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Absolute Zero 2nd  作者: DoubleS
第五章
46/50

最高の契約主 6

「霧君。手をつないで」

 霧矢は返事に詰まってしまう。塩沢は呆れた表情になる。しかし、霜華は至って本気の表情をしていた。それをすることで、すべてが上手くいくかのように。

「……霜華、今はそんなことをしている場合じゃ……」

「私を信じてくれるなら、私に力を貸してくれるなら。その手を私に……!」

 霜華の澄んだ瞳は霧矢を見つめていた。雪明かりの中、白い肌と流れるような黒髪がはっきりと見えた。

「……僕は、お前を信じる。お前に力を貸す」

 霧矢は霜華の白い手を握る。霧矢は霜華の想いを大切にしたい。もう誰も殺めたくないという想いを。霜華は微笑むと、目を閉じた。

 次の瞬間、霧矢の腕から、力が流れ出していくのを感じた。力砲よりもはるかに多くの量がつないだ手を介して、霜華に流れ込んでいく。

「……さすがは霧君だ。すごい魔力……これなら、行ける!」

 霜華は目を開くと、つないでいない方の手を前方に差し出す。魔力分類器を通さなくても、彼女の手にものすごい量の魔力が収束していくのを感じることができる。

「……誰も殺さない。殺さずに、切り抜ける!」

(……この術は、北原霜華がアブソリュート・ゼロであること、そのもの。でも、私は、殺さない。今度は殺さずにこの術を使いこなして見せる!)

 周囲の空気が冷却されていく。こちらは魔力でバリアを張り、ダメージが及ばないようにする。霧矢は寒さで震えているが、耐えきれそうだ。

(……殺さない、殺さないように……ギリギリのところで……!)

 どんどん気温が下がっていく。

 霜華が使った術は、忌々しき虐殺を繰り広げたあの頃と同じもの。霧矢と手をつなぐことにより、彼の魔力を一部直接使用することで、契約主のいない霜華でもこちらの世界で行使することができた。

 本来は、周囲の気温を一瞬で超低温状態にし、自分の近くにいる敵すべてに心臓発作を起こさせ、もしくは凍死させるものだ。しかし、今回はそんなことは絶対にしない。できるだけ力を加減することで、少しずつ少しずつ気温を下げ、意識を短時間だけ失う程度に済ませるのだ。そうでなくては、自分を信じてくれた霧矢を裏切ることになる。

 やがて、ドサリと人がその場に崩れ落ちる音が聞こえた。霜華は術の行使をすぐに中止する。寒さが和らぎ、気温は普通の冬のものとなった。

「行くよ! 二人とも!」

 霜華はユリアを担ぎ上げ、霧矢は護を背負う。塩沢は拳銃を構え、屋敷から走り出す。

「効果はあんまり長持ちしないはず。急いで逃げるよ!」

 塩沢は感心した表情で、後方に警戒している。一同、薄暗い森の中を駆け抜ける。霧矢は護を支えながら、ただ走り続ける。魔力分類器でまわりを警戒する余裕はない。

「霜華、お前は今、僕の目だ。不審な魔力があったらすぐに教えるんだぞ」

「任せて。絶対に誰も死なせないから!」

 普段は雪道でも速く走れる霧矢も、人を背負っているせいでスピードはまったく出ない。塩沢の早歩きと大差なかった。

「今のところ、敵は全員気を失っている。目を覚まさないうちに逃げるぞ」

 軍用の強烈な光を出す懐中電灯で塩沢はあたりを確認しながら進んでいく。

「よし、もう大丈夫だ。さっさと二人を運ぶぞ!」

 森の外に出ると、スキー場のナイターの照明があたりを明るく照らしていた。霧矢はゆっくりと息を吐いた。白い煙となって宙を舞う。

「もう、追ってくる気配もないみたいだし、ゆっくりと歩こう。僕はもう疲れたよ」

 霜華もニッコリと微笑む。塩沢は珍しく穏やかな表情になっていた。

「……誰も殺さないか。君たちはすごいな……」

 細目になりながら、塩沢は称賛の言葉を口にする。

 彼らは決して自分にはできないことをやってのけた。殺すことでしか解決できない自分とは違って、誰も殺すことなくやり遂げた。

 塩沢は銃をしまう。時計を見ると、九時を五分ほど過ぎていた。帰るとちょうどいい時間だ。



 雨野光里の体調は完全に元に戻りつつあった。瘴気も消え去り、風華たちも落ち着いてきている。今、彼女たちは上川家の居間でまだ休んでいたが、数十分ほどすれば回復するだろう。

(……三条、私はあんたに借りばかり作ってる気がするわね……)

 砂糖を多めに入れたミルクティーを飲みながら、雨野は文香と二人で店のテーブルにたたずんでいた。

「ねえ、あなたは、何歳までサンタクロースを信じてた?」

「……いつ頃だっただろう……幼稚園のころにはもう、嘘だとわかっていた記憶がある。だから、三歳くらいまでだろうか」

「随分と、早熟というか、夢のない子供だったのね」

 文香はカップを口元に運ぶ。店の入り口にあるクリスマスツリーをちらりと眺めた。

「…文化としてそういう存在はあってもいいと思う。だが、そんな幻想を求めて自分の行動を決定するなんて馬鹿げていると思っていたのだろう。きっと」

 物心ついた時にはもう嘘だとわかっている。人とはかなり違った幼少自体を過ごしていたのだろう。そんな彼女にとってクリスマスとはつまらないものだったのだろうか。

「……出迎える支度くらいはした方がいいでしょう。英雄の凱旋を」

 文香はゆっくりとドアの方へ視線を移す。しかし、雨野は首を横に振った。


「違うわね。この気配は違う」

 雨野は息を吐く。だが、来るのが遅かったと言わなければならない。今の体調ならば、塩沢から預かったものなど使わなくても、撃退できる。県立浦沼高校歴代最凶の生徒会長を敵に回したことは一生の悔いとなるだろう。

「三分で片付けるわ。ここで待っててちょうだい」

 そのまま、雨野は店の外に出た。

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