二撃目
俺がこの糞ッタレな仕事を始めたことに理由はない。小学生が鉛筆を握るように、俺は銃を握っていたというだけの話だ。
そこに意味はないし、別に不幸だと思っているわけでもない。人に誇れる仕事ではないが、幸か不幸か俺にとっては間違いなく天職ではあったようだ。
碌に指導を受けなくても殺し方が分かった。
何処を撃てば死ぬのか。
何処を斬れば死ぬのか。
何処を折れば死ぬのか。
知識として知るよりも先に俺という殺人鬼はその如何を識っていた。
そして何より人を殺すことに心が動かされない人間だった。
暗殺だけでなく、護衛や救出といったことも仕事には含まれていた為、依頼人から感謝をされることもあったが、それに喜びは感じなかった。俺が感じていたのは自分が生きているという実感だけだった。
唯一分かっていることは俺という人間は、結局の所、血と硝煙の臭いの中でしか生きられないということだろう。
薄っすらと粉雪が舞う中、俺は摩天楼の一角であの女を捜していた。
新しい銃は前の銃程、手に馴染まず構えた時に違和感が残る。それについて文句は言うまい。自分の未熟が招いた結果だ。事実として受け入れねばなるまい。
あの女は俺をどうやって見つけたのかは想像に難くない。本命のついでだった東方麗華を狙撃するに当たって、ビルの中にいた彼女を狙える場所というのは決して多くない。その点を抑えておける点を確保しておけば、すぐに見つけられるだろう。
ここで問題なのが、恐らく東方麗華の護衛であるあの女は東方麗華の父親である東方譲治が殺されたと聞いて東方麗華の元を離れたのか、始めから対狙撃を見越してあの位置に陣取っていたのかということだ。
東方譲治が死んだことを知る人間を殺してから、俺はあの場所に移動した。そう考えれば東方麗華の護衛は東方譲治の死を知らなかったと見るのが妥当だ。
だが、後者の場合だと護衛が易々と傍らを離れるだろうかという疑問が残る。何時あるか分からない狙撃手を警戒して別の狙撃手を雇うというのもありえない。そんな仕事は大概徒労に終わる。その上、効果的な手段であるとは言えない。
護衛でないという可能性もあるが、だとするとあの女は一体何者なんだということになる。
しかし、正体の掴めない相手には違いないが、俺はある一つの確信を持っている。
俺とアイツは再び会い見えることになるだろう。
何の根拠もない勘に過ぎないが、この勘というものが馬鹿に出来ない。寧ろゴチャゴチャ考えるより正解に近い回答を天啓の様に打ち出すのがコレだ。
俺はこの糞ッタレな仕事に於いて、この不確かなものにある程度の信頼を寄せている。流石に全幅の信頼を、とまではいかないが。
勘が冴えることとそれを信用できることが、俺にとってこの仕事が天職である理由の一つであって最大のものだ。
一瞬、脳内を電流が駆け巡るかのような錯覚に陥った。殺気に当てられて危機を察知した時とは異なる感覚。受動的というよりも能動的な感覚だ。
視えないものを視る様な、嗅げないものを嗅ぐ様な、触れないものを触る様な、味わえないものを味わう様な不可思議な感覚は俺の脳を強烈に刺激する。その理解不能な電気信号の命ずるまま、俺は慣れぬ銃を構える。
摩天楼と摩天楼をスコープ越しの視線で繋いだそこにはあの女がいた。
冬の風に煽られて長い髪が靡く。
その横顔から覗く瞳から、あの女も俺と同じようにあの男を捜していることはすぐに分かった。
見当違いの所をスコープで覗いているあの女の姿に、俺は口角が釣り上がるのを抑え切れなかった。
狙いを定め迷わずに引金を引く。その刹那、あの女が振り向いて銃を構える。俺とあの女の視線がスコープ越しに交差する。
撃ち出された凶弾はあの女の銃を食い破って、二の腕を突き破る。
その光景は宛ら、以前俺が撃たれた時の焼き増しだった。痛みを覚えて物陰に飛び込む姿も殆ど変わらないだろう。恐らくあの影の向こうでは傷口に即席の包帯を宛がっていることだろう。
あの女を殺し損ねた俺は新しい銃をトランクに詰めて摩天楼を下っていく。
これで借りは返したと思うと同時に俺の頭の中である疑問が浮かび上がってきた。
―――――俺は何故こんな益体のないことに固執していたのだろうか。
こんなことをした所で金にもならない。犬の餌にだってなりはしない。にも拘らず俺は仕事さえも擲ってあの女を捜していた。
こんなことは過去にもなかった。
俺は殺人を悦とする大量殺人鬼でもなければ精神異常者でもない。人を殺すという行為に罪の意識を感じない人間なだけである。
そんな俺が何故一人の人間を殺す為だけに躍起になっているのだろうか。
甚だ理解に苦しむが、不思議と悪い気分ではなかった。
白い息で黒い寒空を汚しながら俺は街のネオンの下を歩いていった。
遠距離恋愛(物理)