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スキルテイカーとチート売りの魔女  作者: 鰤/牙
episode 3 スキルテイカーと報われない男
19/31

3-6 『別離』

「もう少し働いてもらってもよかったんだがねぇ」

「最初から決まっていたことなんで」


 残念そうな顔で店長が言うが、スキルテイカーはかぶりを振った。

 コンビニバイトの最終日である。助っ人として急遽加入したスキルテイカーだが、研修中だった二人のバイトがようやく一人前になり、スキルテイカー自身はお役御免となる。だが、店長は名残惜しそうだった。それは、単純に人柄の良さから別れを惜しんでいるわけではないのだろうと、スキルテイカーは思う。このコンビニは、依然として戦力不足のままなのだ。


 駒場佳祐は、三日前から出勤していない。


 コンビニの方に本人から断りの連絡は一切なかったが、店長は不意に姿を消した彼のことを怒るでもなく、むしろ心配した。彼の住まいで何が起きたかを知ったあとは、なおさらである。

 神業チートによって引き起こされたアパートの半壊は、ガス爆発によるものであると結論づけられた。メガネの仕事は早い。あの場でスキルテイカーと神業チートを目撃した付近住民は、アパートの建て直し作業とガス管の点検・工事の名目でまったく別々の場所へと一時的な引越しを余儀なくされた。多くの場合、彼らは互いに連絡を取り合う手段はなく、インターネットやSNSなどを用いて真実を声高に叫んだとしても、握りつぶされるか虚言と思われるかのどちらかだろう。一連の出来事は、表に出ることはない。


 帰る場所を失った駒場は、体調に異常がないかどうかを調べるためにも一度病院に搬送された。スキルテイカーは彼にかけてやる言葉を見つけられず、その日は結局帰宅したが、後日改めて病院に行ったとき駒場は既に退院をしていた。

 スキルテイカーは、何度かメガネに連絡をとったが、駒場がその後どこに行ったかを教えてもらうことはできなかった。あの男が知らないとは思えない。アビリキィに関わった人間のその後を把握するのも、あの男の仕事の一環であったはずなのだ。だが、メガネはかたくななに、口を閉ざしたままであった。


 それでも何か、せめて一言ないかと尋ねるスキルテイカーに、メガネの発した言葉はこうだ。


『知らない方がいい』


 その言葉の意味するところまでは、スキルテイカーにはつかめない。だが、駒場に何か、自分の知らない致命的な変容が起きていることはおぼろげに察しがついた。そして、そこを乗り越えてまで一歩踏み込む勇気を、スキルテイカーはほんの一瞬躊躇する。

 そして、その一瞬はもう戻ってはこなかった。メガネは二度と、その話題には取り合ってくれなかった。だからスキルテイカーは、駒場佳祐がいまどこにいるかを知らない。


「短い間ですが、お世話になりました」


 スキルテイカーはそう言って頭を下げ、バイト先であったコンビニを去る。駒場だけではなく、ここで働く人間はみんな人柄がよかった。居心地のいい空間ではあったが、スキルテイカーは決別を心に決める。コンビニを後にし、スキルテイカーはまたも駒場のことを考えていた。


 あの一件は駒場を変えたらしい。それがどのようなものであるか、スキルテイカーは考えることが怖かった。あの人のいい、甘っちょろい男は、もうこの世界のどこにもいない。そう考えると、心の隙間を吹き抜ける空虚な風が肌寒かった。

 これが回避できたことなのかと言えば、それは難しい。アビリキィの有無に関わらず、駒場はいつでもこうなる可能性があった。それが余計に、スキルテイカーにとってやるせないのである。鍵のせいにすれば魔女を責めることもできたし、あるいは鍵を引き抜いたせいであるとすれば、自分を責めることができた。だが今回の件はどちらでもない。責任の半分は駒場にあり、残る半分は顔も知らぬ大多数の人間たちにあった。


 スキルテイカーがふらふらと歩きながら、いつの間にかたどり着いていた場所は、カラオケルームであった。駒場と以前一緒に入ったところである。ここに来た理由はわからない。気がついたら足が向いていた。

 店の前で少しためらいはしたものの、意を決して入り、店員の好奇の視線を受けながらも、かろうじて部屋を取ることに成功する。相変わらず機種がどうのこうの、というのは、まったくわからなかった。指定された部屋に向かう途中、他の部屋を覗き込んでみるが、当然駒場はいない。名前も顔も知らぬ若者たちがマイクをとり、己の思うままに歌っている。みんな楽しそうではあった。


 スキルテイカーは部屋に入ると、内線で適当なドリンクを注文してソファに腰掛ける。電子目録の履歴は、見たこともない曲名で埋め尽くされていた。しばらくしてジュースが運ばれてきても、スキルテイカーはずっと目録を弄り続ける。


「………」


 彼はようやく何かを思い立ち、曲の検索を始めた。駒場が最後に歌ったあの曲である。聞いたのは一回切りだが、記憶にはしっかり残っている。意を決して曲の登録をすると、スキルテイカーはマイクを握った。


 歌をうたうのは久しぶりだ。


 駒場は、みんな歌が好きなのだと言っていた。多分それは決して間違いではない。大方の人間は、歌が好きだ。歌うのも、聞くのも。スキルテイカーもまた、久しぶりに歌をうたうのは楽しかったが、それでも心の奥底に引っかかったモヤだけは、晴れる気配がないのであった。





「よう、スキさん。珍しいな。スキさんがひとりでネットカフェにいるなんて」


 さらに三日後のことである。スキルテイカーは、偶然ゲンさんと出会った。


 いや、偶然ということもないか。ゲンさんはここ最近、二日に一度はネットカフェを利用しているというから、エンカウントする可能性は非常に高かった。スキルテイカーがオープンシートにいるのであればなおさらである。彼の格好は非常に目立つものだ。


「また歌ってみた動画か、スキさん。ハマってるなぁ」

「そうなのかな。そうなのかもしれない」


 どうにも、彼らの決して上手いとは言えない歌には中毒性があるようで、スキルテイカーは気がついたら歌ってみた動画を巡回するようになっていた。お気に入りの歌い手も何人かできてしまっている。彼らはみな楽しそうに歌っていた。中には辛辣なコメントも流れてはきたが、それでも流れてくるコメント量自体が大したことはないし、気に入ったユーザーが何度かあしあとを残すから、それが彼らの心の原動力になっているのだろうと思う。


「あのさ、ゲンさん」

「どうした」

「なんでこういうコメントとかってつくんだろうなぁ」


 スキルテイカーは、その辛辣なコメントのひとつを指差して言った。


「そりゃあ前も言ったろ。誰かを叩いて安心したいんだよ。ボカロの方だって、底辺は酷いもんだぞ」


 それはまぁ、わからなくもないが。ただ下手な歌を叩きたいのはわかるとしても、なぜ歌ってみること自体がさも悪であり恥ずかしいことであるかのように扱う風潮があるのか。そこだけが、スキルテイカーには理解できない。

 それの関しても、ゲンさんはこのように言った。


「だからさ、あれだよ。素人が自己主張するのが恥ずかしい、みたいな風潮があるんだろ。誰だってそういう時期があったけど、みんな夢から覚めるだろ。中二病とかっていうだろ」

「中二病ってなんだよゲンさん」

「知らないのか。スキさんは本当にものを知らないな」


 ジュースを飲みながら、半世紀以上を生きた老ホームレスは険しい顔を作る。


「思春期の屈折した自意識というか……自分は他とは違う的なインスタント個性を求めるわけだ。それが創作だったりバンドを作るだったりするんだが、まぁだいたい途中で才能のなさに気づいて、それを後から思い出して恥ずかしがったりするんだよ。で、自分がオトナになったと思い込んでふと周りを見渡してみるとだな。自分が昔やっていたことを、大真面目な顔で続けているやつがいる。いい年したオトナだったりするし、昔の自分みたいにコドモだったりする。それを叩きたがるんだなぁ。人間は」

「自分が挫折したからか? 嫉妬なのか?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれん。俺は夢を諦めた側の人間だから、羨ましいっていうのはちょっとわかるな。単純に、そいつらの努力が実らないものだと嘲笑いたいのかもしれん。でも、大抵叩くのは挫折した側の人間じゃないのかなとは思う。挫折した自分を彼らに重ねて、いまの自分を正当化したいのかもしれない。まぁよくわからん」


 結局、ゲンさんの結論はふわふわしたところに落ち着いたのだが、スキルテイカーはやけに暗澹たる気持ちになった。

 もしも彼のいうように、挫折がゾンビ映画のように伝播していくものであるならば、あの男は、駒場はどうなる。スキルテイカーは、駒場は薄暗い部屋でひとりパソコンに向かい、他人のあげた歌ってみた動画にいわれのない誹謗中傷を書き込んでいる光景を思い浮かべた。正直、ぞっとしない。


 挫折によって亡者になる人間だけではない。そこから這い上がる人間もきっといるはずだと、スキルテイカーは自分に言い聞かせたが、それでもぬぐい去れない悪夢のような光景だった。


「浮かない顔だなスキさん」

「いや、大したことじゃないんだ」


 あの甘っちょろい男には、人のいいへらへらした笑顔が似合う。もし今は無理であるとしても、いつかそれを取り戻して欲しいと、思わずにはいられない。


「ゲンさんはどうして夢を諦めたんだ」

「そりゃあ、日々の生活に追われてそれどころじゃなかったからだよ。でも、それで別に良かったんじゃないかね。多分俺、何も考えずに歌を楽しむ方が好きだよ。プロになってたらきっと今よりは楽しくないね。ボカロや歌ってみたにだって偏見を持ってたかもしれん」


 そう言って、ゲンさんは後ろから身を乗り出し、スキルテイカーのマウスを勝手に取った。


「あっ、おい」

「まぁ待てって。昨日だな。俺が贔屓にしているPが新作を上げたんだよ。聞いていけ」


 そのまま枯れ枝のような指でキーボードを叩く仕草は、とうてい70歳を超える老ホームレスとは思えない。相変わらずゲンさんの薦める曲は、わけのわからないタイトルに可愛らしいボカロのイラストがついたサムネイルで、スキルテイカーの視聴意欲を減退させるものである。それでもゲンさんの薦めは断りきれず、スキルテイカーはサムネイルをクリックし、再生ボタンを押した。


 アップテンポなイントロが終わり、ヘッドホンからスキルテイカーの耳に、甲高い電子音声の歌声が流れ始める。この声にももうだいぶ聴き慣れたためか、字幕を見なくともだいたいなにを歌っているのか、理解できるようになってしまっていた。


「なかなか奥深いだろ? な?」

「そうだな……」


 実際、奥深いかどうかはともかくとして、曲自体は相変わらずスキルテイカーの好みである。

 結局のところ、スキルテイカーはその晩も12時間耐久ボカロ漬けに延々と付き合わされるハメになった。

次章、『episode 4 スキルテイカーと命の使い道』を掲載予定。

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