14話
食堂券売機に並び、本日のメニューを決めた遊真は、いつものように「オムライス」と印刷された食券を押し付けられる。
メニューカテゴリー毎に区切られたカウンター越しにパートのおばちゃん達から注文の品を受け取り、トレーに乗せて流星が確保したテーブルまで運ぶのまでは昨日と同じだが、今日は傍らに巨漢の忍者、服部歳蔵がいた。
「遊真殿は優しいお人でござるな。惑井殿が気を許すのも頷けるでござる」
何の事かと歳蔵の視線を追えば、遊真が手にするトレーに乗せられた鮮やかな黄色がこんもり楕円に盛り付けられたオムライスへと導かれる。
「ああ、これ? いや、これさ、僕の善意じゃなく、流星に押し付けられてるんだよ」
「そ、そうでござるか……。でも、それを断ることも可能でござろう? やはり優しい心根でござるよ」
本当は突き返した後が恐くて実行出来ないヘタレなのだが、敢えて自分から公言する必要もあるまい。このまま勘違いさせておくのを良しとしておこう、とするのだが。
「また誠実でもあるでござるな」
「……誠実?」
などと意味不明に褒めちぎられ、
「しっかり見てたでござるよ」
「何を?」
「入学初日の屋上でござる」
と彼の言葉に、天宮鈴音の整った顔立ちが眼前に迫ったシーンが呼び起こされた。
どうやら巨漢の忍者は、その場面をデバガメしていたらしい。
「何もない屋上の真ん中の会話故、内容までは聞き取れなかったでござるが。安心するでござる、正体不明とは言え、美少女に迫られても遊真殿が何もしなかったのは拙者が保証するでござる。しかし念のため惑井殿には内緒にしておくでござるよ」
とサムズアップを見せ付ける巨漢の朗らかな笑みが妙に腹立たしい。
よくよく思い返せば、遊真はここ最近流星とばかり行動を共にしている。それは流星側の思惑あってのことだったのだが、それは傍から見てもわかるものではなく、さぞ仲の良い男女と思われているだろう。
そう客観的な判断を下し、幼女趣味を持ち合わせていない遊真とってこのまま誤解され続けるのもどうかと考えるが、まあここで剥きになってまでそれを否定する必要もあるまい。
それよりも折角話を振ってくれたのだと話題転換も兼ね、これを機に覗き趣味の勘違い忍者に訊き辛かったとあることを訊ねてみた。
「あのさ、トシってさあ、何て言ったらいいのかな。倉科先生に……、ちょっと、嫌われてるよね」
昨日、校舎裏で三人で雁首揃えて正座させられた時、倉科涼子は喧嘩両成敗と言いつつも、この服部歳蔵だけ何故か自分達以上に目を付けられていたのは明らかだった。
どこか個人的な、私怨とも似つかない不思議な感情が込められていたような気がしていて、途中から怒りの矛先から回避できほっとした反面、担任と歳蔵の良好とは言い難い関係が少々気になっていたのだ。
それをオブラートに包んで伝えようとするも失敗し、ド真ん中直球を投げ込んでしまったという演出を意趣返しにしたのだが、しかし受け手はさして気にした素振りを見せず、大盛りライスを自分のトレーに加えながら平然として答える。
「ああ、あれは仕方が無いでござる。拙者達が皆、疎まれているのであって、拙者個人が嫌われているわけではござらん」
「疎まれてる?」
「左様でござる。詳細は、流石にこの場では口に出来ないので後でお教えするでござるよ」
こうして遊真は自分と流星の二人分のランチを、歳蔵は彼一人分にも関わらず遊真の手にしたトレーよりも多くの皿を載せ、見ているだけで胸焼けする量の昼食を手に流星の待つテーブルへと運んでいく。
「遅かったじゃない」
流星の開口一番、ダメ出しを頂戴した。
言いわけなどするつもりは毛頭無いが、やはり反射的に苦笑が漏れる。
確かに彼女を見れば、この込み合う時間帯にも関わらず整然と並べられた長テーブルの内、自分達が食事をゆっくりと摂取出来るスペースを確保している。分担された彼女の役割である席取りは万事問題なしと評価できるだろう。
しかし気になるのは確保されたテーブルの周囲には何故か人が寄り付かず、食堂という広大なスペース内において、局地的に閑散とした空間が遊真達に提供されていたことだ。
見渡せば、流星を遠巻きにする周囲の視線が非常に冷たく、片や勝ち誇った表情を見せ付ける流星のその賞賛の言葉を求める眼差しに、何があったのか深く考えるのを放棄した。
「今日は三人分だったから、テーブルキープするの苦労したんだからね!」
その鼻を鳴らす彼女の頑張りに比例するように、距離を置く上級生同級生達が迷惑を被った気がしてならない。
清潔感溢れる白いテーブルの上に置かれた一台のスマートフォンが視界の端に引っ掛かる。
恐らく流星が座席確保に使用したのであろう。それはいい。だが、その向かいの席に、何故小さな室内履きのスリッパが裏面を天井に向けながら鎮座しているのか。下ろして間もなく目立つ汚れは見当たらないにせよ未使用で無いそれは、生徒達が共同で使用する食堂のテーブルに置いていい代物では無いのは小学生でも理解出来るであろう。
学園内で無闇やたらと敵を増やしているような嫌な悪寒が走り、
「流星、明日から僕と席取り変わろうか」
そんな提案を白い靴下を見せ付け、脚をぶらぶらさせている目の前の少女にしてしまうのも仕方が無いことだろう。
しかし、流星はわかってないとでも言いたげに肩を竦めて見せ、
「あたしがどれだけ苦労したかわかってないわね。遊真じゃ絶対キープ出来ないわ。それに」
と言葉を区切り、テーブルに置かれていた室内履きのスリッパを掴んで足元の床に放り投げると、そのまま爪先に引っ掛けて立ち上がり、トレーを持ったまま状況が理解出来ないのか呆然としている歳蔵の正面へと歩み寄り、向かい合った。
「ほら」
何が「ほら」だか良くわからないが、およそ四十センチの身長差が生み出す圧巻の構図は、とても同級生とは思えなかった。そして、二人を戦わせれば小さい方が勝ってしまうということも記憶から甦る。
「わかんないの?」
とりあえず理解の及ばない遊真は首を横に振るしかない。
「もう、トシのトレーがあたしの目の高さ以上まできてるでしょうに。熱々のお味噌汁の入ったお椀やホットのコーヒーカップなんかが目の前を通り過ぎるの結構恐いのよ?」
だから給仕係りはあなたなのよ、と満面の笑みをぶつけられてもなんと返していいかわからなかったが、この先流星の身長が伸び悩めば卒業までの三年間、お昼限定とはいえ彼女の召使いとなる事だけはなんとなく理解した遊真だった。




