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スキルテイカーとチート売りの魔女  作者: 鰤/牙
episode 4 スキルテイカーと命の使い道
25/31

4-6 『プリン』

 スキルテイカーは、姿を眩ませた。


 単純に、直輝ただち・ひかるの前に姿を見せなくなったという、それだけの話ではあるが。結局、あの一件がどれほどの傷を彼の心に残したのか、計るすべはもはやない。

 メガネに問いただせば連絡先を教えてくれる可能性はあったが、輝はそうしなかった。また機会があれば会えるだろうし、なければ会えない。ふらりと姿を見せることがあるかもしれないし、ないかもしれない。


 榎本霧子は死んだ。原因は、心臓発作だと発表されている。記事は新聞の片隅にこっそりと掲載された。


 輝は学校帰りの喫茶店で、新聞を広げながら大きなため息をついた。あの一件から一週間ほど経過するのだが、彼女はそれなりにせわしない日々を送った。メガネの事後処理に付き合わされ、博士の葬儀にも参列した。いや、葬儀に出たのは自分の意志だが。通夜の場で読心術を使うほど、輝の趣味は悪くないが、それでも皆が博士の死を本気で悼んでいるのは理解ができた。

 当然、そこには喪服姿のカレ氏もいたのである。恋人の突然の死に、彼は納得がいっていない様子だった。ましてや、その前日に怪しげな二人組が博士の周囲を嗅ぎまわっていたとなれば当然だ。カレ氏は、冬用のセーラー服で葬儀場に訪れた輝を見つけるや、すごい剣幕でこちらに近づいてきた。


 ああ、面倒くさいことになったな、と思ったのは、覚えている。


 カレ氏は、もうひとりの男はどこにいるのかと尋ねた。輝は知らないと答えた。

 次に、榎本霧子の死について知っていることがあったら教えて欲しいと尋ねた。輝はやはり知らないと答えた。社交辞令として、今回の件は非常に残念であったと、追悼の言葉を告げた。直後、カレ氏に胸ぐらを掴まれた。


『そんなはずがあるか!』


 顔面を近づけて、そのように怒鳴られた。輝がそのとき考えたのは、スキルテイカーがこの場にいなくて良かったということだ。カレ氏のためにもそうだし、スキルテイカーのためにもそうだ。何より、輝自身の後味のためにも、あの怪人物が葬儀に顔を出していなくて良かったと、心の底から思った。


『あんた達が何かしたんじゃないのか! 霧子はちょっと前に会った時まで健康そのものだったんだぞ!』


 親しい人の死を受け入れられない人間というのは、こうしたものだろう。カレ氏の手を払いのけることくらい輝には容易かったのだが、彼女はあえてそうしなかった。周囲の参列客が、カレ氏を取り押さえてくれるのを待った。案の定、カレ氏の友人らしき数名、おそらくは大学の同期だろう。彼らが、カレ氏と輝を引き剥がす。

 輝は乱れた襟元を直し、納得いかず暴れようとするカレ氏を見た。このような騒ぎまで引き起こしておいて、ダラダラと焼香を上げるつもりにもなれない。弁明をするつもりもない。呆気にとられる榎本博士の両親に一礼をして、葬儀場を出た。


 非常にモヤモヤした気分が残った。


「…………」


 今にして思えば、信じてもらえるかどうかは別にしても、カレ氏にだけは真実を話しておくべきだったのかもしれない。だが、カレ氏の連絡先はスキルテイカーしか知らないし、今更になって、という思いはある。輝は内心、様々な感情を持て余しながら、紅茶の中にガムシロップを入れ続ける作業に没頭した。


 納得できないことならば、いくらでもある。榎本博士の死因は心臓発作だ。公的にそのように扱われるのであれば、本来、彼女を轢いたはずの大型車の運転手はどうなるのか。あの事故は、未だに警察の捜査が進んでいない。博士が死に、恋人が嘆き、またスキルテイカーも姿を眩ませたこの状況で、ひき逃げ犯だけがのうのうと生きているとなれば、それは非常に胸糞の悪い話だ。

 輝にできることといえば、せいぜいサイコメトリーによって確認した大型車のナンバープレートを控えて、メガネに教えてやることくらいだった。警察に教えてやってもよかったが、それでそのとき轢かれたのが博士だと発覚した場合、またメガネが事後処理に追われることになる。輝は、ひとまずメガネなりのやり方で、ひき逃げ犯に相応の罰が下ることを望むと言付けて、メガネは善処すると応じた。まぁ、あまり期待はできない。


 スキルテイカーは今、どうしているだろうか。

 榎本博士から、生命力のアビリキィを抜き取ったのは間違いなくスキルテイカーだろう。結果として、博士は二度目の死を迎えることになった。鍵を奪えるにせよ、奪えないにせよ、あのままではスキルテイカーは終わりだろう、という輝の評価は、おそらく正しかったことになる。


 できることならば、再起の機会があればいいのだが。


「相席、いいかしら」


 輝が紅茶の中に7コメのガムシロップを投入した時、そのように声をかけられた。輝はちらり、と顔を上げてから答える。


「どうぞ」

「ありがとう」


 にこりと笑って、自分よりもひと回りかふた回りほど小柄な少女が、対岸に腰掛ける。レース付きの日傘を丁寧に畳み、テーブルに引っ掛けた。見た目に釣り合わない、アンバランスな妖艶さをたたえたゴシックロリータの魔女。


「スキルテイカーならいないッスよ」

「構わないわ。どちらかというと、あなたにお話があって来たの」


 そう言いつつも、チート売りの魔女はメニュー表を眺める。笑顔で注文を取りに来たウェイトレスに対して、呪文のように羅列していく。


「カフェモカのクリームトッピング、あと紅茶のシフォンケーキとアップルパイ。特大プリンパフェもいただけるかしら?」

「あんたの分は払わないッスよ」

「いいわよ。私もお金は持ってるもの」


 注文を繰り返した後、ウェイトレスは笑顔で奥へと引っ込んでいった。魔女はぱたんとメニュー表を閉じる。


「わたしに話って、なんスか?」

「今回の件で、だいぶあなたに負担をかけてしまったみたいね。という話。研究所から無関係な人間を全員連れ出してくれたのは、感謝だわ。ところでその紅茶、ガムシロップ入れすぎじゃない?」

「フツーでしょ」


 そろそろ紅茶の色が薄まってよくわからない飲料になってきている。輝は気にした様子もなく、カップに口をつけた。


「別にあんたにお礼を言われたくてやったわけじゃないしね。自己満足ッスよ。スキルテイカーだって、あれで人がバタバタ死んでたら、もうホントに立ち直れないでしょ。まぁ、死んでなくても、立ち直れないかもしれないッスけどね」


 輝はうそぶく。その間に、ウェイトレスが魔女の注文した皿を次々に運んできた。


 彼女としても、魔女に言いたいことはあるはずだ。が、実際目の前にしてみると、なかなか出てこない。結局のところ、自分はあくまでもスキルテイカーの知人として魔女のことがいけ好かないのであって、魔女の行い自体にいちゃもんをつけられるようなポジションではないのだ、と思う。

 実に面倒くさい。自分の性格も含めだが。輝は新聞を広げて、魔女の視線から隠れた。


 博士の研究は、ほかの職員が引き継ぐことになったらしい。パソコンが起動状態のまま放置されていたので、必要なデータはすべて吸い出すことができたのだ。もし、博士が大型車に轢かれたまま命を引き取っていたならば、セキュリティ管理のカッチリしすぎたパソコンの中で、書きかけの研究論文が埋もれてしまう可能性も十分にあった。

 博士の功績は、彼女が生きた証としてきちんと残る。それだけは救いと言えたかもしれない。無論、魔女の行いを肯定するつもりにはなれない。が、その点においてはきちんと意味があった。スキルテイカーが、意を決する直前にしたであろう、数瞬の躊躇もまた、研究の後押しとして、大きな価値があったはずだ。


「いつかは実を結ぶはずよ。遅れることにはなるかもしれないけれど」


 魔女は、輝の心を見透かしたかのようにそう言った。心を読まれるのは新鮮な感覚だ。


「そりゃまあ、そうでしょうけど……うわあ」


 新聞を畳んで顔を覗かせ、輝は声を漏らした。

 チート売りの魔女は、運ばれてきたカフェモカにタバスコをぶちまけていたのである。さすがの輝もこれにはヒく。


「あんたの味覚どうなってんスか」

「正直、あなたには言われたくはないわ」


 そこには、甘党と辛党の密やかな激突があったのだが、それはさほど白熱化もせずに沈静化した。


「ま、いいや。わたしもあんたに聞きたいことあるんスよ」

「あら、なにかしら。欲しい才能があったら相談に乗るわ」

「いや、そんなんじゃないんスけどね」


 そのへんは間に合っている。顔もスタイルも頭の良さも運動神経もだいたい自信があって、おまけに超能力までついてきているのだ。直輝の人生は、大変すばらしい初期設定である。強いて言うなら名前にちょっと文句があるが、まぁこれはこれで味もある。

 輝は、紅茶のようで紅茶ではないナニカになった液体をゆっくりと飲み干してから、口元を拭い、尋ねた。


「あんたとスキルテイカーは、どういう関係なんスかね」


 単純な好奇心である。だが、輝は尋ねた。


 スキルテイカーがあそこまで魔女とアビリキィを憎むには、何か所以があるはずなのだ。話す限り、彼は性根の明るい、比較的まともな感性の人物であったように思う。鍵に関わるときのみ、人格が豹変する。結果として、スキルテイカーは二つの軸を備えた人物となる。正義の味方たるスキルテイカーと、気さくな浮浪者たるスキルテイカーは、今までは別の存在であったが、ここ最近になってその二つが同時に顔を出すようになっている。結果が、アレだ。

 正義の味方たるスキルテイカーの根源を探したとき、それはやはり、魔女とアビリキィに関わることなのではないだろうか。輝はそのように考えていた。そしてこの時、魔女に対してストレートに聞いた。


「心を読めるあなたが知らないということは、知ることに遠慮しているんじゃないかしら」


 魔女はくすりと笑って、スプーンでプリンの山を切り崩しにかかる。


「スキルテイカーと同じよ。私も口を割らないわ。あなたが、心を読むというのなら、別だけれども」

「…………」


 そう言われてしまうと、意地でも読みたくなってしまうのが、直輝という人間だ。

 知ることの遠慮しているというのも事実である。輝だってしょっちゅう人の心にズケズケと入り込んで、内情を探るようなデリカシーのない人間ではない。事件の調査中ともなればまた別だが、時として仕事のパートナーともなるスキルテイカーに対しては、それなりにTPOをわきまえて読心術を使ってきたつもりだった。


 それでも、知りたくなるというのは人情である。人情であるが、やはり、ここで読心術を使ったら負けな気はする。


「あんたは、ブレないんスね。スキルテイカーみたいに」


 敗北を認めたくなくて、ぶっきらぼうに出た言葉だったが、それは一瞬、魔女の笑顔をかき消した。


「どうかしらね。私は、鍵を与えることしかしないから。彼が、鍵を奪うことしかできないように」

「あんたも迷うことあるんスか?」

「いいえ、それだけはしないわ。約束があるから。彼も、本当はそのはずなんだけれど」


 輝は、その笑みが消えた一瞬のうちに、ほんのわずかだが、チート売りの魔女が持つ本来の性根を垣間見たような気がした。この時、得意の読心術を使えば、おそらく全てが明らかになるだろう。スキルテイカーの過去も、魔女の過去も、二人に一体何があったのかも。


 そうとうな自制心を要した。が、輝はなんとか衝動をこらえた。我慢した。

 代わりに、魔女が丁寧にプリンを削り取っているのを眺めて、このような質問をする。


「で、あんたナニ作ってんスか」

「これかしら。これは、おっぱいプリンだけど」


 結局は、似た者同士なのか。

 魔女渾身の力作である。念動爆砕するのを堪える自制心は、さすがに残っていなかった。

次章、最終章『episode 5 スキルテイカーと業突張りな魔物』を掲載予定。

予定日は4/7より5日連続。

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