最高の契約主 9
「お~い、風華。動けるか?」
霧矢が上川家の居間に戻ると、理津子と一緒に風華がソファーに座っていた。まだ、完全な本調子ではないようだが、普通に動く分には問題はないようだ。
「風華、ちょっと家までちょっと取りに行くものがあるから、一緒に歩かないか?」
「何? 私にお願いするほどのこと? 霧矢の分際で?」
相変わらず、腹立たしいことを口にする子供だ。「誰のおかげで助かったと思っている」と迫ったが、あっさりと「お姉ちゃんと光里と護と塩沢、以上」と言い返されてしまう。
そのまましばらく押し問答が続いたが、理津子が助け船を出した。
「ねえ、風ちゃん。私も風ちゃんに取ってきてほしいものがあるの。居間にある箱を持ってきてほしいんだけど。お願いできるかな?」
理津子の頼みとなると、風華はあっさりと承諾する。つかつかと歩き出し、霧矢を置いて行こうとする。
「おい、待てって! 話があるから。止まれって!」
先ほどまで、戦いの緊張感の中にいたせいで、寒いという感覚は麻痺していたが、今となってはかなり身に応えた。
コートは護に預けたままであり、外套なしで冬の夜間外出というのはかなりきつい。今日はそれほど冷え込んでいるわけではないが、薄着で外に出るのはやはり無理があった。
(……霜華の寒さへの強さは並じゃないな、ホント)
*
「それで、私に何の用なの?」
雪明かりの中、風華は相変わらずのとげとげしい口調をに向ける。霧矢は白い息を吐くと、
「お前に返しておくものがある。こいつのおかげでいろいろと役に立った。ありがとな」
ポケットから力砲を取り出すと、霧矢は風華に差し出す。しかし、彼女は受け取らない。
「……もともと、霧矢にあげるかどうか迷ってたものだけど、この前、あいつらが、襲ってきたときに身を守るために渡そうと思ってたんだ。でも、霧矢の魔力の強さじゃ、きっと、殺しちゃうと思ってあげなかった」
「……僕の魔力って、結構すごかったんだな。自分じゃ気付かなかった。それを使った時、塩沢の数十倍の威力が出た」
風華は、一人つぶやいている霧矢の前に立ちはだかる。霧矢の胸くらいまでの背丈しかないが、敵に立ち向かう時のような強い目をしていた。
「ねえ、霧矢。私の質問に答えてちょうだい」
霧矢は視線を彼女と合わせる。真剣な表情がうかがえる。
「それで、誰かを殺すことなしに、私たちを守ってくれる? お姉ちゃんとは違って、霧矢は誰も殺すことなしに、私たちを大切な存在として守ってくれる?」
風華はきっと、霧矢が今回、誰も殺していないことを知っているのだ。誰に教えられたわけでもなく、霧矢の表情だけでそれを知っている。
「………殺さない、か」
「お姉ちゃんが、今まで私を守るためにどれほどの人を殺してきたのか、霧矢も知っているでしょ。でも、そんなんで守られても、私は全然嬉しくない。だから、霧矢は、誰も殺さずに、私を、いや、私たちを守ってくれる?」
塩沢だったら、即拒否しているだろう。これほどの威力の武器で殺さずに敵を倒すなど、逆に難しい。そして、相手に殺意があるのに、こちらは殺さないというのは、理が通らない。
「僕は、さっき、こいつで人を殺そうとしたんだよ。護のおかげで殺さずに済んだけど、僕は殺される直前なら、相手を殺すことを選ぶ」
あの時、護が助けるのが数コマ遅れていたら、霜華は死んでいた。死んでいなくとも、霧矢は力砲でトマスを殺していただろう。
「……霜華のために、僕は死ねないし、相手を殺すことでそれを回避できるなら、僕は殺す」
風華が霧矢をにらみつけて、口を開こうとするが、霧矢は手を出して制止した。
「…と、少し前の僕ならそう答えただろう。やや強めの中途半端なエゴイストはな」
風華は目を丸くする。霧矢は続けた。
「いいよ。約束してやる。お前ら全員、僕の大切な存在として、力の及ぶ限り、守ってやる。誰も殺すことなしにな」
雪が舞う中、霧矢は風華に笑いかける。風華は霧矢の目を覗いていたが、
「わかった。じゃあ、その力砲を霧矢にあげる。それが約束の証」
霧矢は力砲をポケットに戻す。
(……これを使うのは基本的に物だ。人には使えない。他に何かいいものは……)
「じゃあ、さっさと行くよ! ほら、みんな待ってるんだから。このノロマ!」
「おい! こら! 人に向かってノロマとはどういう意味だ!」
霧矢は手を突き出して、怒りを示すが、風華はさっさと行ってしまう。霧矢はため息をつくと、家に向かって歩き出した。
「これで、よかったんだよな。エゴイスト―三条霧矢―よ」




