三撃目
理由も分からぬまま、俺はあの女との遊戯に興じていた。
夜な夜な冬の摩天楼で標的を探す。そして先に見つけた方が狙い撃ち、狙われた方は即座に構えて迎え撃つ。そんな遊びだ。
言ってしまえばかくれんぼだ。年甲斐もないと呆れそうになるが、楽しいのだから仕方がない。
しかし、二度目の相対以降、勝敗は一度も付いていない。
まあ、それを含めた二回とも、俺とあの女が生きている以上引き分けだ。
狙撃に百発百中の腕前は必要ないというのが俺の持論だ。げに重要なことは一発一殺、言ってしまえば一撃必殺だ。
例え、的当てで満点を取っていたって、首を外してしまえばそれで終わりだ。逆に言えば、どんなに下手糞な腕前でも、首に一撃をくれてやれるのならそいつは本物だ。百発の内一発しか当てられなくても、その一発を一番目に出せれば問題ないという訳だ。
故に引き分け。
一撃必殺を誓ったはずの弾丸は命を奪うことをしなかった。その時点で既に勝ちは消えている。
引き分けは既に両の手で数えられないほど膨らんでいて、今日で〇勝〇敗十七分け目と決着は付かなかった。
そこまで俺を動かすものは何なのか。借りならもう返した。なのにまだ俺はあの女に固執している。
殺せないことに苛立っているのか。
そうだ、きっとそうに違いない。
そう結論付けた俺は約一月ぶりに例のバーに足を運ぶことにした。
ふと、空を見上げれば、ビルの谷間から覗く望月は街の光に負けて見え辛くなっている。頼りない月影の下、俺は心なしか上機嫌に歩き出した。
マスターにいつものカクテルを頼んで、依頼の中から新しい仕事をパッと選んだ。
お得意様からの依頼で、依頼にはとあるパーティーで護衛をして欲しいというものだった。そして、そのパーティーに出席する者のリストに東方麗華の名前もあった。
東方麗華の護衛であろうあの女とは狙撃では決着が付かない。ならばもっと近付いてやればいいだけだ。
俺は依頼書に記してある番号を呼び出して、依頼主に連絡を取る。依頼人から是非と言われ、俺はこの仕事を請けることになった。
程よい炭酸の辛さが喉を潤していく。爽やかな口当たりのカクテルはあっという間に空になった。
空のグラスと代金を置いて店を出る。
もう一度携帯電話を取り出して、面談の約束を取り付ける。
―――――楽しみだ。
何の気なしにそう思ったのだが、俺はただただ驚くばかりだった。
何かに対して俺が楽しいと思うことはなかった。それが出会わなかっただけではなく、始めからないものだと思っていた俺にとっては驚嘆に値する出来事だった。
何が楽しいのだろうか。
年甲斐もなくパーティーにはしゃいでいるということは恐らくない。
ならば何故。
謎は深まるばかりだった。
空に浮かぶ月がやけに眩しく感じる。今まではただの明かりにさえ思わなかった月を綺麗だと思う。
一体どういう心境の変化だろうか。
これではまるで、と考えて思考を止める。今考えるべきことではない。
これからは仕事だ。
必要最低限の働きは示さなければなるまい。
益体のない思考を振り切って歩調を速めた。
月の光に照らされた俺の姿は酷く滑稽に写ったことだろう。