15話
午後の授業も終わり、部活に所属していない生徒達は帰宅時間へと差し掛かる。
遊真もその例に漏れず真っ先に校門を目指せばよいのだが、
「遊真殿、お昼の件お教えするでござるよ」
と背後からの突然の誘いの声に振り向けば、
「だからもっと人の気配を発しなさいよ! この政府公認ストーカー!」
流星の怒りを買った歳蔵がいた。
そんな流星を宥めながらも席を立ち、どこで話そうかと思案する。
お昼の件と言えば、歳蔵が何故担任倉科涼子に嫌われているかの問いに、疎まれている理由はあまり公にしたくないとのことで、改めて時と場所を変えようと締め括った話であろう。
出来るだけ人気の無い場所を模索して、
「屋上なら誰もいないかもね」
遊真の提案に頷く歳蔵。
そんな二人を見上げていた流星は、
「何しに行くのよ」
と興味深げに問う。
そういえばこの話題が出た時、彼女は独り席取りに回っていた。
かといって流星に隠し立てする必要も無い、というより隠せば後で何をされるかわかったものでは無い。早々に打ち明けてしまうべきであろう。
「トシが何で先生に嫌われてるかを教えてもらうのさ」
「あっそ」
素っ気無い返事が返されるが、彼女も席を立ったということはついて来ると見てよいだろう。
否、
「何してんのよ、早く行きましょ」
流星が人の後ろに甘んじるわけがない。当然のように二人を従える形で突き進む彼女の導きにより、校舎屋上へと場所を移した遊真達。
案の定、鉄扉を隔てたその場所は入学初日同様、人影がなかった。
風もなく穏やかな日差しが降り注ぐ空の下、一見何かに有効利用出来そうなスペースを無駄にしているようにも思えるが、第三者に干渉されずに過ごせる居場所というのも中々ない。
鉄筋コンクリート製建物の頂上にそんな価値を見出して、発展することのなく憩いの場として提供され続けることを願う。
「へえ、中々いい場所じゃない」
フェンスに張り付き、両手の指を金網に引っ掛ける流星。その隣で遊真も一緒に眺め下ろせば、決して広くは無いグランドで運動部達が所狭しと駆け回っている。
暫し暖かな太陽光を浴び、のんびりとした一時に身を委ねていた遊真の顔が自然と綻び、ゆっくりと深呼吸してしまうのはこの学園生活にどこか窮屈さを感じ取っていたのだろう。
そんな背中に、徐に声が届く。
「倉科先生のこの学園への赴任が決まる以前の話でござる」
と切り出した歳蔵に、遊真は振り返ってフェンスに背を預けた。
遅れて流星も右に倣えでフェンスに凭れ、腕を組む。
二人の動作を見届けた歳蔵は、そのまま話を続けた。
「幼少の頃から【ミズノアキラ】の転生体として確認されていた倉科先生の身柄は、政府としては安全面から考慮しても手元に置いておきたかったわけでござる。そこで新たに対混沌なる妖組織を政府内に設立し、そこの代表の席に据えようとしたでござる」
「つまり、スカウトってわけね。でもそんな話、あんたが嫌われてる話と関係あんの?」
流星の言葉に歳蔵は頷きでもって返す。
流星の疑問も然ることながら、その話が本当なら何故、倉科涼子はこの学園で教鞭を揮っているのか。
「とりあえず話を先に進めるでござるが、そんな政府の思惑はあっさり断られたでござる」
と歳蔵は事も無げに答えた。
彼にとっては過去の結果だからであろう顔色を変えずにいられるが、最近倉科涼子を知った遊真にとっては首を傾げたくなる内容でしかない。
倉科涼子にとって【混沌なる妖】とは、駆逐すべき相手である。彼女の言葉を借りるのなら【混沌なる妖】退治は倉科涼子の役目。それを政府がバックアップしようというのに何が気に入らなかったのだろうか。
普通に考えれば、断るという選択肢は真っ先に消されて然るべきだと思うのだが。
「新設される組織部門に招こうと動き出していた頃、既に倉科先生は希望する進路を明確にしていたのでござるよ」
歳蔵曰く、それが理由だという。
「もしかして……」
と口にした遊真の機先を制し、
「教師でござる」
と短く告げた。
「当然、倉科先生と政府との間で長い時間話し合われたでござるよ。しかし、交渉当初は穏便に進められていたでござるが、共に譲れない一線があり、その妥協点が見出せなかったでござる。そして、埒の明かない政府側が無理やりにでも取り込もうと、半ば強引に話を纏めるべく暗躍したのに気付いた倉科先生が怒りを露にして、拙者達を毛嫌いしだしたのでござる」
「自業自得じゃない」
流星の容赦の無い指摘に苦笑を浮かべ、
「そのため拙者は一介の生徒であるなら教師として接するが、政府の人間として倉科先生の教員生活を邪魔立てするのであれば距離を置く。と、現在微妙な立ち位置なのでござるよ。ただ、政府としても倉科涼子という人物を取り巻く状況という側面から見て、最善を尽くそうとした結果だったと一応擁護はさせて頂きたくでござる」
確かに倉科涼子の万が一は最も憂慮されるべき事態であり、それを回避する最善策は周囲を固め易い環境へと持ち込むことであろう。
倉科涼子はそれをよしとせず政府とは決別の構えを表したが、だからといって政府側も倉科涼子を放置するわけにもいかず、現在のような歪な関係が出来上がってしまったらしい。
それにしても片や政府組織の公務員、それもそれなりの地位となれば待遇面も良好に違いなく、私立学園の一教師の給料とは比べ物にならないのは目に見えている。
なのに二足の草鞋とでもいうのか、教職に就きながらボランティアで【混沌なる妖】達と対峙する道を自ら選んだ。そこまでして教師という職業に拘った動機は何だろうか、という疑問には流石の忍者も答えを持ち合わせていなかった。
「そう言えば、あたしが変身していても大して驚いてなかったわね」
「倉科先生も初年度から担任を任されるとは考えてなかったと思うでござるよ。何故かと調べてみれば担当するクラスは訳有りの生徒ばかりで、ああ、こういうことかと認識したのでござろう。ただそれを平然と受け入れてしまえる度量には、いやはや感服仕った次第でござる」
その後、折角だからと倉科涼子が担当する一年D組の面々、遊真達を除いた生徒達の素性を歳蔵からわかる範囲で説明を受ける。彼等守部との一次接触はこれからどのようにして成されるか未定だが、少なくとも前情報があって困ることはないだろう。
それにしても精霊魔術師や、陰陽術師を始めとしたメジャーどころから、鬼切りの一族などのドマイナーな守部まで、よくもまあこれだけ一所に集められたものだと改めて感心するが、倉科涼子の隠された一面が時に世界の命運を左右すると知ってしまえば、こうして神経質なまでに関心を集めるのは当然とも思える。
それだけに、正体不明者代表の天宮鈴音の存在が浮き彫りになるが、彼女はもう自分の役目は完遂したと言わんがばかりに動きがない。不安を抱えたままになるのだが、もう暫らく泳がせてみて様子を窺うしかない。とは、歳蔵の談。
「わかっているとは思うでござるが、ここでの話しを含め、倉科先生の正体は必ずや内密でお願いするでござる。世界の命運を左右しかねない人物がここにいると知れば、世間の目がどう動くか知れたものではないでござる故」
そして少々の雑談を交えた後、遠く望める山々に差し掛かろうとする日の傾きを視認して、朱に染まった帰路につくべく教室へと戻るのだった。




