プロローグ
「悪いな、急がせて」
葦井は机に腕を置きながら言った。
「いえいえ」
腰ぐらいまであるきれいな黒髪をなびかせながら、女は答えた。
「形式上、新たなグループが発足した時は代表者あいさつが必要でな」
「まぁ、仕方ないことですよね」
女は鏡で身だしなみを整えながら言った。
「それで、このメンバーでいいんだな?」
「えぇ、もちろん。完璧だわ!ただし……」
「あぁ、わかっている。もう許可は下りているから、代表者あいさつが終わったら迎えに行ってくれ」
「本当に!?さっすがね!!」
女は少し吊っている目を全力で細めて喜んだ。
「……その、なんだ。嫌なら……」
「葦井さん」
女は葦井の言葉を遮った。
「何回も言ってますけど、これは私の意志です。別に父と母がそうだったからとかじゃないですから」
「しかし、同じ道に進まなくても……。スポーツ選手や家業とはまた話が違うんだぞ」
「分かってますよ。自分がどんなバカな選択しているのかってことぐらい……」
女は鏡から葦井へと視線を変える。
「それでも……。私は両親の夢を叶えたい」
女はまっすぐ葦井の目を見た。
「っ……」
葦井はその目力に怯みそうになった。
「両親の夢は私の夢です。私の目標です。両親が見たかった世界を、私も見たい」
「……わかった、わかったよ」
葦井はため息交じりに言った。
「くれぐれも!あいさつで変なこと言うなよ。精一杯頑張ります程度の話でいいんだから」
「了解で~す」
頭に手を置き、敬礼をしながら女は踵を返し、部屋を出て行った。
「これで良かったのか……」
葦井は呟き、机の上にあった写真立てを手にした。
「要……明音……」
6人が笑顔で写っている写真を見て、不安な気持ちがこみ上げる。
「これが正しいのか……?これがお前らの望んだことなのか……」
「龍?」
ひとり言を呟いていて気が付かなかったが、扉の横にはあけみがいた。
「もう時間よ。あなたもあいさつ聞かないとでしょ?」
「あ、あぁ。今行く」
写真立てを元の位置に優しく戻し、葦井は部屋を出た。
2018年5月16日に内容変更致しました。