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スキルテイカーとチート売りの魔女  作者: 鰤/牙
episode 5 スキルテイカーと業突張りな魔物
27/31

5-2 『潜入』

 『新能力開拓計画』


 鳥野が落としたらしいその書類を、マサキは一日中眺めていた。

 概要はすなわちこうだ。人間は、常にあらゆる可能性を眠らせている。成長の過程でそうした可能性の扉は塞がれていくが、それを後天的に拓くことができれば、新たなる才能を付与するころが可能だ。この研究では、その具体的な手段を模索し、そしてついに発見した。

 鼓動の高鳴りを抑えることは難しい。マサキは十数年、劣等感と共に生きてきた。優れた仲間たちと比して、何ひとつ〝強み〟を持たない自分に後ろめたさを感じながら生きてきた。だが、もしこの研究計画に加わらせてもらえるのなら。ひょっとしたら自分は胸を張って彼らと並べる日が来るかもしれない。


 マサキが拾った書類は最初の1枚だけだ、いまわかった以上のことは、何もわからない。


 いったい如何なる手段で才能を拓くのか。副作用はないのか。計画というからには、いったいどれほどまでに進行しているのか。実験は済ませたのか。被験者は誰か。たった1枚の紙切れで、マサキの想像は膨らんでいく。多少の危険がついて回ったって構わない。できることなら、自分が被験者に立候補したい。

 しかし、どうやって言い出せばいいだろう。この紙を直接鳥野さんに返して、その際に言い出すのがベストだろうか。怒られそうな気もする。一回怒られるだけで済むなら、それでもいいと思える自分がいるのも、事実だ。


 どうしようか。


 マサキがひとり、紙切れを持ってぼうっとしていた時だ。


「よう、マサキ!」


 後ろから、ヨウスケが勢いよく背中を叩いてきて、彼は思わずむせ返った。

 振り返ればシュンサクも一緒だ。マサキが彼らに対して常に劣等感を抱いているのは確かだが、それはそれとして気のおけない友人でもある。マサキは当然、二人を歓迎した。紙はくしゃくしゃに畳んでポケットにしまう。


「二人共どうしたんだ」

「いやぁ、もうじき卒業だなぁ、と思ってさぁ」


 ヨウスケは陽気な笑顔を浮かべて言う。

 中学校の話だ。〝かがやきの家〟に所属する、マサキと同年代の子供たちは彼を含めて6人。施設の意図もあって、だいたいバラバラの学校に通っているが、卒業の時期はどこも大差ない。

 6人が6人、おおよその進路先は決まっている。それに合わせて、施設も出る。施設の責任者である光田や鳥野が手配をしてくれたおかげで、新しい住居もはっきりしているし、奨学金が出るため生活費用も心配いらない。ヨウスケなどはサッカーの強豪校に進学するし、それに合わせて、鳥野たちの活動に対して非常に好意的な家庭に、居候させてもらうことが決まっている。


 ただ、それは同時に、彼らと顔を合わせる機会が極端に減るということでもある。一度会うのに電車を何度も乗り継ぎしなければならない仲間だっている。その事実は、マサキの胸中に暗澹たる影を落としていた。


「それでだなマサキ、俺とシュンサクは決めたわけだが」

「何をだよ」


 にやりと笑うヨウスケに対して、マサキはあえて冷たい物言いをする。


「マサキは、レイナとユカリとエイカの中だったら、誰がいい?」

「はぁ?」


 思わず素っ頓狂な声が出た。すると、それまで黙っていたシュンサクが腕を組んで、もっともらしい口調で次をつなぐ。


「マサキ、俺たちもいい歳だ」

「15だけどな」

「もうすぐ〝家〟を出るし、住む場所だってバラバラになる。その前にだな。こう、秘めた思いという奴を……打ち明けてもいいんじゃないかと、どうだろう」

「知らねぇよ」


 ドギマギする心臓を抑えつつ、マサキは務めて冷静を維持する。


「言いたければ言えばいいんじゃねぇの」

「なんだ、つまらねぇなぁ」


 ヨウスケが唇を尖らせる。シュンサクが笑った。


「なに、胸に秘めたまま終わらせるのもひとつの選択だ。ヨウスケは誰にするんだっけ」

「俺? 俺は……ほら、エイカだよ。シュンサクは?」

「秘密だ」

「なんだそれ、ずっけぇ!」


 目の前でじゃれあう二人を前に、マサキはまた心の底で澱んだ感情が蠢くのを感じていた。

 マサキとて、秘めたる思いがないわけではない。この施設で過ごして十年あまり。実の家族のように接してきた仲間たちとは言え、思春期を過ぎ、異性としての魅力を増してきた彼女たちを前に、今まで通りの会話ができなくなったことだってある。特に、その中のひとりには、マサキも特別な思いを抱いていた。


 だが、言えない。やはり、言えないと言うべきか。


 自分が他の五人に比べて劣っているという自覚が、マサキの足を引っ張っていた。ヨウスケのように運動は上手くないし、シュンサクのように頭もよくない。どうしても自分は見劣りしている。女の子と比べてもそうだ。自分が、彼女たちにふさわしいとはとうてい思えないのだ。

 やはり、『才能』が欲しい。

 マサキは、ポケットの中に畳んだ紙を、強く強く握り締めた。

 『才能』さえあれば、自分だって思いを告白できる。

 この時、もうひとつ、マサキの中にざわめく感情があったのだが、彼はそれには、気づかないフリをしていた。




   ◆   ◆   ◆




 ショウコのクラスに転校生がやってきた。名前は五味クズハ。男だ。

 あらかじめ知らされていたこととは言え、〝彼〟の姿の変容には、さしものショウコも驚いてしまう。今の〝彼〟と言ったら、いささか老け顔には見えるものの、14、5歳の男子特有の若さとフレッシュさをにじませて、あどけなさだけはもう3年前に置き去りにしてきたのよ、とでも言いたげな視線が、またリアルな説得力を伴っていた。

 紅蓮に輝く双眸も、尖りに尖った鉤爪も、今はまったく見られない。


「変われば変わるもんだねー」

「もっと驚くかと思ったんだが」

「驚いてるヨ?」


 五味クズハは、ゴミクズである。少なくとも彼はそう呼ばれることを望んでいるので、そのように呼ぶ。

 年齢不詳。本名不明。住所不定。かろうじて性別が男ということだけはハッキリしていて、果たしてそれが人間であるのかどうかも、よくわからない。だが、ゴミクズ氏は、ショウコの悩みを聞いた後、はっきり〝手伝う〟と言ってくれた。

 手伝うというのはつまり、悩みの解決を、ということだ。ショウコは満面の笑みでお礼を言った。もちろん、本心からである。だが同時に彼女は薄々感づいていた。ゴミクズ氏は、そう言われることを望んでいるのだと。


 ゴミクズ氏がゴミクズでなくなるために、必要なコトがあるのだろうな、とショウコは思った。この〝手伝い〟が、彼にとっての通過儀礼になるのであれば。それが無事にすぎることをショウコは願う。ゴミクズ氏はゴミクズ氏で、ショウコにとって大事な〝友達〟なのだ。


「ところでショウコ、これからかなり突飛な話をするが、」


 休み時間のことである。ショウコを校舎裏に連れ出して、ゴミクズ氏は言った。

 人気者のショウコが転校生に連れ出されるのだから、追っ手をまくのは大変だったが、ショウコはそれをちょっぴり楽しんだ。


「うんうん」

「アビリキィという鍵がある。〝スキルテイカー〟の都市伝説を知っているなら、聞いたことはあるかもしれない。才能を拓く鍵だ」

「うんうん」

「俺の姿が変わったのもその鍵の力によるものだ。そしてその鍵を売る〝魔女〟と呼ばれる存在がいる」

「うんうん」

「そしてショウコの友達だが、その鍵を魔女から買った可能性がある」

「うんうん」

「……ショウコ」

「なぁに?」

「俺の話、理解してる?」

「してるヨ?」


 ゴミクズの疑うような視線が気に食わず、ショウコは唇を尖らせる。


「魔女が売ってるアビリキィがあって、ゴミクズはそれを何本か持ってて、ぼくがゴミクズに相談した子が最近急に色んなことができるようになったのは、その鍵で才能を拓いたからかもしれない、ってことなんでしょ? 心外だにゃあ。ぼくは見た目ほど脳みそパッパラパーじゃないヨ?」


 おっと、口癖が出てしまった。付き合いの浅い相手に『にゃあ』はヒかれる可能性があるので控えているのだが。


「あんまり驚いてないな……」

「驚いてるヨ?」


 驚いてはいるが、世の中わかっていることよりもわからないことの方が多いのだし、いちいちそんな大袈裟なリアクションをとってはいられない。というようなことを説明すると、ゴミクズは釈然としないながらも頷く様子を見せた。

 ともあれ、友人のことだ。当の友人はどこか引っ込み思案なところがあって、あまり積極的に声をかけてこない。できることならゴミクズに直接紹介をしたいところだが、あまり不自然な流れになっては、かえって不審がられるかもしれない。


「ゴミクズは、もしその子が鍵を持っていたとして、どーするの?」

「………」


 尋ねると、ゴミクズは渋面を作った。


「俺は、鍵を奪うのが最善だと思っているが、どうなんだろう」

「ぼくに聞かれても」


 どうにも煮え切らないなぁ、とショウコは思う。


「ぼくは、鍵を持ってることでどんなデメリットがあるか、なくなることでどんなデメリットがあるか知らないもの」

「それは……」


 ゴミクズは、またも言葉に詰まっている。休み時間だって、有限なんだけどなぁ、と思いつつ、ショウコは彼の言葉を辛抱強く待った。


「……おまえが何かの才能を欲しがったとして、」


 自分の中で、ひとつの筋道を立てたらしく、ゴミクズはそう言葉を発する。


「それが、どうしてもどうしても欲しかったものだったとして、」

「うん」

「〝魔女〟との接触によってようやく手に入った。これで夢が叶えられる。誰にもバカにされることはない。そんな時に、それを奪われたら、ショックを受けるだろう。鍵を手に入れる前と何も変わっていないのに、余計に惨めな気持ちになるだろう。ふさぎ込んで、死にたくなったりも、するかもしれない」

「うーん……」


 ショウコは、休み時間の残りを気にしながらも、ゴミクズの言葉には真剣に耳を傾けた。

 しばらく考えた後、このように返す。


「運も実力の内、って言葉があるよね」

「あるな」

「じゃあ、〝魔女〟と接触できたのも実力の内だし、そこで鍵を奪われてしまうような不幸に遭うのも実力の内だよね。じゃあ、手に入れた鍵でどうこうするのは、別にズルいことじゃないし、その鍵をまた失くすのも仕方ないことじゃない?」


 こんなこと、本気で思っているわけではない。

 自分が本来持ち得ない才能を、無理やり拓かせるのはもちろんズルだ。そして、例えズルによって得たものであったとしても、本気で手に入れたかったそれを手放すことになったとすれば、その絶望は計り知れないものである。そうした気持ちを考えるならば、なるほど、鍵を奪うべきではないという論調にも、頷くことはできる。


「と、ぼくは思うのだよ」


 だが、ショウコはそのように断言した。

 この場において、ショウコの本音がゴミクズにとって何の意味も持たないであろうと判断したからだ。ショウコは彼が望んでいるであろう言葉を、あるいは、それに近しい言葉を吐いた。ゴミクズは、しばらく黙り込んでいたが、ぽつりとひとこと、


「そうか」


 とだけ呟いた。その時の彼の表情を見るに、ショウコの言葉の選択は、間違っていなかったと見る。


「だが、世界中の人間すべてが、ショウコみたいな考え方をできるわけじゃない」

「そりゃねー」


 きっと、鍵を奪われることが許せない人間の方が、この世界には多いに違いない。才能の格差社会は残酷だ。そしておおよその場合、世界は弱者に対して同情的にできている。同情的なだけで、手を差し伸べられること事態は、そう多くないのだけれど。


 なんて、


 ことを考えているうちに、チャイムが鳴ってしまった。


「とりあえずショウコ、俺は鍵を奪うぞ。そろそろその子について……」

「あーうん、教える教えるー。でも、もう次の授業行かないと、遅れちゃうよー」

「ああ、体育だっけ……」


 ゴミクズは、視線をじっとショウコに向けた。


「なんでこの学校はまだブルマーなんだ」

「ぼくに聞かれても」





 男子が体育館、女子が校庭だ。逆ではないのか、と思ったが、カリキュラムの関係上そうなっているらしい。体育の時間は、ゴミクズやショウコの所属する三組と、一組、二組が合同で授業を受ける。ゴミクズ自身、学校に生徒として通うなど実に――何年振りかは置いておくにしても、超久しぶりのことである。自分が現役中学生だった頃に比べ、教育現場の様変わりを、肌で感じるに至っていた。


 まぁ、そんなことはどうでもいい。


 バスケ部に所属する数名が張り切って狭いコートを駆け回る中、ゴミクズは窓から校庭を眺めていた。


「ほっほっほ、転校生も好きですなぁ」


 まるで仙人のような笑い声と共に、同じく窓の外を眺めていた男子生徒が言った。


「たまりませんでしょう。春先とは言え、まだ寒空の下……躍動する女子……」

「あ、ああ、そうだな……」

「クラスで人気なのは雨宮ですが、わたくしとしては、ほら、あの笹木なんか、素晴らしいと思いますよ」


 仙人が指さした先には、校庭のトラックを全力で疾走する少女の姿があった。かなり、速い。

 どうやら女子はリレーをやっているらしかった。トラック半周分離されていた距離をぐんぐん縮め、先を走る数人の女子をゴボウ抜きにしていく。彼女と同じチームらしき女子たちが、盛り上がっているのが見て取れた。その中に、ショウコもいる。


「ほんの一週間前までどんくさい子だったのですが、今ではあのとおり、陸上部のエースさえ歯牙にかけないほどですよ。それだけではありませんがね……。わたくしが何を申し上げたいか、わかりますか? 転校生」

「いや……」

「フフ……。意地悪な方だ。言わせたいのならば申し上げましょう。笹木のあの肉感的な……」


 仙人の恍惚とした講釈は、半ばゴミクズの耳には入っていなかった。

 笹木と呼ばれた少女が、バトンを次の走者に渡す。大して息切れした様子もなしに、仲間たちのもとへ歩いていき、ショウコなどと熱い抱擁を交わしていた。美しい友情だ。


 笹木チサト。ショウコの相談にあった件の少女が、彼女である。

 仙人の言ったとおり、運動神経がさほどよかったわけではなく、学業の成績もそこまで優秀だったわけではない、言ってみれば凡人であった。急激に才覚を伸ばしてきたのは最近のこと。もともと大人しい性格で教師の評判はよかったわけで、彼女は一躍、学内のトップエリートに躍り出た。

 面白くないと思う人間も数多くいたはずだが、問題は表面化しなかった。そこかしこに存在する陰湿な女子グループも、学校規模で見れば、ショウコが網目のように張り巡らせたお友達コミュニティの一端にすぎず、彼女たちはショウコに宥められて怒りの矛先を収めたのだという。冗談のような本当の話だ。


 笹木チサトは、ショウコにとってそこまで特別な友人なのかと尋ねると、ショウコは決してそんなことはない。と言った。あるいは特別と言うのなら、全員が全員特別、とも言った。人間力の高い娘である。


 ともあれ、詳細な話を聞く限りでも、そしてまた、ゴミクズ自身の目で確かめてみても、間違いないと言えることがひとつ。


 笹木チサトは、アビリキィを使用している。


 それもひとつではない。複数だ。ゴミクズは、不二崎沙織の一件を思い出していた。あれもまた、複数のアビリキィを使用して、それまで凡人であった少女が多芸に秀でる天才と化した事件だ。同時に、ゴミクズには、沙織のキーホルダー化を止めることができなかった、苦い一件でもある。

 チサトはどうなのか。今のところ、彼女に神業チート化の兆しは見られない。かといって、キーホルダーになるかというと、それもまた怪しい。そもそもなぜ、彼女がアビリキィを求めたのか。その理由がわからない。


 本当に、わからないのか?


 ゴミクズは自問した。スキルテイカーという男は、人の気持ちがわからなかった。では、ゴミクズはどうか?

 視界の中で、抱き合ってじゃれ合うショウコとチサトの姿を、改めて意識する。

 結論から言って、ゴミクズはチサトの〝動機〟について、ほぼほぼ見当がついていた。彼女によく似た少年のことを、知っているからだ。だが、この動機が真実であるならば、問題の病巣は根深い。果たして、彼女からアビリキィを奪うのは良いことなのか。悪いことなのか。

 ショウコと、その友人であるチサトのために、してやれることは何か。


 ゴミクズは考える。考えても考えても、答えは出そうにない。





 帰りの時間になる。ショウコは友人のグループに捕まって、世間話に花を咲かせていた。ゴミクズはゴミクズで、物珍しい転校生に話しかけてくるお調子者との会話を適当にこなしながら、教室の中に意識を傾ける。

 あの体育の時間以降も、ゴミクズは笹木チサトを気にかけた。どうやら、あまり友人が多いタイプではないらしく、ショウコ以外の誰かと仲睦まじく話をしている光景は見かけられない。合間合間の休み時間もそうであった。学業・運動での目覚しい活躍とは裏腹に、席についてじっとしている機会の方が多い。


 ショウコは、チサトについてのことを説明はしてくれたが、直接彼女をゴミクズに対して紹介するなどということはしなかった。

 ショウコはいつもどおりに振る舞っている。そうした方がいい、と言ったのはゴミクズ自身だが、例え彼のアドバイスがなかったとしても、ショウコはそのようにしただろう。彼女がチサトのことを心配しているのは間違いないが、余計な勘ぐりの余地を許さないほど自然に、ショウコは学校生活を送っていた。


 そして帰りの時間。ホームルームが終わってからも、チサトはずっと席に座ったままだった。ちらちらと、思わせぶりにショウコに視線を送っているのがわかる。だが、それをクラス内の誰もが気にとめていなかった。

 やはり、彼女は同じだ。眞島マサキと。

 やがて、ショウコは他の女子グループと話を終え、解放される。その直後、チサトが勢いよく席を立った。


「ショウコちゃんっ!」


 机と机の狭い隙間を駆け抜けて、一気にショウコのもとへ走る。ショウコはにこりと笑い、片手をあげた。


「おっ、ササキー」

「ショウコちゃん、一緒に帰ろ!」

「うん、いいよー」


 いつもどおり振舞うと言ったショウコである。そこで、ゴミクズに一切の視線を向けず、チサトと仲睦まじく談笑しながら教室の外へ向かうのだから、筋金入りだった。ゴミクズは、ショウコに対して、チサトとアビリキィの関係に関する推論を話さなければならなかったが、今すぐは無理そうだ。

 ゴミクズは、いつまでも親しげに話しかけてくる男子生徒(仙人)との会話を適当なところで打ち切り、ショウコ達のあとを追って教室を出た。


「ササキさー、今日のリレーも、大活躍だったねー」

「そ、そうかなー。えへへ……」

「すごかったよ。どんどん抜いていっちゃうんだもんね」


 ゴミクズは、ふたりの後ろを、少なくともチサトには気づかれないような距離を維持しながら、尾行る。

 彼としても、チサトに対する接触の機会は欲しいところだった。鍵を奪うにせよ、そうでないにせよ、話ができないことには進展のさせようもない。


「そう言えば、ショウコちゃん。今日の転校生」

「ああ、うん。ゴミ?」

「五味くん。あの、知り合いなの?」

「んー……」


 前方で、話題が自分のことに切り替わったのを知って、ゴミクズは一瞬足を止めた。チサトの言葉に、若干トゲのようなものを感じたからだ。


「知り合いというか、トモダチだよ?」

「五味くんも、なんかすごい人なの?」

「どうだろ……」


 首を傾げるショウコに、そこは嘘でもすごいって言ってくれよ、と思う。


「ショウコちゃんの友達って、すごい人が多いよね。えっと、あの、科学者の人? とか」

「あー、うん。あれくらいのレベルになるとはあんまいないかにゃー」

「ちょっとはいるんだ……」

「人脈は財産だからねぇー」


 ゴミクズはショウコと付き合いが浅い。それでも、彼女が人心の機微に聡い人間なのだろうな、ということは察しがついていた。チサトが言外ににじませている感情を理解したか、それ以上〝友達〟の話をしない。切り返すように話題を翻して、彼女はまた今日のチサトの活躍をベタ褒めし始めた。

 しかし、この様子では、チサトと接触するのは難しそうだ。もともと、知らない人と話すのが苦手なゴミクズではあるが。


 そのような思いで、ふたりの後を尾行けていたときに、異変は起こった。


「ササキ、どうしたの?」


 真っ先に気づいたのは、ショウコである。そのときはゴミクズも何が起きたのか、わかっていなかった。


「え、な、なに?」

「なんだか、苦しそうだよ?」

「えっ、そ、そうかな。ふつうだよ?」


 そう言った直後、笹木チサトは全身の力が抜けたかのように、その場に膝をついてしまった。


「ササキ……?」


 ショウコのゆったりとした口調に、わずかな緊張が滲む。

 ゴミクズは、躊躇をかなぐり捨てて駆け寄った。ショウコが顔をあげる。


「ゴミクズ、ササキが、」

「わかってる」


 アスファルトにへたり込んだチサトは、呼吸も荒く、顔中に脂汗を浮かべていた。ゴミクズが彼女に触れようとすると、チサトは存外に強い力で、それを払い除ける。ぎろり、とこちらを睨む目に、強い敵意のようなものが混ざったのを、ゴミクズは理解した。

 こいつ、面倒くさいな。

 ゴミクズは思う。鍵の奪取に非協力的なタイプは、今まで何度も相手にはしてきているが。


 ちゃりん、という音がした。アスファルトに、何かが落ちる。小さく光を反射する金属片が、〝鍵〟であると理解するのに、ゴミクズとショウコは数秒を要した。


「ショウコちゃん、私、大丈夫だから……」


 チサトはそう言って、ゆっくりと立ち上がる。またちゃりん、という音がして、鍵が地面に転がった。

 アビリキィである。それは、ほかならぬ笹木チサトの身体から〝こぼれ落ちた〟ものだった。よろよろと歩き出そうとするチサトの身体から、溢れるようにして鍵が落ちていく。二本、三本どころではない。

 アビリキィが使用者の身体からこぼれ落ちるのは、基本的に才能への依存度が極端に低い場合で、これはレアケースだ。精神が才能を受け付けないため、キィを体内に保持できないのだ。

 しかし、チサトの事例はそれとは明らかに違う。ゴミクズは理解した。彼女は、人体が保有し得る才能のキャパシティを超えて、アビリキィを体内に保有しているのだ。不二崎沙織の時などとは、比べものにならない量を。


「笹木、おまえ、何本の鍵を入れてるんだ……?」


 ゴミクズは、チサトを睨みつけるようにしてそう言った。


「………」


 チサトは答えない。ただ、一瞬だけ動きを止める。


「ショウコから聞いたぞ。おまえの最近の様子がおかしいと。〝魔女〟からアビリキィを買ったんだろう。友達に心配までさせて、それがおまえのやりたかったことか?」


 自分の言葉の、なんと空虚なことだろう。ゴミクズは嫌気がさしていた。こんな説教くさい言葉を、いったい誰が聞いてくれる?


「五味くんにはわからない……!」


 案の定、チサトは絞り出すような声で言った。そして、様々な感情に濁り切った瞳を、ショウコにも向ける。


「ショウコちゃんにだって……!」

「ササキ……」

「やっぱりそうなんだ。ショウコちゃんの友達は、みんま凄い人ばかりで、五味くんだって……!」


 まるで昔の自分を眺めているようないたたまれなさが、ゴミクズにはあった。だから彼は、チサトの言葉の裏に潜む本当の感情を知っている。そして、知っているがゆえに、彼はそれを指摘できない。


「私だけ、何もないんだもん! 私だって、ショウコちゃんの友達なのに、友達でいたいのに、こんな……!」


 まずい、と、ゴミクズは本能的に感じた。幼稚な感情の発露と暴走は、神業チート化の第一歩だ。なんとかして止めねばならない、と思った時、鈴を転がしたような声音が、その小さな歩道に響いた。


「あいかわらずあなたは、デリカシーがないのね。スキルテイカー」

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