「なっ!!無人!?」
中はもぬけの空だった。皐が戦っていたのは無人機だったようだ。
「うわっ!」
無人機の停止とほぼ同時に、皐より離れたところで交戦していた椿の叫び声が聞こえた。
「椿さん!?どうしたんですか!」
皐が視線を向けると、いつのまに回り込まれていたのか、残りの5機のうちの1機が椿の背後から忍び寄り、銃口を向け何かを発射したところだった。
「何だ、これ……!」
それはスライムのような素材で出来た網のようなものだった。椿の機体についたそれは、機体に密着し、身動きを取れなくしていった。
「くそっ。動かない……!」
「きゃあっ!こっちにも……!」
萩原の悲鳴とともに発射された、それは同じように機体に絡みついた。
「なによっ……これっ…………!!」
「みんな落ち着け!」
隊長の声が響いた。
「いいか……おそらく奴らの狙いは俺たちの捕獲だ。だから……こちらも作戦通りに動く……!」
「わぁっ……!」
「くそっ!!」
柏木隊長は指示を出そうとしたが、銃口を向けられている栞那の前に立ちはだかった。
「柏木隊長!!」
「栞那!お前は皐と一緒に退散しろ!!」
徐々に身動きが取れなくなっている柏木隊長は栞那に叫んだ。
「でもっ!」
「いいから!早く!!!」
「……栞那!行くぞ……!」
栞那の身代わりになった柏木隊長を横目に、栞那は皐に手を引かれてその場を離れる。
「皐!どいうことなの!?みんなを放って逃げるっていうの!?」
「あぁ、そうだ」
「あぁ、そうだって……そんな……」
「あいつらの狙いは俺たちの機体なんだ。このまま全部奪われるわけにはいかない」
「何か他に方法が……」
「向こうは9機。こっちは2機だ。他に方法があると思うか……?」
「……」
「今の状況は圧倒的にこっちが不利だ」
「そう……だけど……」
手を引かれながら退散する。網によって動けなくなっている3人の姿はどんどん小さくなっていく。もう何が正しくて、何が正しくないのかが分からない。ただひたすら前に進むだけだった。
(あ!追手が!)
皐より後ろにいる栞奈は、2機の追手に気付いた。
(2機なら……。倒せるかもしれない。でも、向こうで手が空いている機体がいたら、応援に来るかもしれない……。とりあえず皐に知らせる?いや……。そんなことしたら、逃げてる意味がない……!)
栞那は意を決して決断した。そして、まだそんなに皐の機体は傷ついていなかったが、リペア機能を使って回復させた。
「栞那?どうした?」
「って……」
「え?」
「行って!」
栞那は繋がれている機体の手を振りほどこうとした。
「おい!待てよ!意味が分からない!」
「追手が来てる……。あの追手を振り切って逃げることはできない。追いつかれなくてもあの追手を本部まで持ち帰ることの方がもっとできない。だから、皐は先に行って!!」
「先にって……」
「私は……あいつら片づけてから追いかけるから」
「そんなのダメだ……!」
「リペア機能で、エネルギーを満タンにしたわ。それで、全速力で逃げれば、本部まで持つはずよ!」
「それなら、栞奈も一緒に!」
「ダメよ!そんなことしたら、私の機体の重みでスピードが遅くなる!エネルギーも持たないわ!」
「でも………!」
「でもじゃない!最新機のスピードに付いて来れる機体はここにはないわ!だから!行きなさい!!」
栞那は思いっきり手を振りほどいた。そして、皐の機体を力いっぱい押した。2人の距離は徐々に離れていく。
「っ………………!!」
「皐……ありがとう…………生きて……」
「かんなぁーーーーーーーーーっ!」
その言葉を最後に通信は途絶えた。栞那は皐に背を向け、今来た道のりをまた戻り、追手に向かっていった。
皐は、そのまま栞奈の後を追うこともできた。でも『逃げろ』の命令が重くのしかかっていた。命令の意味、重み、重要性。全て頭では理解している。だが、心は納得がいっていないのだ。
「クソッ……………!」
皐は何も出来なかった。その場から退散するしか、逃げることしか出来なかった。