表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スキルテイカーとチート売りの魔女  作者: 鰤/牙
episode 2 スキルテイカーと模造された天才
9/31

2ー3 『沙織』

「不二崎さんの父親について、何かご存知のことはありませんか」


 スキルテイカーは、職員室で同僚の教師にそうたずねた。1年生と2年生のときに彼女の所属クラスを担任していたという、人の良さそうな初老の教諭は、にこやかな笑顔を少しだけ困らせながら、首をかしげた。


 沙織が隙を見せないのなら外堀からだ。別に魔女の言葉が引っかかっているわけではない。不二崎沙織の父親・不二崎仁がどのような人間であるか。彼は娘にアビリキィを使うような親がまともな人間であるとは到底思えないし、そこをはっきり確認して、アビリキィの奪取に至るまでの糸口を確保しなければならないと、スキルテイカーはそのように考えていた。


「不二崎さんのお父さんですか。おおよそ、町村先生からの引継ぎ記録にあったとは思いますが……」

「父子家庭であるということは伺っています。ただ、どうも私の目には彼女が無理をしているように見えましたので……」


 なお、スキルテイカーの丁寧な言葉遣いも『教養』のアビリキィの賜物である。この鍵を引き抜いてしまえば、彼は口汚い言葉を発するのみの社会不適合者となる。教養もしょせんは才能なのだ。スキルテイカーは少なくとも、常識やマナーに関しての才能が圧倒的に欠如した人物であった。

 スキルテイカーの言葉に、初老の教師は目を丸くし、そしてまたすぐ笑顔に戻った。


「なるほど、そう見えますか。あなたは良い教師のようだ」


 その言葉のあとに、初老の教師はこう続ける。


「不二崎さんは、確かにお父さんからかなりの期待を受けているように思えますね。教育熱心なお父さんなんでしょう。不二崎さんも、それに応えようと無理をしていることはありました」


 『不二崎沙織が無理をしているように見えた』というスキルテイカーの弁は、相手から言葉を引き出すために言ったでまかせに過ぎない。直後、彼はわずかな自己嫌悪に襲われた。魔女の言葉が胸中に鎌首をもたげる。『あなたは人の気持ちがわからない』。結局のところ、そうなのだ。


「私も何度か彼女と話をしましたが、よろしかったら真嶋先生からも、言葉を掛けてあげてください。不二崎さんは真面目すぎるところがあります」

「先ほど、父親の期待に応えようと無理をしていると、おっしゃいましたが、」


 スキルテイカーはなおも湧き上がる自己嫌悪の気持ちを押さえ込んで、言葉を続ける。


「父親に対して強い依存心を持っているなどということはありませんか?」

「そりゃあ、あるでしょう」


 教師は深く頷いた。


「あのくらいの年頃の子ですから。それに、不二崎さんには今お母さんもいませんからね。お父さんに対してある程度依存心を持ってしまうのは当然ですし、それは決して不健全なことではありませんよ。ただ、それが原因で無理をしすぎることがあるなら、それを止めるのが我々の仕事です」


 その肯定は、決してスキルテイカーが求めていた類のものではない。彼が欲しいのは、不二崎沙織と不二崎仁の関係、及びそこに生じる相互依存性を断ち切るための証言なのだ。不二崎が沙織に対して、途方もない重責を課しているとわかれば、何かと動かしようはあるし、そこから彼女を説得して鍵を取り出すこともできるはずだ。だが、その糸口は掴めない。スキルテイカーには焦燥じみたものがあった。


「お父さんのことが気になるのなら、家庭訪問などされてはどうですか?」


 初老の教師は、スキルテイカーが爽やかな笑顔のまま硬直しているのを見て、そのように提案した。


「どうも真嶋先生は、不二崎さんのお父さんのことを信用されていないようだ。確かに、私も色々と無責任な噂を耳にしてはいますし、それをお話しするのは簡単ですが……。一度直接話されてみるといいですよ。少なくとも、父親としては、立派な方だと思います」


 家庭訪問か。そういえばそんな手段もあった。手っ取り早く不二崎仁に接触するには、有効な手立てだろう。沙織の家庭環境も観察することができる。スキルテイカーはしばし動きを止めて考えていたが、やがて老人教師に頭を下げて礼を言い、職員室をあとにした。





「今日、不二崎さんの家にお邪魔しようと思うんだけど、良いかな」

「………」


 教室である。スキルテイカーが爽やかな笑顔でたずねても、沙織の反応は薄かった。

 不二崎沙織は、他の同年代の児童に比べて大人びた雰囲気のある三年生である。しょせん10歳にも満たない年齢であるからして、大人びてるといってもたかが知れているが、それでも落ち着き払ったたたずまいは、どこか子供離れしているようにも見受けられた。単純に背が高いというのもあるかもしれない。


 沙織はしばらく視線をそらし、窓の外に目をやってから、このように返してきた。


「私、何か問題なことでもやりましたか?」

「そういうわけじゃないんだけど、」


 沙織の目つきは、何事も突き放したかのようでいて、その奥に怯えの色を隠している。スキルテイカーはその気配を目ざとく感じ取った。おそらくそれは、父親の期待から生じる影だ。沙織は父の期待を損ねることこそを恐れている。

 スキルテイカーは、ひとつ探りを入れてみることにした。


「不二崎さんのお父さんと話がしたいだけなんだ」

「………」


 沙織は一瞬目を見開いて、スキルテイカーを見る。だがそれは、すぐに警戒を込めたまなざしに変わった。もう少し深く、突っ込んでみるか。


「不二崎さん、君はお父さんのことをどう思っている?」

「……大切なお父さんです。ひとりで私を育ててくれて、こんな学校に行かせてくれるし……」


 意識の上澄みから出た言葉だ。沈殿した本心は絡んでいない。スキルテイカーは笑顔のまま思案した。深く沈みこんだ彼女の『本音』を引っ張り出すには、もう少し時間をかける必要があるだろう。スキルテイカーも、この年頃の少女に手荒な真似はしたくないのだ。できることならば、穏便にアビリキィを奪取したい。

 そのための家庭訪問でもある。スキルテイカーは、不二崎仁の本性に迫るつもりであった。少なくとも彼は、魔女や、あるいはかつての担任であった教師の言葉、すなわち『不二崎仁が良い父親である』という言葉を頭から信じるつもりには、とうていなれない。親の期待を必要以上に押し付け、無理をさせているのであれば、それはエゴであり傲慢だ。


「………」


 沙織は、素直にこの話を受け入れがたい様子であった。父の不興を買うことを恐れているのか、それとも別の理由であるのかまでは、スキルテイカーにはわからない。スキルテイカーは、彼女に釘を刺す意味も込めて、あらためて言った。もちろん、笑顔でだ。


「お父さんにはすでに話をしてある。今日の放課後だよ。いいね」


 やがて、不二崎沙織は観念したように頷いた。


「……はい」





 放課後である。スキルテイカーは不二崎沙織の下校にあわせて、彼女と同じルートで家へお邪魔させてもらうことにした。できることならば、不二崎仁に関する詳細なプロフィールを前もって用意しておきたかったのだが、メガネに連絡を取る時間もなく、ようやく電話をかけられたと思えば向こうが通話中であった。メガネの所属する部署は表に出ないものだし、いろいろと多忙を極めるのは仕方のないことでは、ある。


 今日一日、不二崎沙織の担任教諭として教室から彼女の姿を見ていたスキルテイカーである。茶色のランドセルを背負いながら道案内する沙織の背中を見て、今日の出来事を思い出していた。

 沙織は授業中、特に自分から発言するようなことはなかったが、こちらが指名するたびに、与えられた問題を的確に解いていった。小テストはすべて満点だ。目立ちすぎて、周囲から不用意な反感を買うことを恐れているようにも見える。


「不二崎さん、学校は楽しいかい」


 道すがら、スキルテイカーは沙織に尋ねた。彼女は一瞬ぴたりと立ち止まって、またすぐに歩き出す。


「はい」

「本当に? 先生には君が無理をしているように見えるんだけど、」

「そんなに無理はしていません」


 そんなに、か。少し本心が覗いたといったところだろうか。


「先生、ここが私の家です」

「あ、もう着いたんだ」


 スキルテイカーは笑顔で顔をあげ、そして硬直する。

 不二崎沙織に案内され、辿りついたのは、一軒の小さなアパートだった。ボロ、とまでは言わないものの、国立学校に娘を通わせられるような家庭環境からは、程遠いイメージがある。沙織を見ると、彼女は恥ずかしそうに顔を伏せていた。なるほど、家庭訪問されたくなかった理由のひとつはこれか。


「い、良いアパートじゃないか。家賃も安そうだし、駅から近いし……」

「良いんです。友達のお誕生会に行ったから知っています。私の家は貧乏なんです。私が、国立なんかに通ってるから」


 沙織の言葉には、9歳とは思えないほどの棘がある。これは、必要以上に期待を背負い込むのも仕方のないことなのかもしれない。

 同時にスキルテイカーは、また沙織の父親への不信感を募らせた。不二崎は、本当に娘の幸せを考えているのだろうか。国立に通わせたいという見栄を張るには、犠牲にしているものが多すぎるのではないだろうか。


「お父さん、ただいま」


 沙織はアパートの扉を開け、中にそう声をかけた。昼間だというのに室内は薄暗い。スキルテイカーも、追うようにして上がりこんだ。


「お邪魔します。不二崎さん」


 ぐるりと見回したところ、必要最低限の生活用品は揃っているように見られる。居間には、ちゃぶ台を前にして一人の男が座り込んでいた。不二崎仁である。メガネにみせられた写真よりも、数段やせこけているように見える。


「おかえり、沙織。学校はどうだった」

「いつもどおり」

「そうか」


 娘と簡単な挨拶をかわした後、不二崎はスキルテイカーを見る。不器用そうな笑顔を作って、小さく頭を下げた。


「どうも。お電話をいただきましたね」

「はい。沙織さんの担任の、真嶋です。突然お邪魔してしまい申し訳ありません」

「構いませんよ。何か出せれば良いんですが、あいにく貧乏家庭でしてね……」


 人当たりは良さそうな男だ。沙織が座布団を用意し、座るよう言ってきたので、スキルテイカーはおとなしくそれに甘えさせてもらった。沙織はすぐに隣の部屋に移動し、扉を閉める。賢い子だな、と思った。不二崎は、それを見送ったあとにスキルテイカーに向き直る。


「それで、先生。今日はどういった御用なんでしょう。娘が、学校で何か?」

「いえ……」


 さて、どう話したものだろうか。


「実は大変恐縮なんですが……、不二崎さんが、沙織さんに寄せた過剰な期待が、沙織さんの重荷になっているのではないかと思うことがありまして……」

「ほう……」


 不二崎は目を細める。


「ご家庭ではどのような指導をされているのかな、と思った次第でして……」

「なるほど……」


 不二崎は細めたまま目を瞑り、しばし考え込むように顔を上げた。


「うちのような貧乏家庭から、娘を国立に行かせていることに違和感を感じられているんでしょうか」

「いえ、そんなことは、」

「良いんですよ。どこに行っても言われることです。先生、私はね。大学こそ良いところを出て、一流企業にまで就職しましたが、人生いつにおいても落ちこぼれでした。愚図で、愚鈍で、要領が悪い。親にも教師にも上司にも、よくなじられたものです」


 不二崎の言葉に、急に感情の濁りが出始めた。スキルテイカーは黙ってそれを聞いている。


「結局、人の人生を左右するのは才能なんです。先生も国立学校で教鞭を執られているんだ。わかるでしょう。あそこに並ぶのは生え抜きの優等生達です。そこに一流の設備、一流の教育。彼らは自ら生まれ持った立派な才能を、正しく開花させ、エリートコースを歩んでいくでしょう。スタートラインからして違う」

「………」

「私が会社を辞めた理由はご存知ないでしょう。表向きは懲戒免職ですよ。私は会社のカネを横領したことになっている。まぁ、詳しい話はしませんけどね。真相がどうであるのかは、お察しいただくしかありませんけどね。私の口座には、毎月それなりの額が振り込まれていますよ。だが保障されているのはカネだけだ。私の職歴には汚点が残るし、失った誇りは取り戻せない。ずっと後ろ指を差される人生です。愚図で、愚鈍で、要領の悪い社員には、それくらいしか使い道がなかったんでしょう」


 不二崎が自嘲気味に顔を歪めた。スキルテイカーは、膨れ上がりつつある感情を押さえ込んで、震える声で次の言葉を繋ぐ。


「娘さんにアビリキィを使ったのは、」

「……なに?」

「そんなエリート達に対する復讐のためですか?」


 不二崎の表情にさっと青筋が降りる。あらゆる感情の色が消えうせて、痩せこけた輪郭が薄暗い室内に如実に浮かび上がった。


「知っていたのか」

「あなたが魔女から鍵を買ったのはな。あなたは自分のエゴのために、復讐のために娘さんを利用しているんじゃないのか。あなたに罪を被せ、人生の底に蹴落としたエリートと、その子供達に、自分の娘を競わせることで、あなたの劣等感を満足させようとしているんじゃないのか」


 不二崎は、そこで再び笑みを作った。先ほど浮かべた自嘲のものでもなければ、最初に見せた人当たりの良いものでもない。もっと邪悪で禍々しい、人間の心の醜さを露呈させたような、不気味な笑顔であった。相対するスキルテイカーは、爽やかな微笑を浮かべた仮面で応じる。


「何がわかる」


 不二崎は言った。


「あんたに何がわかる。先生。人に貶められ、バカにされ、後ろ指を差され、ついでに妻にまで出ていかれ、手元に娘だけ残された落伍者の、何がわかる」


 亡者の恨み言ならば聞きなれている。スキルテイカーは、その程度では動じない。


「確たる才能の差はあるんだ。何をやっても上手くいかないやつと、何をやっても上手くいくやつ。私には娘しかいない。いいか、私には沙織しかいないんだ。沙織には……」

「黙れ」


 スキルテイカーは底冷えするような声で、聞くに堪えない戯言を止める。薄ら笑いの仮面を外せないのが、もどかしくて仕方が無かった。


「沙織さんをあんたの道具にさせはしない。彼女からアビリキィは全て奪わせてもらう。今のおまえに、父親を名乗る資格はない」

「………!」


 不二崎の瞳は一瞬、我を忘れかけたが、湧き上がった怒りはすぐに押さえ込まれたようであった。隣の部屋に沙織がいるのを思い出したのだろう。


「私に父親の資格がないのなら、」


 代わりに不二崎は、唸るようにつぶやく。


「あんたには〝父親〟のなんたるかを論ずる資格があるのか」


 スキルテイカーは、その言葉には取り合わなかった。二人はしばし睨み合い、飾られた時計が、18時を告げて不気味な音を部屋に落とす。


「今日は帰ってくれ」


 やがて、不二崎は言った。


「明日も沙織は学校に行かせる。俺も逃げたりはしないよ。先生、あんただって、ここで荒事を起こすつもりはないんだろう」


 スキルテイカーはその言葉を受け思案する。正直、不二崎仁の本性を掴み取った以上、彼を野放しにしておくのも、沙織を彼の元においておくのも気が引けたが、ここで強引に沙織と不二崎を引き剥がすような真似をすれば、それこそ父親への依存心が暴走して、神業チート化を引き起こす恐れがある。1日、2日程度なら、まだまだ猶予があるというのは事実だ。

 かなり癪ではあるが、この場においては、スキルテイカーは引かざるを得ない。忸怩たる思いで、スキルテイカーは立ち上がった。爽やかな笑顔のまま立ち上がり、玄関のほうへ向かう。居間の隣の部屋から、沙織がひょっこりと顔を覗かせたので、片手で上げて『明日学校でね』と言い、外に出た。


 やはり、不二崎仁は立派な父親などではなかった。身勝手で独善的な男だ。スキルテイカーは憤りを胸に、アパートに背を向ける。


 彼はしばらく歩いた後、かなり遠くに離れてしまったアパートを振り返り、そこでようやく、自分に帰る家がなかったことを思い出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ