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19話

 井中の説明によれば彼女が召喚陣を描いた場所は、化学実験室の中とのこと。


 化学実験室とは遊真達の教室、一年D組の存在する本校舎とは別棟の視聴覚室や調理室などの特別教室が居並ぶ、通称北館と呼ばれる校舎一階最奥に位置している。


 傾いた日が窓から差し込み横顔を照らし出すこの時間帯、北館に出入りする生徒は少ないらしく、恐らくはまだ被害は出てないのではと予想出来るのは幸いだった。


「いやはや、遊真殿には感謝せねばならないでござる」


「何さ、急に」


「先ほど倉科先生をバジリスク退治に赴かせないよう説得したことでござるよ。何かあったら大変でござる故、上手く切り抜けられて本当に助かったでござる」


 そんな会話をしながら本校舎を一団となって歩いていたのだが、徐々に天宮だけが遅れ、間が開き、遊真達を追いかけるような構図となってしまっていた。それは無意識に彼女を警戒している遊真達三人との精神的な距離を表しているように見える。


「なんであの女も一緒なのよ」


 流星の遠慮のない愚痴が漏れる。静かな廊下だけに恐らく天宮の耳にも届いているだろうが、彼女は嫌な顔どころか相変わらず綺麗な笑み顔を浮かべていた。


 確かに戦力としてどれほど期待出来るのかわからず、更に何を仕出かすか読めない天宮鈴音は色々な意味で不安要素にしか成り得ない。


 教室で留守番でもしてて貰うべきかもしれなかったが、人気のない場所で倉科涼子と一緒にさせるのもまた憂いを残す。結局、自分たちの邪魔にならぬよう後方でギャラリーと化してもらおうと、遊真は彼女の担当する役目を頭の中で割り振ったのだ。


 そうして、遊真が流星の不穏当な言葉に無視を決め込み、彼等が別棟への渡り廊下に差し掛かる頃、不機嫌を募らせ捲くった流星が更に溜め息混じりに口にした。


「にしても、あの井中とかいう女、化学実験室の鍵ってどうやって抉じ開けたのかしら? 普通、かかっているもんでしょ?」


「いや、あの教室は丁度今、鍵が壊れてるでござるよ」


「よく知っているわね、って……、もしかしてあんたが壊しておいたんじゃないでしょうね」


「それをする理由がないでござるよ。あれぐらいの鍵いつでもどうとでもなるが故、拙者達は痕跡を残さぬよう現状復帰が原則でござる」


 どうやら歳蔵は既に調査という名目で過去忍び込んでいたらしい。


 ということは内部にもある程度詳しいのではと、遊真はふと訊ねてみる。


「ねえトシ、実験室の中に洗剤置いてなかった?」


「洗剤、でござるか?」


「うん、台所なんかにある食器用液体洗剤がいいんだけど」


「ああ、隣の準備室には何本か置いてあったでござるよ。それが今、必要でござるか?」


 と問う歳蔵に頷きをもって返した。すると流星が、


「洗剤なんてどうすんのよ」


「使えそうな物は使おうかなって」


 新たな疑問を抱くのだが、漠然とした回答に納得がいかず、やや機嫌を傾けながら憮然とした口調で更なる疑問を重ねている。


「で、肝心のバジリスクへの対策はどうしようってんのよ。何か方法があるって言ってたけど、あたし達まだ何も訊かされてないんだけど」


「ああ、そうだね。そろそろ準備しなきゃ」


 と足を止めてポケットに手を突っ込み、遊真が取り出したのは、


「これさ」


 一台のスマートフォンだった。


 しかし、流星はそれを見せられても今一理解が出来ないようで、遊真が手にしたスマホをめ付けながら片眉を上げていた。


「スマホで何すんのよ。カメラで記念撮影でもしようっての?」


「ご明察」


 と流星の導き出した答えが正答であることを告げ、遊真は手早くカメラ機能を起動させると、流星の怪訝な表情をレンズの中央に納めてみせる。


「いくらバジリスクの視線と言えど、一度デジタル処理されてしまえば大丈夫でしょ。シャッター切らずにレンズで捕捉し続ければいい。みんなスマホは今もってる? ガラケーでもいいよ。画面小さくて大変になるかもだけど」


 昼食時に、流星がスマホを所持していたのは見かけたが、他の二人が持ち合わせているかはわからない。


 念のため、少し離れた位置で立ち竦んでいた天宮にも確認をするが、取り出したスマホを胸元に掲げ、撮影モードを立ち上げて作戦に従う意思を示していた。


 一方の歳蔵は、


「最近入手したでござるが、なんとも非常に扱い難いモノでござるな。これは」


「そう? 便利だと思うけど」


 どうも使い慣れてないようで、覚束ない手付きで操作する歳蔵を見かねた遊真が横合いから覗き込みながら操作を指南するが、


「いつも隣のアイコンを押してしまうでござるよ」


「それ、あんたの指が太過ぎるだけじゃない。もう、貸しなさいよ」


 遅々として進まない指先に業を煮やした流星が、歳蔵の手から引っ手繰るように取り上げてしまう。そして己の小さな手で撫で回し、我が物のような慣れた手付きで撮影モードを立ち上げてしまった。


「ほら、これでいいわよ。大体、使いこなせないものなんて持つものじゃないわ。明日にでもシンプルホンに換えてもらってきたらどう? あれならボタンが大きいからあんたの指でも操作出来そうだし」


「拙者とて流行のものを使ってみたいでござるよ……。おお、綺麗に映っているでござるな。以前の携帯電話のカメラとは比べ物にならんでござる」


 緊張感が欠落してる会話な気もしないでもないが、二人は現役守部の魔法少女と忍者である。案外、異界から訪れた厄介事など日常茶飯事なのかもしれない。

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