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6話

 ランチを共にしてからというものすっかり流星に懐かれてしまった遊真は、席が近いのもあり、休み時間の大半はその小さな少女との雑談にあてがわれていた。


「へー、遊真って南山中出身なんだ。じゃあ、家もここからすぐ近くじゃない」


「うん。信用金庫のすぐ手前」


「なら家も近いかも。といってもあたしの家は川の向こう側だけど」


「そっか。川が学区の境界線になってるんだっけ」


 そんな他愛も無い会話から登下校を共にするようになり、更には数日という時が経つと共に、


「ねえ、どこを気に入ったのよ」


「ど、どこ? って、なんの話さ」


「天宮とかいう女のこと、好きなんでしょ?」


「いやいやいや、好きもなにも彼女のことほとんど知らないし」


「しらばっくれなくてもいいわ。ずっと目が追っかけてたのは知ってんだからね」


 と眉間に皺を寄せたくなるほど馴れ馴れしくなるにまでに至る。


 遊真が担う担任倉科涼子の監視という役目も、この流星という少女のお話相手で頗る中途半端になっているのだが、仮に彼女の存在が無かったとしてもただ漠然と倉科涼子を眺めているだけでは、現状と変わらないといっても差し支えない状況だっただろう。


「まあ、担任にも目を配らせてたみたいだけど、それはカモフラージュね。このあたしにフェイクは通用しないわ。で、本命は天宮、あの女ね。図星でしょう?」


 含みを持たせたイヤらしい視線を投げ掛ける表情は多感な高校生という歳を考えれば相応なのだが、小学生紛いの容姿からは背伸び感ばかりが際立ち、ませた子供との会話に付き合わされている気分だった。


「でも、倉科先生って面倒見良さそうだし、十分美人な部類に入ると思うんだけど」


 遊真の努めて客観的な反応と答えに肩を竦めた流星は、


「何もわかってないわね」


 と前置き、


「あの担任に入れ込めるヤツは頭が相当おかしいわ」


 断言した。


「なんでさ」


「明らかに普通じゃないじゃない。まるで他人の人生さえ背負っているようなあの雰囲気、真っ当な人間でないのが一目瞭然よ」


「何で人の人生を背負ってるのが真っ当じゃないのさ。献身的な良い人に見えるんだけど」


「馬鹿ね。昔からそういう人間は独善的なのよ。自己満足主義っていうのかしら。間違いなく相手の考えなんて聞く耳も立たないタイプね」


 と担任たる倉科涼子をばっさり切り捨て、


「そんなことより今は天宮の話よ。あんたが今まで、大好きな彼女が何考えているか気になってしょうがないーって顔してたのはわかってんだから」


 確かに天宮鈴音が何を考えているか、強いてはその正体が気になる。が、そこに桃色系の感情は皆無である。感情面の洞察力ついては問題があるものの大枠は外してはいない、そんな流星の観察眼に舌を巻くしかなかった。


 このまま黙って聞き流そうかとも考えたが、エンドレスで捏造されていく話を聞かされそうな気がしないでもない。色恋話などあまり得意ではない遊真ではあったが、適当に話を合わせ頃合を見て逸らすのが得策かと考え、不本意ながら彼女の話に合わせる事にした。


「まあ、確かに可愛い顔してるし、人気はありそうだよね」


 と返せば、それ見ろと言わんがばかりに口角を上げ、小さな身体を更に前のめりに傾ける。


「挨拶ぐらいはしてるみたいだけど、実際のとこどうなのよ? 脈はありそうなの? ぐずぐずしてると他に盗られるわよ?」


 盗られるも何も、自分の物ではない。


 と思いつつも、遊真は唯一の接点と言えよう天宮鈴音に誘われ、二人で屋上に上がった時を思い出す。少々勘違いをさせられそうになったが、結果そこに恋愛感情の欠片も無かったのは明白で、寧ろその後の会話から警戒心が抱いたというのが正解であろう。


「そうだね。……掴みどころが無い、というか何を考えているかわからない、というか」


「あら、はぐらかされているのかしら。なら脈無しっぽいわね」


 幾ら相手に合わせた話といえど、直球でダメ出しされては流石に苦笑が漏れる。


 そんな遊真の表情の変化をどう捉えたのか、流星は腕を組みながら暫し考えに耽っていたのだが、やがて何か名案でも閃いたかのように瞳を輝かせ、遊真の内心を不安にさせた。


「いいわ。あたしが人肌脱いであげる」


「え、遠慮します……」


「あたしがお膳立てしてあげるって言ってんのよ? 厚意は素直に受け取りなさい!」


「いや、マジでその気無いし!」


「いーや! あんたが嫌って言ってもあたしはやるわよ」


 と凶悪な笑みを浮かべた流星に、遊真は遅蒔きながら気付かされた。


 今、この少女に善意など欠片も存在しない。そう、自分が楽しければそれでいいという人種なのだと。僅かでも付け入る隙を見せた己が愚かだったのだ。


 この後、暫し二人の間で押し問答が繰り広げられていたのだが、目の前の少女に抗うこと敵わず、結局、遊真は流星の行き過ぎたお節介の恩恵を授かることが決定した。

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