四撃目
「良く来たな。いつも通り寛いでくれ。」
指定されたホテルの一室に上がり込むとそこには依頼主が我が物顔で座っていた。一人部屋だというのに核家族が一生暮らせるほどの大きさを持つこの部屋は、見るからに高級な家財がそこかしこに散らばっており、いかにも高級ホテルといった出で立ちをしていた。
その中央に備え付けられてある、凡そ人が眠るものとは思えない大きさのベットに腰掛けている男が今回の依頼人であり、俺の古くからの常連である成宮真二郎である。
寛いでくれと言うシンジの言葉を聞き終えるよりも早く俺は正面のソファに腰掛けて、備え付けの果物を摘んでいた。
「それで、話を聞こうか。」
早速本題に入ろうと口火を切るが、シンジはあからさまに落胆した表情をする。呆れてモノも言えないといったところか。
シンジはグラスにワインを注いで、舐めるように嚥下する。数回喉を鳴らせるとグラスを置いて俺に向き合う。
「久しぶりに会ったんだから、挨拶ぐらいしたらどうだ? そんなんだからいい年こいて碌に恋人も出来やしねえんだよ。」
「別に関係ないだろう。それに隠し子の数が二桁になった男に言われても説得力がないよ。五人目の隠し子が出来た時に送った記念品は結局使わず仕舞いだったようだしな。」
ちなみに記念品というのは幸せな家族計画である。今度産むとは言ったものだが、毎度産んでどうするというのだろうこの男は。責任を持って金だけは支払っているというが、この男の様にだけはなりたくないな。
「くそ、お前は親父に紹介された時から変わらねーよ。」
こうやって悪態を突くコイツとの付き合いは十年程前に遡る。
当時十四歳だった俺は成宮善一郎という男の依頼を何度もこなしていた。
俺にとっては見掛けや年齢ではなく、技術と才を認めてくれるこの男は羽振りも良く、頭も切れる上客だった。
善一郎にとっても威勢が良いだけのゴロツキ共よりよほど信用できる存在だったようだ。そうでなければ暗殺を請け負うような人間と直に対面はしないだろう。
電話越しではなく肉声で依頼をし、口座に振り込むのではなく現金を手渡しする。俺と善一郎の年の差は三十六だったが、仕事に於いては完全に対等な関係を築いていた。
その関係が損得勘定の打算だけでない、非合理的な信頼を築いてしまった関係にまで発展していたと知るのは、その後善一郎が『娘を嫁に。』と言ってきた時である。その申し出を丁重にお断りすると、善一郎は笑って真二郎を俺の前に連れてきた。
何処か所在なさげに虚空をキョロキョロしている様が実に似合っていた。慌てている様子というのは、普通滑稽で誰にも似合わない様子のはずなのに、その様子が当然のように収まっている。
それが、落ち着きのない様子が似合うその小物との最初の出会いだった。
長男の癖に二郎だと聞いたときは腹を抱えて笑ってしまった。善一郎も笑っていた所から確信犯らしい。
真二郎だけはぶすっと顔を顰めていた。
俺とシンジの関係はそこから繋がっている。そして今は、善一郎から家督を譲り受けたシンジから依頼を請けているという訳だ。
まあ、お得意様といった所か。
「ふー、分かったよ。本題に入ろう。」
俺の心の声を表情から読み取ったらしいシンジは不機嫌そうに本題に入った。
「紙に書いてあったように、今回の依頼は俺の護衛だ。
今度催される最上力の誕生パーティーに招かれることになったんだが、どうもきな臭くてな。お前が護衛をしてくれるなら心強い。」
「構わない。標的が見えないのは面倒だが、護衛も狙撃も本質は変わらないからな。」
こう見えてこの小物は大財閥のトップであり、命を狙われることも多々あった。
なるべく虎口には近寄らず、どうしても避けられぬ場合だけ俺に依頼をする。俺もそういう依頼がきた場合は引き受ける様にしている。
仕事中で請けれないこともあるが、シンジも人を顎で使うことには長けた人間だ。自分一人では何も出来ないくせに、いざ人の上に立つと瞬く間に才覚を発揮する人間がいる。シンジもその一人だ。
シンジを慕う人間は「王の器」だと褒め称えるが、俺からしてみれば分をよく理解している小物といった所だろう。
ふとシンジの顔を見てみると何やら神妙な表情をしていた。何事かと思うが、大したことではないのだろうと理解している。
いつもいつもこの男はくだらないことに思考を費やして、肝心な所を見落とす所がある。俺も善一郎もよくそれをからかっていたものである。
「―――今回の依頼なんだが、護衛としてではなく俺の友人として出席してくれないか?」
「何だそんなことか。始めからそうするつもりだ。」
「―――は?」
「そんな間抜け面は外では見せられないな。始めからお前の護衛などパーティーを楽しむついでにこなすつもりだったよ。
それともアレか? 俺がお前の傍を恭しく、甲斐甲斐しく、一分の隙も許さずに守り通すとでも思っていたのか?」
俺とシンジの関係は善一郎と同じく対等だと思っている。だから、始めからシンジの護衛として参加することは考えてなどいなかった。結果としてシンジを守ることが俺の仕事なのだから、それ以外のことは好き勝手にするつもりだった。
それについてシンジから公認の許可が下りるとは僥倖だ。
「それに今までに一度だってお前の傍に俺が侍ることがあったか?」
「ないな。」
苦笑いするシンジを無視して冷蔵庫から日本酒を取り出してグラスに注いだ。
向かいではシンジがワインを舐めるように飲んでいた。
俺は日本酒を一気に呷る。
シンジがきな臭いと言う最上の誕生パーティー。その会場でどんな事件が待っていようと、それはきっと愉しい宴になることだろう。
そんな確証のない確信が俺の中にあった。
―――――そう、あの女もきっと。