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六撃目

 会場に入って暫くするとパーティーは恙無く始まった。主催の金剛地(こんごうじ)ナントカという、控えめな修飾語を用いれば、恰幅のいい男が開会の音頭を取り持ち、その後に主賓である最上力(さいじょうつとむ)がはにかみながら感謝の意を示した。


 最上力青年は今日この日を以って三十路を迎えることとなった。最上力青年は最上力中年にクラスチェンジして、今日のパーティーはその婚約者探しも兼ねているらしい。

 三十路を迎えたといってもかの中年は青年のような若々しさを維持していた。端整な顔立ちに掛けられた銀縁の眼鏡は最上力の知的なイメージを高めていた。若くして事業を継ぎ、新進気鋭といった様は同性ながら見ていて好ましい。シンジにもこのくらいの王気(オーラ)を醸して貰いたいものだが、土台無理な話だ。

 そんな素敵な男を世の女性方が放っておく筈などなく、彼の周囲にはお近付きになろうという魂胆が見え見えの人垣が出来上がっていた。

 ついでに言っておくと我らの小物(なるみやしんじろう)は、最上力の囲いに引け目を感じて近寄れないお嬢様方にちょっかいを掛けていた。先の失態はもう忘れているらしい。性欲逞しいことである。恐らく俺がシンジのポケットにさり気なく入れておいた幸せな家族計画(コンドーム)は職務をまっとう出来ない悔しさで枕を濡らすのだろう。


 ディナーを摘みながら益体のない思考を巡らせていると最上力を囲んでいた肉の壁が割れた。まるでモーセの出エジプトである。

 その中心にいる最上力と目が逢った。

 彼は微笑む。

 俺は苦笑い。

 出来れば目立ちたくはないので御引取り願いたいのだが、彼の足は淀むことなく俺の元へ進んでくる。

 「初めまして、わたしは最上力と申します。少し宜しいですか?」

 「ご丁寧にありがとう御座います。わたしは星野陽光(ほしのようこう)と申します。

 この度は真におめでとう御座います最上様。わたしに何か御用でも?」

 非の打ち所のない礼に、俺は無礼がないように返礼をする。窮屈で苦しいというほどではないが、周囲の視線がうっとおしい。正体不明の俺のことがそんなに気になるのか。

 「ええ、少し内密な話が―――――。」

 最上力の視線が周囲を窺う猜疑的なものに変わる。この男も今日のきな臭さに気付いているというのだろうか。

 それ以上に、この男が俺の正体を知っていることが問題か。しかし、この場でどうこうする訳にはいかない以上、ここは彼に従っておくことにしよう。

 俺は頷いて同意を示す。彼はまた微笑んで会場の隅へ歩いていく。俺はそのすぐ後ろを付いて行く。

 彼は迷うことなく扉を開けると会場から外に出た。主賓が席を外すのはどうかとも思ったが、本人が気にした様子ではないので放っておく。


 彼はすぐ近くのサロンに俺を招きいれた。

 伏兵ぐらいはいるかと予想していたが、そこにいたのは護衛どころか囮ぐらいにしかならないであろう東方麗華(ひがしかたれいか)が座っていた。傍らに月見里月子の姿はない。無用心にも程がある。

 許可を得る必要もないと思い、傍にあったソファに腰掛ける。丁度向かいに最上力、左手に東方麗華という位置だ。

 「それで、何の用で御座いましょうか?」

 「ふふふ、星野さん。そう畏まらなくて良いですよ。わたしのことは麗華と呼んでください。」

 「わたしのことも力で構いません。」

 「では、わたしのことも陽光(ようこう)と。

 ―――ふーーー、二人は俺のことを知ってここに連れてきたんだな?」

 そうでなければ、ほぼ初対面に近い俺をここに連れてくるとは思えない。しかし、知っているとしたら俺と護衛もつけずに面会するだろうか。危機管理能力が欠如しているとも思えない。

 ならば何故か。

 そういう意図を絡めての質問だったが、麗華は不敵に微笑むだけだった。清楚でいて妖艶な彼女の仕草は非常にそそられるものがある。

 力は眼鏡を無心で拭くばかりである。

 本当にこいつらは何なんだ。

 「わたしはシンジ君から聞いたんです。護衛としてこの上ないほどに優秀な男がいるとね。」

 「わたしが聞いたのはつっこからですね。『認めたくはないけれど、わたしより優れた銃士ガンナーであることは間違いありません』って言っていました。

 ふふ、あんなに感情を込めて喋るつっこを見たのは初めてよ。」

 最上力がシンジとそれなりに交友を深めていたことは驚きだった。信頼できない人間に俺を紹介することはないだろう。

 それよりも問題なのは麗華の方だ。彼女の言うつっこというのは月見里月子のことで相違ないだろうが、彼女から話を聞いたということは俺が麗華の父親である東方譲治(ひがしかたじょーじ)を殺し、麗華に対し暗殺を行ったことを知っている筈である。それでも平然と向かい合っていられるのか。

 「―――何故だ?」

 「なんです?」

 「何故俺の前で平気な顔をしていられるんだ? 危険だとは思わないのか?」

 「あーーー、はい。正直言うとちょっと怖いんですよね。でもつっこが大丈夫って言うので大丈夫です。

 それに父が死んだことを悲しいと思えないんです。死んで当然とも思っていましたから。」

 麗華の言う通り東方譲治は人間のクズだった。

 イカサマ賭博でぼろ儲けをし、その金を使って好き放題していた。更には売春の胴締めをしていたり、違法薬物の売買にも手を掛けていた。普段から酒を浴びるように飲み、婦女暴行は日常茶飯事で、強姦致死もざらだった。

 気に入らないことがあれば手を上げ、常に自分より弱いものを虐げることでしか自分の優位性を証明できない悪人が東方譲治であった。


 東方譲治の暗殺を請けたのは支払いがよかったというのもあるが、その人間性が気に食わなかったというもの理由の一つであった。

 東方譲治が悪人であったのは事実だ。だが、悪人だから気に食わなかったのではない。例え、東方譲治が吐き気を催すような悪人であろうと、ある一つの要素さえ持ち合わせていなかったのなら俺はそこまで嫌悪感を覚えることはなかったはずだ。

 弱いくせに頂点に立とうという醜さが俺には許容できなかった。言うなれば、高速道路を自転車で走っているような男だった。

 邪魔だ、邪魔だ。

 弱いくせに粋がるからお前の後ろには大渋滞が出来ている。お前たった一人のせいで世界が迷惑している。

 お前はそれで世界を支配した気にでもなっていたんだろうが、それは見当違いにも程がある。

 弱い者が強くなるなどということは決してない。あり得ないことだ。道理に合わないと言ってもいい。

 強い者は初めから強い者か、強くなる者だ。弱い者が努力の末に強くなるなんてサクセスストーリーはよくあるが、あれはそういう属性の強さを持った奴だけの特権だ。

 弱い奴ほど努力という言葉の万能を信じ込んでいる。結局、努力なんて出来やしないくせに、『自分だって努力すれば―――。』なんて妄執に駆られる。自分の伸び代を多く見積もりたくて、在りもしない"努力"なんて怪物を身体の内に秘めているかのように夢想する。

 だから何時まで経っても何一つ成し遂げられやしないくせに、自分には無限の可能性があるなどという世迷言が蔓延っている。

 何者でもないなら何者にでもなれる。こんな言葉を聞いたことがあるが、何者か以前に、自分であるのだから自分は自分にしかなれない。自分の何者かに変えるなんてことは出来なくて、出来ることといったら自分が何者かを知ることだけだ。

 故に俺は東方譲治を嫌悪する。悪だからではなく、愚かしい醜さを持った邪魔者だったからである。

 

 そもそも自分自身が悪人であるし、事故嫌悪で悦に浸るような趣味は持ち合わせていない。悪であろうが善であろうが必要なことは正しさだ。正しさはあらゆる人を納得させる。例え悪行であっても正しい行いならそれは正義として認められるのだ。

 法や倫理の定めるそれではなく、自らの求める正しさが必要なのだ。その点に於いて東方譲治の暗殺は俺にとって正義であった。


 「少し話がずれたな。本題に入らないか?」

 自分がずらしてしまった話題だ。それを修正するのは自分でなければならないだろう。

 力が俺の言葉に頷く。

 「金剛地秋宗(こんごうじあきむね)を抹殺する。その協力をお願いしたい。」

 俺は力の言葉を聞いて眉間に皺が寄るのを押さえきれなかった。

 隣では麗華が物騒な話題に似合わぬ笑みを浮かべていた。

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