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Absolute Zero 2nd  作者: DoubleS
第一章
7/50

クリスマス前の平穏と不穏 6

「いらっしゃいませ! て、あれ、霧矢君じゃない、あれ、隣は親戚のお兄さんとか?」

「いや、ちょっとした用事だ」

 喫茶・毘沙門天は昼時も過ぎ、さほど人は入っていなかった。

「すみません。晴代と霜華を呼んでもらえますか?」

「はいはい。ちょっと待っててね」

 晴代の母親はコードレスの内線ボタンを押し、晴代を呼び出す。塩沢は淡々とした口調で、ブレンドとだけ頼んだ。

「……エドワードは復讐の件で僕たちにはもう関わらないと言っていたはずなんだが……」

 ぶすっとした顔つきで霧矢は不満を口にするが、意にも介さず、塩沢は外を眺めている。大物の雰囲気はあるのだが、人を怒らせやすいタイプだと霧矢は感じた。

「…話聞いてる?」

「聞いている。ただ、答えるかどうかは俺が判断する」

 霧矢には目もくれず、ただ、帰りのスキー客が道を歩いていくのを彼は見つめていた。霧矢はイライラするのを抑えて、霜華たちが来るのを待った。


「お待たせ。どうしたの? わざわざ」

「どうしたも、こうしたも、こいつがお前に聞きたい話があるんだとさ」

 奥のテーブルに、文香、霜華、晴代の三人が並んで座る。塩沢は文香を見ると疑問の表情を浮かべるが、気にすることなく始めた。

「まず、自己紹介と行こう。俺は塩沢雅史。相川探偵事務所の助手だ。魔族がらみの事件を調べている。今日は聞きたいことがあってここに来た」

 一枚の写真を三人の前に出す。

「この写真の女の子、魔族なんだが行方をくらましていて、しかも名前ははっきりしない。心当たりはないか?」

 霜華は写真を受け取り、思い出すような表情を浮かべる。

「……どこかで見たことはある気がするな……でも、知り合いじゃない」

「見たことがあるなら十分だ。属性や特徴、どんなことでもいい。知っていたら教えてくれ」

「………イメージ的には土って感じがする…でも、それ以上はわからないな……」

 塩沢は、残念そうにうなずくと写真をポケットにしまった。

「塩沢さん、あなた魔族でも契約主でもないよね。だったら、このクリスマス・イブは暇じゃないの?」

 霜華がいきなり質問をかけた。塩沢は面白そうな表情を浮かべた。

「なるほどな。リリアンがどこまで話したのかは知らないが、ある程度の情報は知っているようだな」

 コーヒーの香りを味わいながら、塩沢は目を細めた。

「まあ、俺は契約主じゃない。異能も持っていない。ただ、まあコンタクトに魔力分類器を仕込んであるから、魔族、契約主とその他の人間の区別はできるけどな」

 しばらく沈黙が流れたが、文香が口火を切った。

「……探偵の助手と言ったな。だが、貴様から感じられる雰囲気は探偵の助手ではない。殺し屋、裏世界の人間のにおいがする」

 全員が文香を見つめる。塩沢はニヤリと笑うと、

「ご名答。相川探偵事務所とはいうけど、実際は異能を使った何でも屋だ。ただし、それは魔族由来に限らない、人間の突然変異と言ってもいいけどな。もっとも、俺たちが気に入らない依頼は受けないが。今はリリアンの依頼を受けて、うちの異能組は明後日の準備で忙しい。だから、暇な俺がこの仕事を頼まれた」

 まわりに人が誰もいないのを確認すると、塩沢はズボンのベルトから何かを取り出した。

「!」

 全員がビクリと身を震わせた。大口径の軍用拳銃が日の光を反射して光る。

「こいつは本物だ。そこらのヤクザが持っているようなものとは格が違う。俺は人身売買組織や麻薬の密売組織とこいつで渡り合ってきた。異能を持たない探偵メンバーとしてな」

 ベルトのホルダーに戻す。

「安心しろ。こんなところでカタギ相手に使うほど、俺は人命を安っぽく思ってはいない。後、通報したところで俺は別にどうってこともない。好きにすればいい」

 自慢する口調でも脅迫する口調でもなく、淡々と事実を述べる口調だ。霧矢は尋ねる。

「それで、教団は何をしようとしてるんだ?」

 塩沢は黙っていたが、意を決したように話し出した。

「君らに聞こう。これを知ったことによって連中に狙われることになったら、自分で自分の身を守れるか? 家族が殺されたりしても耐えられるか?」

 脅しじゃない、と塩沢は付け加えた。

 全員黙ってしまう。エドワードも教団は残忍な手口を容赦なく使うと言っていた。このような状況で自分やまわりを危険にさらしかねない情報を得ることは、リスクの方が高かった。

「と、言うわけで、俺は話さない。あくまで俺たちは俺たちが良かれと思うことの下で動いている。一般人に危険が及ぶのはそれに反する」

 最後に、リリアンと同じように電話番号を書き込んでいく。

「写真を一枚置いて行こう。何か彼女についてわかったことがあったら連絡してくれ」

 おもむろに席から立ち上がる。

「ああ、それと、ここのコーヒーはこれまでの出会ったコーヒーの中でも指折りの味だった」

 机に代金を置くと、そのまま店を出て行った。


「何だったの?」

「僕に聞かないでくれ」

 霧矢はせっかく面倒事が解決したのに、また変なことに巻き込まれかけているということでかなり落ち込んでいた。

 机に顎をくっつけ霧矢は水平面から金髪の女の子の写真を見る。脇には十一ケタの数字の羅列が書かれた紙片がある。同じことは繰り返すというが、それが事実なら、また霧矢は面倒事に巻き込まれてしまうことになる。

 エゴイストをやめてやるとは言ったが、それは今回のリリアンがらみの事件に限ったことであって、それが解決した今、もう、さっさと元の面倒事からは徹底的に距離を置くエゴイスト生活に戻りたかった。

 それだというのに……問題が解決してから数時間しか経っていないのにこの始末だ。

(……不幸な目に遭うもんだ……)

 写真をつまみあげながらため息をついた。

「それにしても、あんな大きい拳銃を持ってるなんて……」

 晴代が恐る恐るといった口調で霧矢に話しかける。文香もややびっくりしたようだ。確かにここにいる全員が本物の拳銃を直接見るのは初めてのことだった。

「もういいだろ。穏やかなクリスマスを過ごそうぜ……もうたくさんだ」

「……まあ、そうだね」

「そうだ。これ以上関わったらきっとろくな目に遭わないぜ。それよりはもう知らんぷり決め込んでゆっくりしたい。宿題だってとんでもない量出てるし」

 霧矢は机から顔を上げると、疲れた表情で外を見た。冬だけあって日も短く、太陽は相当西側へ動いていた。

「ところで、雨野先輩はまだ戻ってきてないわけ?」

「なしのつぶてだ。もしかしたら、また変なことに巻き込まれてるんじゃないのか?」

「縁起でもないことを口にするな。これ以上変なことがあったら手に負えん」

 霧矢はポケットから携帯電話を取り出す。正直な話、リリアンの攻撃を受けて地面に叩きつけられたりしたが、よく壊れなかったものだと思う。値段は張ったがそれなりに頑丈なものを買っておいてよかったと内心では思っていた。

 画面から雨野光里の項目を選び、霧矢は通話ボタンを押す。短い電子音が鳴ると、やや機嫌のよさそうな声で電話に出た。

「もしもし、会長ですか。三条です」

「何か用? もう少ししたら電車に乗るから、用件があるならさっさと言って」

「いや、面倒事に巻き込まれてないならそれでいいんです。帰ってきたら、風華を連れて、喫茶・毘沙門天まで来てくれますか?」

 しばらく話すと、珍しいほど明るい声で了解、と言い、雨野は電話を切った。

「どうだった?」

「これから電車に乗るってさ。そのうち来るだろ」

 晴代は店に貼ってある、地元の時刻表を見る。うきうきとした表情で「あと五十分」とつぶやいている。そんな彼女を横目で見ながら、

「なあ、木村。晴代は課題終わると思うか?」

 小さなヒソヒソ声で霧矢は姿勢を低くして尋ねた。

「私は無理だとは言わない、そこは友を信じたい。しかし、厳しいとは思う。残念ながら」

 顔をしかめて、文香はゴロゴロ声で霧矢の耳に返事をした。

 横を見ると、アホ女が楽しそうにモップをかけている。お気楽な女がある意味うらやましい。霜華は塩沢の持った写真を何かを思い出そうとしている表情で見ていた。

「どこかで見たことあるんだよう………」

「もういい。これはほっとけ」

 霧矢は写真を取り上げ、ポケットにしまった。塩沢の電話番号のメモ用紙も同じくしまう。


「しかし、あと一時間ほど何して過ごす?」

「課題をやるべきと私は提言する。晴代、参考書の貸し出しとルーズリーフを何枚か所望する。それと、晴代もやることを勧める」

 眼鏡を光らせながら、文香は晴代をにらみつけた。晴代は一歩引く。

「了解。じゃあ、勉強会ってことでいいな。ひとっ走りして宿題取ってくる」

 霧矢の家と晴代の家は往復しても五分かかるか、かからないかくらいのすぐ近くの場所にある。霧矢は喫茶店から飛び出した。後は女子三人組が残された。


「ねえ、文香。何でせっかくいい気分なのにそうやって水を差すの?」

 晴代が口を尖らせて文香に食ってかかるが、文香は苦々しい顔で晴代の頭を殴る。

「中学校の時から私はいつも長期の休みになると付き合わされた。今年こそはそれがないことを望んでいるからだ!」

「はーい……」

 不承不承、晴代は不満そうな声で返事をした。三人で喫茶店から家の方に戻り、机の上に問題集が並んだ。

「結構多いんだねえ……浦高って」

「そうだよ………先生はイジワルとしか言いようがないのよ」

 わざとらしく涙ぐむ。文香はため息をつき、ルーズリーフを取り、参考書を開いた。

「まったく、この程度で先生をイジワルなどと呼ぶのはいささか、私からしてみれば、甘いとしか思えないのだが」

 課題の範囲のページをパラパラとめくり、文香は呆れたようにつぶやいた。霜華も問題集をめくってみると、それなりに簡単という感想を漏らした。

「ちょっと、二人とも何でそんなにあたしを傷つけるようなことを言うのかなあ……」

 晴代が泣き言を言っていると、課題の入った袋を持った霧矢が上川家の居間に入ってきた。

「相変わらず、綺麗な家だな……」

「霧矢ぁぁぁぁ! 二人があたしをいじめるんだよぉぉぉぉ!」

「だ・ま・れ! だったら日頃の自分の暮らしを見つめ直せ!」

「霧矢までそんなことを言うわけぇぇぇぇ?」

 四面楚歌、いや、三面楚歌の状況で晴代はノートを開いた。霧矢は今更になってあることに気付いた。

(……霜華の子供っぽさやアホさに早く慣れることができたのは、こいつの存在が大きいな。こいつの方がはるかにヒドイ。こいつに慣れてしまっていたからだ)

 霧矢も椅子に座り、教材を開く。

「それじゃ、会長が来るまで勉強会スタートだ。とりあえず、お前は僕たちに頼る前に、自分で何とかする習慣をつけろ」

 霧矢の言葉に文香も霜華もうなずく。晴代は暗い表情で渋々同意を示した。

 全員が黙々と課題に取り組んでいる中で、霜華は適当に公民の教科書を読んでいる。こちらの世界のことをそれなりには知っているとはいえ、まだまだ世間のことには疎かったらしく、興味深そうな表情を浮かべていた。

「ねえ、文香……」

「何だ」

 開始三分にして、さっそく質問が始まった。文香は身を乗り出して、晴代のノートを覗き込んだ。しかし、表情が固まる。

「この問題のどこがわからないと言うのだ」

「ねえ、そんなわかって当然みたいな口調で言わないで。あたしは本当にわかんないんだって」

 くどくどと説教しながら文香は説明していく。霧矢も覗き込んでみるが、明らかに基礎中の基礎問題だ。解けない方がどうかしている。

 全員がため息をつく。晴代の成績はここ数日のうちに急落してしまったらしい。いや、もともと下がりようにもそれほど下げ幅を残していなかったので、急落という表現はおかしいかもしれない。しかし、この状態を危機と思わない晴代もある意味では大したものだった。

「ねえ、逆に聞きたいんだけど、何でみんなはそんなに勉強できるわけ?」

 霧矢に対しては多少嫌味だが、霧矢の成績は学年平均より少し上で、晴代よりは格段に上だ。その少しだけ上に西村、学年トップクラスに文香がいる。そして、霜華も高校でやっている内容は普通に理解していたようだ。

「普段の積み重ねだ。お前が授業中下らん妄想にふけったり、家でつまらん趣味に時間を費やしたりしている間、みんなはちゃんと勉強してたんだ!」

 ビシッ! と晴代に霧矢は指を突きつけた。文香もうんうんとうなずいている。

 晴代は言い返せず黙ったまま、次の問題に進んだ。


 そのまま、問題を解き続けていると、上川家の呼び鈴が鳴った。晴代が応対に出ていく。

「きゃ~! 何てかわいい子なの~ 抱きしめた~い」

 晴代の黄色い声が玄関の方から響いてくる。霧矢は机に突っ伏した。

「面倒事はごめんなんだ……さっさと元の生活に戻してくれぇ……」

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