5-5 『愛憎』
眞島マサキの神業化がはじまる。エイカは、困惑していた。
神業化は、体内に宿したアビリキィを病巣として起こりうる現象だ。鍵の宿した才能の力が、才能への強い依存心を梯子にして使用者の肉体を乗っ取るのである。マサキの体内に埋め込まれたアビリキィはすべて引き抜いたはずだった。ではなぜ、ここで神業化が発生するのか。
マサキの双眸が赤く発光し、体質が変化していく。止めなければ、とエイカは思った。マスターキーを突き刺し、取り損ねた最後のアビリキィを引き抜く。荒療治だが、マサキを止める手立てはそれしかない。エイカがマスターキーを構える。だが、その時だ。
「やめておきなさい、エイカ」
そのような男の声が響く。エイカは手を止め、振り返った。
「鳥野……!」
「悪い子だ、エイカ。我々が苦心して入手したマスターキーを、勝手なことに使うとはね」
鳥野誠一の浮かべる笑みが、エイカは嫌いだ。
岩戸財団の元総裁・故岩戸剛三氏が腹心のひとり。新能力開拓研究計画のリーダー。児童養護施設〝かがやきの家〟のスポンサー。エイカが鳥野に関して知っているのはこのくらいだ。彼女にマスターキーを手渡した張本人でもある。だが、その目論見を知ったエイカは、鳥野への協力を拒んでいた。
鳥野の目的は人間の才能を拓く鍵、アビリキィの開発だ。〝かがやきの家〟に入所した子供は、みな、大抵何かしらの分野において突出した才能を見せる。彼らの才能を抽出し、アビリキィを作るのが鳥野の目的だった。そこに現れたのが、エイカである。
生まれつき両親のいないエイカが、施設に訪れた経緯は少し複雑だ。鳥野や光田と古い付き合いのある知人の伝手もあり、ともあれ彼女は〝かがやきの家〟に入所することになった。鳥野達がマスターキーを入手することにしたのも、ほぼ同時期である。
マスターキーさえあれば、才能を〝抽出〟せずとも〝複製〟することが可能だ。そこに、幾多の才能を眠らせたエイカが訪れたのだから、鳥野たちは飛び上がったことだろう。彼女とマスターキーさえあれば、アビリキィの量産が可能なのだ。
エイカはそうした鳥野の目的に強い反発を覚えていた。人間の生まれ持った才能をどうこうしようとする、その行為は驕りである。彼女は極めて清廉で、正義感の強い少女だった。
それでも、施設を出ず、鳥野の接触を何度も許してきたのは、友人の存在があったからだ。
鳥野達にはまだ、才能を〝抽出〟するノウハウが存在する。友人たちの明るい未来は、すべてその才能に根ざしたものだった。故に、彼らの未来を閉ざすも拓くも、鳥野達の胸先三寸だ。エイカは従わなかったが、突き放すこともできなかった。
「鳥野、マサキをどうしたの。答えなさい」
エイカの言葉は剣呑である。だが、鳥野は相変わらずいやらしい笑みを浮かべていた。
「私は彼の望みを叶えてあげたに過ぎないよ。これは、単純にアビリキィを長期使用していたことに対する副作用だ」
「その副作用を答えなさいと言っているのよ!」
エイカが激昂と共に叫ぶ。背後であがるマサキのうめき声を、自らの怒りでかき消そうとするかのようだった。
「あなたはこうなることもわかっていたんでしょう!」
「もちろん、そうだ」
鳥野は満足げに頷く。
「マサキにも突出した才能はあった。キィの長期使用によって多くの才能を体内に宿した結果、もともとあった才能が反発し、身体を乗っ取ろうとする。その結果がこれだ。才能は擬似アビリキィとなり、感情の揺れと共に神業化を促す。神業化が完了すると同時に、アビリキィは固着するのだ」
わけがわからない、などと、理解を拒絶することができたのなら、いっそ楽だっただろう。だがエイカは鳥野の言わんとしていることを完全に悟った。それはすなわち、〝才能の抽出手段〟そのものなのだ。鳥野は、エイカが生まれつき持ち合わせていない才能のいくつかを、マサキから〝抽出〟しようとしているのである。
「約束違反よ!」
エイカは叫んだ。
「止めなさい!」
「止まらないよ。見なさい、マサキはもう怪物じゃないか」
振り返れば、そこには赤い双眸をした異形。不自然に発達した両腕は、何かを強引に奪い取るために特化したものだ。エイカの好きだった〝彼〟は、もうそこにはいない。杉浦エイカは迷った。ここで彼から〝鍵〟を奪うことは、つまりもとから存在した眞島マサキの才能も、奪ってしまうことではないのか。
だが、この怪物を放置することは、
背後で鳥野が笑っている。
そう、この怪物を放置することは、エイカにはできない。鳥野はそれをわかっているのだ。
〝スキル:強奪者〟のアビリキィ。今、鳥野が求めているのはそれである。そのために、マサキの申し出を受け入れ、そしておそらくは、このタイミングでエイカとマサキが鉢合うように仕組んでいた。
全てに気づいても、今はもう、遅い。
おそらく自分は、眞島マサキを殺すことになる。
生まれつきの才能というのは、それ自体が人間性の根幹を成すものだ。それを奪い、マサキを神業化から救ったとしても、彼はもう〝彼〟ではない。いや、あるいは既に、彼はマサキではなかったのかもしれない。
マサキの言葉が、エイカの胸をえぐる。
『お前みたいな天才は、人の心が、わからないからな!』
ああ、その通りだ。エイカはマサキのことを理解しなかった。
彼のことを認めていたつもりだ。ヨウスケやシュンサクに敵わないながらも、必死でもがく彼の姿に好意を持っていたつもりだ。だが果たしてそれが、眞島マサキという人間の苦悩を、上から見下していたこと同義ではないのだと、胸を張って言えるだろうか?
後悔が心を苛む。しかし、時間は戻らない。
エイカは、マスターキーを握り締める。強奪者の神業が、不意に動いたのは、まさにその瞬間だった。
「ごぉああぁぁぁぁっ!」
何かを〝奪う〟ことに特化した神業の動きは、その瞬間まさしくエイカの持つ〝それ〟を奪わんとしていた。迷いがあったことを差し引いても、エイカの対応は、明らかに遅かった。
「えっ……」
後に、
スキルテイカーが杉浦エイカを殺し、
魔女が眞島マサキを殺したと語るようになる。
その瞬間、運命分岐点は、正しくこの時であった。
◆ ◆ ◆
魔女の動きは、スキルテイカーを翻弄する。いまこの時、スキルテイカーに〝戦う〟必要はない。魔女の攻撃をしのぎ、ショウコがチサトを助けるのを待てばいい。防戦ならば楽だ、と思いっていた。だがとんでもない。魔女の攻撃は静かだが、苛烈だった。
戦い慣れしているかといえば、あきらかにしていない。才能任せの強引な戦い方だ。
だが魔女自身がそれを理解しているため、攻め方自体は消極的であり、それがまた効果的だった。
「ずいぶんはしたないな!」
だが、スキルテイカーは煽った。煽るくらいしかやることがないのだ。
「………っ!」
魔女は露骨に表情を変え、傘を振り回す。叩きつけられた電灯の柱が、ぐにゃりと曲がった。
「やっとわかったわ、スキルテイカー」
「何がだ!」
茂みに隠れたスキルテイカーが、ひょいと顔だけ出して尋ねる。
魔女が才能を突き立て、怪物化した遊具達は、才能を使い果たした結果元の遊具に戻ってそのへんに転がっている。しょせん無機物を強引に神業化したところで、そう長くは持たないらしい。
「あなたも私も、結局元には戻れないんだわ」
「なんだ、そんなことか」
スキルテイカーは、ふんと笑って再び茂みに引っ込む。
「戻りたかったのか?」
「戻れるっていうの?」
「無理だろ」
「そうよね」
たたた、と小さな足音が近づいてくる。スキルテイカーは身体を起こして跳ねた。魔女の傘が、強引に茂みをなぎ払う。植え込みが根元から引きちぎられていく。大した怪力だ。この細腕のどこに、という疑問は無意味なモノに過ぎない。魔女が細腕だろうとなんだろうと、才能という可能性を活性化させれば、すべて同じことだ。
スキルテイカーの持っている鍵はすべて、魔女の持つ才能の合鍵である。
スキルテイカーがどれだけ死力を尽くしたところで、たったひとつ、〝スキル:強奪者〟のアビリキィを除けば、魔女の持つ才能の贋作に過ぎないのだ。まともにやりあって、勝てる相手ではない。
スキルテイカーは、魔女の気持ちを理解できるか?
なぜか、できる。
チート売りの魔女は、きっと戻りたかったはずだ。だからこそ、チート売りに身をやつしたのだ。
あれだけ清廉で、公平で、正義感に溢れていた彼女が、なぜこんな真似をしたのだろうか。
きっと後悔があったのだろう。杉浦エイカは、眞島マサキの苦悩を認めることができなかった。それが引き起こした離別があった。だからこその埋め合わせである。代替行為である。そこのところを、突っ込もうとしたのだが、魔女に怒られてできなかった。
マサキだって同じことだ。杉浦エイカに憧れていた。彼女のように、精錬で、公平で、正義感の溢れた立派な人間になれたなら、どんなにすばらしいことだろうと思っていた。だからこそ、最後の一瞬、拒絶した彼女の生き方を、模倣しようと考えたのだ。同じことなのである。
では、理解したところで、スキルテイカーは魔女に歩み寄ることができるか?
きっと、できない。
スキルテイカーは確かに杉浦エイカのことが好きだった。おそらく、魔女も、眞島マサキのことが好きだっただろう。
だが、スキルテイカーはマサキではないし、チート売りの魔女はエイカではない。
ふたつの線は、もう二度と交わらない。マスターキーは、渡せない。
スキルテイカーが、魔女から距離をとる。異変が起きたのはその時だった。
ショウコがチサトをつれて逃げ込んだ場所、遊具の影から、不気味な発光が垣間見えた。スキルテイカーは一瞬、戦慄する。その時感じた例えようもない不気味な感情を、再度はっきりと自覚したのは、遊具をなぎ倒して巨大な才能の怪物が、姿を見せた瞬間だった。
神業。それも複合型だ。不二崎沙織のときに比べて、なおも強大なタイプである。
ショウコは、説得に失敗したのか? 彼女は無事なのか? 視線を彷徨わせて、瓦礫の方を探るが、彼女の姿が見当たらない。
「取り込まれたようね」
魔女は、冷淡にそう告げた。
取り込まれた? ショウコが? スキルテイカーは問いただそうとするが、魔女の瞳を見て動きを止める。青く澄み、どこまでも深い海のような彼女の双眸が、この時ばかりは空虚だ。ぞっとするほどに、いかなる感情をも映し出していなかった。
「あの子はいい子だったけれど、チサトの欲望を受けられるだけの器ではなかったわ」
「何を……」
「スキルテイカー、人は皆、業突張りな魔物よ」
荒涼とした声で、チート売りの魔女が呟く。様子がおかしい。スキルテイカーは思った。
「欲しがれば欲しがるほど、力は加速していくわ。チサトもそうだし、マサキもそうだった。あなたは、それを否定できるの?」
「………」
スキルテイカーは答えない。答えられるはずがない。彼がやっていることは、憧れの少女の模倣行為に過ぎないのだ。鍵を奪う明確な理由など、元から彼の中には存在しなかった。だが、それでも、首を縦に振るわけにはいかない。
ここで魔女の主張を受け入れることはすなわち、杉浦エイカの生きた証を拒絶することになる。
二度目の拒絶をするつもりは、スキルテイカーにはない。
「強情なのね」
お前もな、と思わず言いたくなる。代わりにスキルテイカーは拳を握った。
「あれが! おまえの望んだ結末なのか! おまえは、眞島マサキを〝ああ〟したかったのか!?」
「同じことでしょう。どちらにしても彼は怪物になったのよ」
スキルテイカーはこの時、魔女の瞳に映った荒涼な感情の正体に気づく。
魔女はどこかで期待していたのだ。ショウコがチサトを救うことを。自分にできなかったことを、彼女が成してくれることを。あの時、マサキのことを受け入れていれば、彼の欲望を認めてさえいれば、あの離別は避けられたのだと、納得をしたかったのだ。
しかしそれもまた裏切られた。もはや魔女には、何も残ってはいない。
マサキを失ってから永らく続けてきたはずの〝代替行為〟さえ、無意味なものだったのだ。
故に荒涼である。空虚である。
「魔女、おまえは、どうしたいんだ……?」
「もう、わからないわ」
その言葉を聞いて、スキルテイカーは顔を伏せる。魔女は続けた。
「でも、戻れないわ」
ほかならぬ、眞島マサキがそう言ったのだから。
スキルテイカーも、魔女も、またも選択肢を違えたのだろうか。どうしようもない泥沼に、足を踏み入れてなお、泥濘の中に進んでいくより、他はないのか。スキルテイカーは、暗澹たる気持ちに支配されかける。
そこでふと、顔をあげた。妙だ。静かすぎる。
神業が出現したのだ。本当はこんなのんきな問答など許されないはずだった。スキルテイカーは振り返る。魔女も、ゆっくりと彼の視線の先を追った。
そこには、確かに巨大な神業が立ち尽くしている。様々な才能が入り乱れ、互いを食い合う姿は奇妙なオブジェのようだった。運動も、学業も、芸術も、あらゆる才能の力が、その中に眠っている。まさしく、際限のない欲望の具現だと、言うことができただろう。
だが、神業は止まっていた。本来行うべき、才能を誇示しようとするが故の、破壊活動が見られない。
「ア、アアア……アアアアアア……」
神業があげたそのうめき声は、実のところ、断末魔であった。
全身がぼろぼろと崩れ落ちるのを、スキルテイカーは目撃した。まるでポリゴンがほつれるような光景だった。ほつれた神業の肉体は鍵となり、軽々しい金属音を立てて地面に転がっていく。唐突な現象に対して、スキルテイカーは理解が追いつかない。
だが、その鍵がすべてほつれたとき、スキルテイカーはようやくわかった。
地面にへたりこんだチサトが、ショウコの胸にすがりついてわんわんと泣いている。ショウコは穏やかな笑みを浮かべて、チサトの髪を撫でていた。ショウコは、やがて〝神業〟の肉体が完全に崩壊したことに気づいたようで、ふと顔をあげた。スキルテイカー、そして魔女と、目が合う。
ショウコは、笑みを満面のものに切り替えると、二人に向けてVサインをしてみせた。
チサトの様子が明確な変化を見せたとき、ショウコはあらゆる可能性を覚悟した。チサトの怪物化も、それに伴ってショウコを取り込もうとしたのも、おそらくは〝鍵〟の力の暴走によるものだと、理解していた。その結果、何が起きようとも、ショウコは受け入れるつもりだった。
雨宮ショウコは、自分が大したことのない人間であることを知っている。標準よりちょっと可愛くて、ちょっと愛嬌の振り方をわかっていて、あとまぁ、ちょっと人心に敏いだけの、どこにでもいる女子中学生だ。
チサトの気持ちもだいたい察しがついていた。人の欲望は深く果てしない。友達であろうと、親であろうと、兄弟であろうと、あるいはもっと別な、同志とか、仲間とか、そういった言葉でくくれる特別な関係にある相手であろうと、相手の興味を独占したいという醜い欲求は常に生じうる。
その辺を上手にコントロールしてきた自信はあった。だが、チサトが〝こう〟なってしまったのは、やはり自分が原因だろう。ショウコは受け入れるつもりだった。チサトのやってきたことは決して無駄ではないと、そのもがきを、苦悩を、肯定してあげるつもりだった。
友達だからだ。
認めてあげることが正しいとは限らない、とか、
間違ったことを指摘してやるのが友情だ、とか、
わかりきったことを言う人ならばいくらでもいる。
でもショウコは、正しいことには興味がない。本当の友情になんて興味がない。
『ごめん、ごめんね……ショウコちゃん……』
チサトの〝中〟に取り込まれたとき、彼女の慚愧を叫ぶ声が聞こえた。
どうしてそんな、哀しい声をしているのか。
「うん、いいよ。いいんだよ」
ショウコは言った。やっちゃったなぁ、と思う。
これではサークルクラッシャーのようなものだ。友達一人がこれだけ思い悩んでいたことに気付けなかったなんて、まだまだ人間力が足りない。先輩の背中は遠いのだ。
『なんで……?』
チサトの声が届く。
『私、ショウコちゃんにひどいことしてるよ……? ショウコちゃんは、私のこと、心配してくれたのに。いいよ、って、言ってくれたのに、それなのに……』
「ササキがぼくに何をしても、ぼくは、いいよ、って言うよ」
『ずっと、このままかもしれないよ?』
「うん」
『他の子には、会えなくなるかもしれないよ?』
「うん」
『なんで……?』
「友達だから」
嫌だ、と叫ぶのは簡単だ。
出して、と叫ぶのも簡単だ。
だが、言葉は容易に人を傷つけるだろう。例え本心からの言葉でなくとも、チサトを受け入れた上の、その言葉であったとしても、彼女は拒絶されたと感じるだろう。ショウコはそれが嫌だった。
嘘を言ってまで、彼女を慰めようとは思わない。でも、自分が友達だと思っているこのキモチは、伝えておかなければならない。
『でも、私、ショウコちゃんとそんな……』
「こうしたかったんでしょ?」
ショウコはあくまでも穏やかに、優しく問いかける。
「ぼくを独り占めしたかったんでしょ? いいよ、友達だから。ぼくは、ササキの気持ちを受け入れる」
『違う……!』
チサトの叫びが、別の色を帯び始めた。
『違う! 違うよ! 確かに、ショウコちゃんに、もっともっと頼って欲しかった! 他の子が羨ましかった! でも、こんなんじゃないの! 私は、ショウコちゃんを、こんなふうにしたいんじゃ……』
「うん……」
人はみな、業突張りな魔物だ。欲望を加速させれば際限がない。次のものが、次のものが欲しくなる。
だが手に入れたとき、それが形を変えてしまっているのもよくある話で。きっと彼女の場合はそうだった。握る力が強ければ、願ったものは、願った形で手に入らない。それはチサトにも言えることだが、同時にショウコにも言えることだ。優しく優しく、抱きしめてあげなければ、壊れてしまうものはたくさんある。一度壊れてしまったものは、二度と胸の中には戻らない。
『いま、ようやく気づいたの。私、こんな力なんか、要らない!』
ぴしり、と、
欲望にひびの入る音がした。
感情に拒絶された才能が、悲鳴を上げる音がした。
ショウコの全身を覆う感触が、ほつれていくのがわかる。代わりに、どさりと何かが覆いかぶさってきた。ショウコはそれを優しく抱きしめて、そっと頭を撫でてやる。チサトは小さく震えていた。自分よりも背の高い彼女が、この時ばかりはまるで子供のようだった。
「ごめん、ごめんね……。ショウコちゃん……」
「ううん、いま欲しい言葉はちょっと違うかにゃー」
「うん……ありがとう……」
人の幸せは、欲望が叶うかどうかで決まるわけではない。
ましてや、才能なんてちっぽけなモノの有無で決まるわけではない。
幸せの範囲を広めるか狭めるかなんて、しょせん当人の判断だ。この場合、ショウコはチサトを幸せにできただろうか。
以前よりは、ちょっと、できたかな。
胸の中でわんわんと泣きじゃくる彼女を抱えながら、ショウコは満足する。
やがて完全に壁が解けて、ショウコとチサトは外気にさらされた。ふと、気づいて顔をあげる。
スキルテイカーと、魔女がいた。どちらもぽかんとした表情でこちらを見ていた。つい先ほどまでの、緊迫感のある戦いが嘘のようだ。が、まぁ、いいだろう。こちらの方はケリがついたのだ。それを教えてやる意味でも、満面の笑みからVサインを送る。
遅れて、スキルテイカーは呆けたようにVサインしようとして、そのまま慌てて首を横に振った。
「あれ、そっちはまだ、決着ついてないの?」
ショウコが尋ねると、スキルテイカーはばつが悪そうに顔を伏せた。
「あ、ああ。まだ……」
「いえ、終わったわ」
彼の言葉を遮ったのは魔女である。彼女は背中を向けていた。どんな表情をしているのか、ショウコにはわからない。
だが、チート売りの魔女は、はっきりとこう告げたのだ。
「あなたの勝ちよ、スキルテイカー」




