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7話

 日が傾き、地に映る影が東へと伸びる夕暮れ時。


 本日の授業は全て終えており、部に所属していない生徒達は既に帰宅の路についている時間帯に、遊真は一人、校舎裏へと訪れていた。


 勿論、目的があってである。いや、正確には目的を押し付けられて来たと言うべきだろう。


 昼休み、流星の発した言葉がリフレインする。


『あたしが天宮を誘い出すから、あんたは先に校舎裏で待ってなさい』


 何故、好意的な感情すら湧いていない相手に告白をせねばならないのだろうか。


 バックレようかとも考えたが、相手は上級生をところ構わず引き摺り倒してしまうあの流星である。その少女に『逃げたらある事ない事言い触らすわよ!』と釘を刺され、猛禽類の目で射竦められては、とてもじゃないが後が恐くて行動に移せなかった。


 願わくば天宮鈴音に用事がありここに来れないという状況なのだが、全て跳ね除けそうな流星の行動力の前では、大した期待は出来ないだろう。


 遊真は改めて自分のいる場所を確めるように見回す。


 学校の敷地と外部を隔てるコンクリート製の無機質な塀と校舎との間に生まれた、自動車が一台通れるほどの幅のこの空間。しかし、塀に沿うようにして植えられている手入れの行き届かない樹木の所為で、見た目以上に狭く感じる。


 他に目ぼしいものも見当たらず、また下校時刻を過ぎた今、こんなところに呼び出された天宮はどんな顔をしてくるのだろう。


 なんとなくいつもの柔らかな笑みを見せてくれそうな気はするが、そこは正体不明の少女である。その表情に感情面まで合わせてくれるとは思えない。


 また不審を抱いている可能性も十分ある。何しろ伝令兵はあの流星なのだ。真っ当な話で伝えられるとは思えず、何を吹き込んでいるのか皆目検討がつかない。


 あくまでそれはここ数日遊真が見た流星の評価からの想像なのだが、実は心根の優しい少女で、表現方法が少々常軌を逸脱しているに過ぎず、本心から応援してくれているのかもしれない、と考えれるほど遊真は善人ではなかった。


 ただ、遊真の意志とは裏腹な真っ当に伝わり方をしたにしろ、捻じ曲げられ面白可笑しく伝達されたにせよ、確実なのは、今後気まずい高校生活を過ごす事になる可能性が非常に高いという一点。そこからどういう転がり方をするか不明だが、その結果如何で流星という少女との距離を計り直さなければならないだろう。


 面倒な少女に巻き込まれた、と思えば自然と項垂れ、溜め息が漏れる。


 とその時――、視界が下がった拍子に、ざわり、と感じた。


 何かが後頭部から眉間を貫くような気配。それは冷やされた細い針でも打ち込まれたような感覚なのだが、幸い物理的な痛みは伴っていない。


 ――見られている。


 それを理解した遊真は咄嗟に振り向く。いや、見上げた。


「なっ!」


 そして自分に意識を向けた先の人物を見とめ、絶句する。


 何故、と様々な疑問を抱くのも無理は無い。


 何時からそこに居たのか、校舎三階辺りから遊真を真下に見下ろす人物がいた。


 三階「辺り」というなんとも抽象的な表現だが間違いはない。その見知らぬ人物は三階の窓から顔を覗かせているのでは無く、なんと校舎外壁に直立しているのだ。


 垂直に。平然と。


 靴裏が壁に張り付いているのか、いつまで経っても落ちてくる様子もない。重力を無視しつつ壁に立ち、見下ろされるという構図からくる視覚的な違和感に、自分の平衡感覚が不安を訴え出す。


 遊真と同じ制服を着ているところから社台学園の男子生徒なのだろう。


 しかし、その巨躯は明らかに高校生離れをしていた。肥満ではなく、かといって背が高いだけでなく。真新しい制服の上からでも容易にわかるアメフトの選手でも彷彿させるがっしりとした体格は、鍛え抜かれた筋肉が全身を覆っている様を想像させ、身体能力の高さを否が応でも窺わせた。


 短く刈り込んだ黒髪の下、黙祷でも捧げているかのように瞼を下ろしている。だが、じっくり観察されている気配だけははっきりと伝わってくるところから、彼のその薄く開かれた眼差しが生来のものなのだろう。


 思わず一歩後ずさり、「誰だ」と誰何を飛ばそうとしたその時、


「そこまでよっ!」


 第三の声が割り入った。

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