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1話

 私立社台やしろだい学園高校の教室の中。


 春特有の柔らかな日差しがベランダ側から差し込み、鉄筋コンクリート製の校舎二階に整然と並べられた席に座る生徒たちの横顔を照らす。


 彼らの真新しい深緑のブレザーと赤いネクタイを見れば、この教室入り口に掲げられた一年D組という文字の刻まれたプレートを目にせずとも今年の新入生だと窺い知れる。


 その彼らが入学式を終え、割り振られたこの教室に移動してきたのはつい先ほどのこと。


 初々しい緊張感漂うこの空間の窓際に葛城遊真の姿があるのだが、瞬きを忘れ、じっと一点のみを見据えていた。


 微動だにしない遊真の瞳が捉えるのは、しんと静まり返る教室の教壇に立つ、縁無し眼鏡が印象的な、どこか見覚えのある細面美人が黒板を背に泰然と口を開く姿だった。


「ようこそ社台学園へ。と言いたいところじゃが儂も昨年大学を卒業、今年度からこの学園に赴任し、初めて担任を務める新米じゃ。至らぬ点は多々あると思う。じゃが遠慮はいらん、何なりと申せ。儂が担任であることで、お主らに他の教室の生徒よりも不自由を感じさせるつもりは毛頭ない」


 そのうら若き容姿に反して、古めかしい口調も記憶の通り。無駄に落ち着き払った表情や、妙に頼り甲斐のある佇まいがピタリとダブる。


 無理に違いを見出そうとしてもスーツの色が濃紺なぐらいで、同一人物説を拒むには否定材料があまりにも不足していた。


 どんなに遊真が愚かでも、昨日に引き続きの今日であり、ましてあれだけの強烈なインパクトを網膜と脳裏に刻み込んでくれたのだ。忘れられる術があるのなら是非とも教えて貰いたいと思えるほどに。


「改めて、本日からお主らの担任になる倉科涼子じゃ。よろしく」


 そう、教卓の向こう側に立つ彼女は、昨夜遊真を窮地から救いだした人物その人だったのである。


 始めて見る生徒達の顔を見渡していた倉科涼子も遊真の存在に気付いたようで、


「お主、ここの生徒じゃったのか」


 と、表情に微量の驚きを滲ませていた。


「はい、今日からここの生徒になりました」


「そうじゃったな。昨夜はまだ入学式前じゃな。それにしても奇遇じゃの」


 彼女の発した奇遇という言葉に苦笑したくなるのを堪え、「正直、僕も驚いてます」とだけ答える。すると倉科涼子も眼鏡越しの目元を僅かに柔らかく細め、


「きっとこれも何かの縁じゃな。今後も何か困りごとがあればいつでも言ってくるが良い」


 私的な話題を手短に切り上げ、クラス担任としての表情へと切り替えた。


 遊真も教室中の注目を集めているのを感じたが、とりあえず素知らぬ顔を決め込み、恩人たる担任には人畜無害な愛想を作り「はい」と頷いておく。


 そして訪れて半日も経たぬ教室内は、入学初日恒例行事の自己紹介へと時間を費やされ、初顔ばかりが目に付くクラスメイト等のプロフィールを聞き流す。


 担任倉科涼子の口から、本日最後の連絡事項と前置きされた今後の行事スケジュールが告げられた時、時計の針は正午を示す頃となっていた。


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