クリスマス前の平穏と不穏 5
――課題が終わる見込みは、多く見積もって三割くらい。きっと終わらない(涙)
霧矢が振動した携帯電話を見ると、西村からメールの返事が来ていた。霧矢も取り組んでいたのだが、課題の総量を冬休みの残り期間で日割りにしたら、余計に気分が沈んだ。
正直、先生は鬼だ、と。
(こんなもん、終わらせられるのは木村くらいだな……)
プリントを一枚終わらせると、霧矢は参考書をレジカウンターの上に放り出した。
目を閉じてしばし休憩する。まぶたの裏には昨日のリリアンの姿が浮かんできた。
(……結局、何がやりたかったのかはっきりしないな……復讐したいあまり、脇が崩れてしまったと言うべきか……)
心地よい疲労感が眠気を誘う。霧矢はあくびをした。
昨日は西村のいびきのせいでほとんど眠れなかった。無理やり疲労をごまかしてはいたが、やはり来るものは来た。昼食を取ったばかりということもあって、睡魔に抵抗するのはきつかった。しかし、敢えて睡魔に抵抗する必要もなく。霧矢はなるがまま身を任せた。
すぐに、薬局の中は寝息の音以外何も聞こえなくなった。
それが数分間続いたのち、いきなり薬局の扉が開いた。飛び起きるようにして、霧矢は客の顔を見る。
「いらっしゃいませ!」
目をこすりながら、入ってきた人を見ると、身長が一八〇センチ以上もある、黒のスーツを着込んだ短髪の二十代初めくらいの男だった。
「君は三条霧矢君だな?」
「は………」
「時間はあるか?」
いきなり妙なことを聞かれ、霧矢は狼狽する。時間ならあるが、いきなり初対面の相手に何か聞かれても即座に答えられるわけがない。
「え……ええ……」
男は懐から、写真を取り出した。
「申し遅れた。俺は、塩沢雅史という。とある探偵の助手だ。この少女の行方について追っている。知っていたら教えてほしい」
霧矢は写真を受け取った。ふわふわの金髪の持ち主で、外見年齢は霜華と同じくらい、十代前半の女の子だ。しかし、霧矢はそんな子は見たことはない。
「何て名前の子なんですか?」
「名前ははっきりしない。身元もだ。だから俺たちは動いている」
重く厳しい口調だが、敵意というものはない。こういう口調の持ち主なのだろう。
「知りませんね。僕に外人の知り合いはいませんし」
「では、北原霜華は今、ここにいるか?」
「今はいませんね。友人の家に出かけています」
「その友人とは上川晴代、もしくは雨野光里、有島恵子のことか?」
霧矢は警戒心を抱いた。明らかに、探偵ということを考慮しても知り過ぎているような気がする。それに、そのメンバーの羅列は明らかにある一点を示している。
「その子、魔族か契約主なんですね?」
「……そうだ」
「何があったんです?」
「君が知る必要はない。ただ彼女について何か知っていることがあれば教えてほしいと思ってここに来た。北原霜華はどこにいる?」
霧矢は少し苛立った。いきなり「君が知る必要はない」と言われ、腹立ちまぎれに、
「僕が彼女の事情について知る必要がないなら、あなたも霜華の居場所を知る必要はないと僕は思います」
と挑発的に答えてしまう。塩沢は息を吐くと、霧矢に詰め寄った。
「君に得があるかどうかではない。これは下手をしたら人の命に関わる。エドワード・リースから話は聞いているはずだ。やつらが、また何かしでかそうとしていると!」
霧矢は、エドワード・リースという名を聞き硬直する。
「リリアンの仲間の探偵ってあなたたちのことだったんですね?」
しばらく逡巡していたが、塩沢は首を縦に振った。
「……この話は軽々しく、誰かに話すことはできない。漏れてしまったら、君たちが狙われることにもなりかねないからだ。だが、彼女がそれに関係している可能性がある。だから、少し前までむこうにいた魔族の意見を聞こうとここを訪れた」
霧矢は渋々、携帯電話を取り上げようとした。しかし、塩沢は待ったをかけた。
「電話ではなく、直接会って話がしたい。北原霜華はどこにいる?」
霧矢はため息をつくと、母親に出かける旨を伝え、エプロンを外した。
「仕方ない。ついてきてくれ」




