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スキルテイカーとチート売りの魔女  作者: 鰤/牙
episode 3 スキルテイカーと報われない男
15/31

3ー2 『バランス』

 男の名前は、駒場佳祐といった。25歳のフリーターだ。職場の同僚の話では、大人しく自己主張をしない、控えめな性格の人間であるという。人付き合いは悪くなく、飲み会に誘えば来るし、そこそこみんなと絡みながら、飲酒は適度に楽しみ、酔い潰れた仲間の介抱までしてくれる。どちらかと言うまでもなく、〝いいひと〟に分類される人間。それが駒場佳祐だ。


 ぶっちゃけ、話を聞かなくてもわかっていたことではある。


 スキルテイカーは二つのパンパンに膨れ上がったゴミ袋を店の裏側まで運び、大きなため息をつく。青と白のストライプが印象的なコンビニの制服も、三日経てばだいぶ慣れる。仕事はわからないことだらけだったが、そこはアビリキィのおかげでなんとかなっていた。


「スキさん、そのゴミ捨てが終わったら品出ししといてもらっていいですか?」


 人の良さそうな笑顔で駒場が言う。スキルテイカーは短く頷いた。


「ああ……」

「なんかすいません。急に二人も辞めちゃったから、人手が足りなくって」

「気にするな。約束だからな」


 三日前の朝、繁華街脇の公園で、駒場を見つけたスキルテイカーは、彼の周囲からアビリキィの気配を感じ取った。もともと回りくどいことが苦手で、短絡的な性格のスキルテイカーである。自らの嗅覚と、行動方針の赴くまま駒場に接近し、お得意のキメセリフを発した。通報待ったなしの不審人物である。

 だが、この時スキルテイカーは、駒場の〝いいひと〟っぷりのおかげでクサいメシを免れた。駒場はスキルテイカーの意味不明な言動に対して首をかしげ、しばらく思案した後、額の髪をかきあげてこう言った。


『ひょっとして、これのことですか?』


 そこにはまごう事なき鍵穴状のアザがあった。駒場はアビリキィの使用者である。

 スキルテイカーは交渉が難航することを覚悟の上で、定例のお説教をはじめた。正確にははじめるつもりだった。まずは改めて自己紹介から入り、彼の持っている鍵、アビリキィを集めているのだと話す。どのような事情があっても、駒場から鍵を奪い取るという旨を説明し、さぁお説教に入るぞ、と思ったとき、駒場は勢いよくその出鼻をくじいてきた。


『わかりました。差し上げます』


 なにせスキルテイカー。このような経験は初めてであるからして大変に困惑した。はじめるつもりだったお説教は急遽中断し、『おまえ本当にそれでいいの?』と思わず聞き返してしまう始末である。しかし駒場は終始笑顔であった。


 曰く、


『いいんです。俺には分不相応なものですから』


 果たしてそれは本音なのだろうか。チート売りの魔女は、ひときわ才能を強く願った者の前にしか姿を見せない。もちろん例外はあるが、少なくとも、ここまでアビリキィに無頓着な人間に対して、鍵を手渡すことなど今まではなかった。

 相手が協力的であるに越したことはないのだが、スキルテイカーの困惑は晴れない。だが駒場は、そんな怪物の事情など知ったこっちゃないとでも言うように、ふたつの〝条件〟を提示してきた。スキルテイカーは、ひとまずおとなしくそれを聞く。


 ひとつ。駒場は自らの趣味がカラオケであることを恥ずかしそうに語り、このアビリキィを体内に宿した状態で、最高の一曲をうたわせて欲しいと言った。それを録音し、動画に編集してインターネットにアップロードしたいのだと言う。

 それは、スキルテイカーにとって容易には承諾し難い条件であった。駒場の提示する条件とはすなわち、一時的にでも彼にアビリキィの所有権を認めることと同義であり、それはスキルテイカーの行動理念に大きく反する。

 だが、これほどまでに友好的な態度をとられたことはスキルテイカーにとっても初めてである。彼は才能の強奪者であるが、物事を穏便に済ませられるならば、それに越したことはないのだ。駒場の条件を飲み彼の要求に従えば、誰も傷つかずにアビリキィを回収できる。物事に対して潔癖すぎるきらいがあるスキルテイカーは、ぐらつく天秤の両皿を、このとき真剣に吟味した。


 最終的にスキルテイカーは、消極的にではあるが了承の意を示した。

 理由は大きく分けてふたつである。ひとつは前述の通りだが、もうひとつの理由として、駒場の様子が一見して安定しているという事実が挙げられた。彼は才能に対して強い執着心を抱いているわけではなく、しかし才能そのものを突き放しているわけでもない。才能に対する距離感の、極めて奇跡的なバランスの上に、駒場佳祐とアビリキィは一体化していた。彼は才能の力をある程度自由に引き出しつつも、神業チート化の兆しがいっさい見られないという、非常に稀有な状態にあった。


 強引にアビリキィを引き剥がそうとすれば、それに対する拒絶が才能への執着心に繋がり、このバランスが崩壊しかねない。そうなった場合、スキルテイカーは怪物と化した駒場を打ち倒すことになり、彼の友好的な態度を完全に無駄なものにする結果となるだろう。


 では、とスキルテイカーは質問をした。もうひとつの条件とはなにか?


 その時、駒場は頬を掻きながらこう言ったのだ。


『うちのコンビニで働いてくれませんか』





「いやぁー、しかし本当に助かったよ!」


 スキルテイカーの肩を叩きながら、チビハゲデブのコンビニ店長は笑った。


「まさか二人もバックれるとは思わなかったからさぁ。駒場くんの紹介なら安心だ。今日面接した二人は明後日から入れるらしいから、それまでは働いてくれるってことでいいんだよね?」

「はぁ、まぁ……」


 スキルテイカーは少しばかり恨みがましい視線を駒場に向けるが、彼はニコニコと笑って手を振るだけだ。

 まぁ、いいだろう。これもアビリキィを得るためだ。おまけにバイト代も出る。けっこうなことではないか。


 コンビニバイトを始めるにあたり、やはり元の風体では困るということで、スキルテイカーは『愛想』のアビリキィを使用した。以前、国立の小学校に潜入した時にも使用したものだ。あの時は才能の開放具合を全開にしていたので、終始気味の悪い笑顔を浮かべることになったが、今回は控えめにしてある。おかげであまり効果は出ていないが、両目の不気味な発光と指先の鉤爪を抑えるだけでも、スキルテイカーはだいぶ人間らしくなれる。


「ふぅ、おつかれ」


 店長からも解放され、ようやくの休憩時間である。スキルテイカーは手狭な休憩室の椅子にどっかりと腰を下ろして、天井を見上げた。


「お疲れ様です」


 駒場はにっこりと笑いながら、礼儀正しく挨拶をする。

 スキルテイカーは、ジュースのペットボトルを片手に、休憩室の片隅で漫画の単行本を開く駒場をじっくりと観察した。

 好青年を絵に書いたような駒場佳祐は、自己顕示欲とは無縁の存在であるように思える。人間なんて腹の底では何を考えているかわからないとは言っても、実際の駒場を見れば十人が十人、同じ感想を抱くことだろう。そんな彼が、アビリキィの力を使ってまで自分の歌を動画サイトに上げたいと思っているというのは、正直なところ意外だった。


「なぁ、駒場」


 スキルテイカーは、まだ他の誰かが休憩に入る気配のないことを確認してから、口を開く。


「どうしました?」

「そういえば、詳しい理由とかをまだ聞いていなかったな」

「なんのですか?」


 微妙なところで察しが悪い。ほんのちょっぴりイラッとする。


「おまえが鍵を使ってまで歌おうとする理由だよ」

「あー……」


 駒場は漫画から視線を外して、宙を睨みつけた。

 あまり彼にとって愉快な話ではないのだろう。だが、スキルテイカーはここで質問を取り下げるようなことはしない。いったい彼がどのような思いで鍵を使ったのか、知っておきたかった。

 しばらくの沈黙があってから、駒場は口を開く。


「スキさん、『歌ってみた動画』ってわかります?」

「おまえに出会う前の日に知ったばかりだよ」

「あ、そうなんだ。どう思いました?」

「まぁ、こんなもんなんじゃない? って」


 別にプロ並の歌唱力を求めていたわけではない。そんな意味を言外に匂わせたスキルテイカーの言葉は正直なものだ。駒場は苦笑する。


「みんな、そう思ってくれればいいんですけどね。なかには、酷いコメントを残していく人もいるんです」

「おまえは酷いコメントを残されたのか」

「ええ、まあそれなりに。あの時はちょっと凹んだな」


 駒場は遠い目をするが、そこに濁った感情はいっさい見られない。


「別に仕方のないことなんですよ。俺は歌が下手だったから、叩かれたんです。でも、コメント欄を見ているとちょっとだけ悲しくなったっていうか、なんだろう。上手く言えないですけど、彼らも本当は歌が好きだと思うんですよ。だからせめて、歌で見返したかったっていうか」

「練習して上手くなるべきだったんじゃないのか」

「本当はそうですよね。情けない話ですよ」


 駒場はへらへらと笑った。

 彼は甘いな、とスキルテイカーは思う。自分に甘いし、他人にも甘い。きっと優しくて、人がいい人間なのは確かなのだろう。そしてそれは決して、悪いことではない。誰かを苛立たせることはあるだろうが、職場ではきっちり仕事をこなすだけの能力を持ち合わせているし、その甘さが誰かを助けてきた回数も多いはずだ。

 だが、彼は人間の善性を信じすぎているように思えた。スキルテイカーは当事者でないので、彼の動画が〝荒れた〟背景をよく知らないが、問題はそう根の浅いものではないのでは、ないだろうか。


「みんな歌が好きだって、本当にそう思うのか?」

「スキさんは嫌いなんですか?」

「俺は好きだよ。ただ……」

「じゃあ、いいじゃないですか」


 駒場はまたも笑顔で言った。


「歌が嫌いな人なんていませんよ。だから、せめて1回でいい。上手な歌をあげてみたいんです」

「そうか……」


 スキルテイカーは、それ以上彼の言葉を否定する術を持たない。心の中にもやもやしたものを抱えながらも、そう言わざるを得なかった。駒場は漫画本を閉じ、時計を見ながら立ち上がった。


「休憩終了ですね。スキさん、もうすぐで上がりですから、最後まで頑張りましょう」





 今日のバイトが終わった。駒場は店長の要請でもう少し残って仕事をしていくらしいが、スキルテイカーは先に上がらされる。破棄のコンビニおにぎりをいくつか持って帰ってもいいと言われ、スキルテイカーはちょっとウキウキした気分で家路についた。まぁ家はないのだが。

 帰り道、繁華街脇の公園に寄る。この時間帯は、いちゃつくカップルもいなければ仕事をサボるサラリーマンも、時間を持て余したホストもおらず、スキルテイカーはのんびりした気持ちでベンチに腰掛ける。ビニール袋から、いくつかのおにぎりを取り出した。


 ビニールを剥がして、さぁ食うか、となった時、すっかりお約束となった声が彼の耳に届いた。


「ごきげんよう、スキルテイカー」


 黒のゴシックロリータ・ファッションに青く澄み渡る瞳。チート売りの魔女が、日傘をくるくると回しながら、いつの間にか〝そこ〟に立っていた。


「おう、ごきげんよう」


 今日に限っては、スキルテイカーもそう気が立っているわけではない。若干面倒くさく思いつつも、適当な挨拶をした。


「隣、いいかしら?」

「好きにしろ」


 言って、スキルテイカーはおにぎりにかぶりつく。ぱりっ、とした海苔の音が、ひと気のない公園に響いた。コレステロールの高そうな味が、口内いっぱいに広がっていく。ツナマヨなんて久しぶりに食べるのだ。

 チート売りの魔女は、スカートを抑えながらスキルテイカーの横にちょこんと座り込んだ。いったい何の用だ、とは思わなかった。だいたい彼女がスキルテイカーの目の前に姿を見せるときは、用件だって決まっているのだ。


「あなた、彼のことどう思う?」

「彼って?」

「駒場佳祐よ」


 だろうな、と思って、スキルテイカーはおにぎりをかじった。ツナマヨの入った部分が根こそぎ取られて、あとは味気ないご飯と海苔だけが残る。


「やっぱりあいつにアビリキィを渡したのはおまえか」

「私以外に誰がいて? ところでスキルテイカー、おにぎりひとつもらっていいかしら」

「好きなの持ってけよ」

「ありがとう」


 魔女は、スキルテイカーの持ってきたビニール袋をガサガサと漁って、適当なおにぎりを見繕う。そのままビニールを剥がして、おにぎりの頂上部にぱくりとかじりついた。ぱりっ、という、海苔の割れる音がする。

 もぐもぐと咀嚼する彼女の口は小さくて、かじり取れたのは本当に頂上の一部だけだ。まだ具にも届いていない。


「あんな奴に鍵を渡すなんて、おまえの目も曇ったのか?」

「どういう意味かしら。でも、私も不思議ではあったわ。強い思いに惹かれて姿をみせたつもりだったのだけれど、彼、あまり欲がないのよね」


 チート売りの魔女は、欲深い人間をこそ愛する。欲望のエネルギーこそが人々を進化させるというのが魔女の持論だ。だから彼女は、より強い欲求を持つ者の前に姿を現し、鍵を授ける。その欲望を見事に制御し、自らのものとした人間こそが次のステージへ行ける。キーホルダーとは、彼女の愛した人類のあるべき姿そのものなのだ。


 そういった観点からすれば、駒場佳祐は魔女の標的から外れる。スキルテイカーも魔女も、そこが不思議で仕方が無かった。


「だが、おかげで奇跡的なバランスが成立している。おかげで仕事が楽だ」

「そのようね。その一点においてのみ、彼は素晴らしいわ」


 スキルテイカーと魔女は、並んでおにぎりをかじる。


「このバランスに関してはまだまだ研究が必要ね。スキルテイカー、あなたにとっても理想の状態なのではなくて?」

「ふざけるな」


 咀嚼の後におにぎりをごくりと飲み込んで、スキルテイカーは言った。言いながらも、ビニール袋から2個目のおにぎりをまさぐる。


「アビリキィが存在すること自体が俺にとってはあってはならん状態だ。駒場からも鍵は奪う」

「彼の望みを叶えた上で? でもスキルテイカー、彼の本当の望みは、きっと叶わないわ」

「知ってる」


 スキルテイカーは、おにぎりの包装を外してため息をついた。


「知ってるからやるせないんだ。問題の半分はあいつにあるが、残りの半分は違う」

「ええ、鍵を得ようと得まいと、結末はきっと変わらなかったわ」

「じゃあなぜ鍵を与えた」

「あなたが鍵を奪い続けるのと、同じ理由よ。スキルテイカー」


 その瞬間、ふたりは同時に手を止め、互いに顔を合わせた。


 にらみ合った、というべきか。

 見つめ合った、というべきか。


 スキルテイカーは、魔女の深海を思わせる昏く深い蒼を。魔女は、スキルテイカーの燃え盛る鮮血のような紅を見つめ、しばらくの間無言となった。両者の心中を駆け巡るはいかなる感情か。同調と嫌悪、安堵と憤怒を綯い交ぜにした、言語化できないものである。それは、両者の関係そのものを象徴する感情でもあった。


「おまえが嫌いだ」

「私もよ、スキルテイカー」


 ふたりは視線を前に戻した。苛立つようにおにぎりを貪るスキルテイカーをちらりと見て、魔女は言う。


「このおにぎり美味しくないんだけど、交換してくれない」

「やだよ」

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